292、悪魔は犯人に会いに行く
ちょっとだけ長いです。
数日後、ヘルマンは休みでアニタの妹と会う日を迎えた。
俺はいつも通り勉強して午後から魔法を打つための訓練を受けた。
いい加減、魔法のひとつも打てるようにならないと国王や宰相が痺れを切らしそうなのはレギオンからの報告でわかっていたので、今日は火魔法を打てるようになったことにしようと、詠唱して威力を意識的に弱めまくった火魔法のファイアボールを出した。
威力を弱めまくったファイアボールは小さな赤いボールとなって俺の前に設置された的に当たって少し燃えた。
普通のファイアボールがMP2なのをMP0.1くらいの魔力しか込めてなかったのにそれでも赤いボールになって的に飛んでいくとはすごいな。
そんなことを考えていると見ていた魔術士団長モイセンスが涙を流さんばかりに感動して「よくできましたなあ!」とめちゃくちゃ褒めてきた。
「毎日毎日努力されている勇者様の様子を見ていて諦めないことは大事だと学ばせてもらっておりました。こうして努力が実を結ばされてよかったですなあ。」
え、俺、モイセンスにそんな風に見られてたのか?
愚図のフリにばかり意識をしてたからわからなかった・・・。
そんなテンション高いモイセンスに護衛をして日が浅いエドガーは引いていた。
そんなことがあった次の日、俺はからかう気満々で護衛で部屋の隅にいつものように立っているヘルマンに声をかけた。
「ヘルマン、昨日はどうでしたか?お礼はいただきましたか?」
俺がヘルマンに声をかけると紅茶を入れていたアニタが一瞬ピクッと反応したが、俺は気づかないフリをした。
「あ、はい・・・。実は家に行ったのですが、彼女は体調を崩して会うことはできませんでした。なので代わりに母親からお礼の品はもらいました。」
おや残念。
からかいがいのない結果になんだと心の中で肩を落とした。
「体調が良くないなら仕方ありませんね。そうだ、だったら見舞いに行ってはどうですか?」
「え、ええ?見舞い、ですか?」
俺の突然の提案にヘルマンは戸惑いの顔をしてきて、アニタもちょっと驚いて紅茶を入れていた手が止まっていた。
「・・・体調が悪い時に行くのは余計に迷惑になるんじゃないでしょうか。」
「彼女なら喜ぶんじゃないですかね?あくまでも俺の予想ですが、彼女はあなたと仲良くなりたそうにしてましたし。少しの間だけでも会って頑張れと声をかけてあげてはどうでしょう?そうすれば彼女も頑張ろうと思えると思うんですよね。」
ヘルマンは俺の言葉を聞いてふむと考え込んでしまった。
考え込むということは、気になっているということだ。
ヘルマンは妹のことをどう気になっているんだろう。
「ぶっちゃけた話、あなたは彼女のことはどう思ってます?」
「え?・・・かわいらしい子だとは思ってます。が、それより今は体調が心配です。」
「彼女が健康体として考えた時に、恋愛対象としてはどうですか?」
「れ、恋愛対象ですか・・・?俺には勿体ない子だと思います。なにしろ年齢が離れてますから、彼女にとってはおじさんと思われてもおかしくないです。」
確かにヘルマンは30代前半、それに対してアニタの妹は成人したばかりの16歳だ。
倍ほど年齢が違っている。
だがヘルマンは見た目は年相応に見えるが雰囲気が若々しくてそこまで年齢が離れているように見えないし、彼女のヘルマンを見る目は年齢を気にしているようには見えなかったがな。
「ふうん・・・。」
ふむふむ、ヘルマンの様子からこれは妹次第で恋愛に発展する可能性はあるということかもしれないな。
なにを考えているんだとアニタが俺を凝視してきたが微笑んでおいた。
「そういえばなんですが。」
ヘルマンは少し咳払いをしてそう切り出してきた。
なんだ?話を誤魔化す気か?
「勇者様と遭遇した殺人事件なんですが、犯人が捕まったそうです。」
「え、そうなんですか?」
「はい。首都のあちこちでその話で持ちきりです。」
誤魔化される気なんてなかったのに気になることがあったので殺人事件に集中することにしよう。
「犯人は何者だったんです?」
「犯人は女性だそうで、警備兵たちが絞り込んだ者の中の1人で話をしていると自供したそうです。」
俺はその言葉に眉を潜めた。
「そう・・・ですか。その女性というのはなぜ殺しを?」
「女性には恋人の男性がいるのですが、その男性に色目を使ったとかいう理由だそうです。」
「色目を・・・。つまりは嫉妬ということですか。怖いですね、そんな理由で殺すなんて。」
俺は考え込みながらそう言った。
「その女性が捕まったということは、殺人事件の捜査はこれで終わりですか?」
「まあ、犯人が捕まったのならそれはそうではないかと。警備兵たちも首都の人たちも犯人が捕まってホッとしてると思います。」
つまり、女性の自供が信憑性があるということで犯人を女性に断定して捜査は打ち切られたということだ。
うーん、せめて本当に女性が犯人か証拠なりなんなりを見つけてから捜査を終えた方がいいと思うんだが。
まあ、この世界は科学が発達していないから指紋や血などから採れるDNAを調べるなんてことはせずに犯人の自供や状況証拠などで判断するのだろう。
・・・。
・・・そういえば、もうすぐラミロがここに来る時間だ。
ちょうどいい。
ほどなくしてラミロがやって来た。
ラミロはなぜか毎日朝と夜の2回にやって来て体調や気分はどうか聞かれて必ず「なにかご要望はありませんか?」と聞いてくる。
王城を抜け出して首都に行きたいと言ったのもその時に言ったのだ。
ラミロはいつものように体調、気分を聞いてきて要望を聞いてきたので、またまた首都に行きたいと言ってみた。
ラミロは驚いていた。
「この間首都に行ったばかりではないですか。」
「そうなんですが、前回時間の関係で行けずに終わった店がありまして、そこに行きたくなりまして。時間は1時間でもかまいませんから、どうにか首都に行けるようになりませんか?」
「そう、ですか・・・。宰相様に聞いてみます。・・・あ、でしたら。」
ラミロはなにか思い付いたのか考える素振りをした。
「実は、近々実際に外に出て討伐訓練をしてはどうかと宰相様が言っておられるんです。勉強と訓練はこの1ヶ月されてそれなりの結果が出ておりますので、首都の外に出て実際に魔物を討伐されてはどうかと。そうすれば勇者様のレベルが上がるので今より強くなられるはずです。あ、もちろんレベルは5以下の弱い魔物のいる地域に行きますし、護衛も普段の倍以上つけますので万が一にも勇者様が危険な目に遭う可能性はありません。この討伐訓練に行かれると返事をいただけると、もしかしたら首都の許可で出やすいかもしれません。」
ふむ、要は討伐訓練に行く代わりに首都に行けるようにできる、ということか。
レギオンの報告で、俺が火魔法を打てるようになった報告を聞いた途端に「では次はさっさと討伐訓練ということでレベリングさせるぞ。」と宰相バルドロは言っていたそうだし、国王フェリペから「勇者はまだ王城にいるのか!?そろそろなんらかの動きをしないと余が疑われるではないか!?」とせっつかれていたから、もしかしたらラミロの提案はうまくいくかもしれない。
「それでもいいですので、よろしくお願いします。」
俺はしばらく考え込む仕草をしてからそう言った。
そしてラミロはその提案をしたようで、すぐに討伐訓練の予定が組まれて俺は次の日に首都に行けるようになった。
討伐訓練は1週間後で、首都の近くの領地で弱い魔物ばかり出る場所があるそうで、そこで3日間行うようだ。
そしてそこで戦った様子やレベルを鑑みて別の場所でレベリングをするようにして、そうして俺に戦う経験をさせてレベルも上げて強くしよう、ということらしい。
それはさておき、俺の要望が叶った首都へ来たわけだが今回の滞在時間は2時間となった。
俺が1時間でもいいので・・・というのが少し反映されて2時間となったようだ。
でもまあ、俺にとってはまた首都に来れるのでありがたい。
俺はまた地味な格好をしてクロ助を腕に抱えて、ヘルマンが護衛としてついてきている。
「・・・あの、勇・・・ユウジン、行きたい店があると言ってたが?」
「ふふ、行きたいところはありますが、お店ではありませんよ。」
「行きたいところ?」
俺は今から行くところにヘルマンと行くことにちょっと考え込んだ。
「ふうむ・・・。今回は時間がありませんからあなたにバレるのはしょうがないですね。そろそろヘルマンもいいかなと思ってましたし、ちょうどいいと思うことにしましょうか。」
「え?は?」
ヘルマンは俺の呟きに首を傾げていた。
そして訳のわかっていないヘルマンと一緒に来たのは兵士たちのいる建物だ。
工業区の一角にあって堅牢そうな門がそびえ立つレンガ造りの建物で門の前にはいかつい兵士が2人立っている。
門の扉は開いていて、警備兵などの兵士が出入りしているので俺は無詠唱で隠蔽魔法を俺とヘルマンにかけて堂々と門を通った。
「え?ちょ、ユ、ユウジン?え?なぜだ?」
ものすごく戸惑った顔をして俺たちに全く気づかない門番と俺を交互に見ながらもヘルマンはついてきた。
もちろん、声も隠蔽魔法をかけているのでヘルマンがなにを言っても俺にしか聞こえない。
「ヘルマン、あなたは俺の護衛ですから俺から離れる訳にはいかないでしょう?だからあなたもついてこれるように魔法をかけました。俺もあなたも存在や声を隠蔽したので誰にも見つかりませんし声を出しても誰も聞こえませんよ。」
「・・・・・・は?ま、魔法?・・・え、でも、ユウジンは・・・。」
「召喚されてからこの1ヶ月以上、愚図のフリは本当に疲れました。」
クスクスと笑うとヘルマンはぽかんとした顔をした。
「まあ、それは一旦置いといて。俺がこれから行くところにやることを大人しく見ててください。面白いものが見れると思いますよ。」
門を抜けてレンガ造りの建物の中に入ってすぐにサーチで見つけていた階段を見つけて地下の留置所に向かった。
地下の留置所は少しじめっとしているが、灯りも多くて壁は明るい色で塗られていて地下牢と言えばイメージする暗く湿気がえげつないカビだらけな感じではない。
階段を降りた正面に太い鉄格子のついた扉があり、その向こうが警備兵などが捕まえた犯罪者が入れられる留置所なようで壁にずっと奥の方まで鉄格子が続いているようだ。
俺は迷いなく奥へと進み、ある鉄格子の前で足を止めた。
そこには俯く1人の女性がいた。
黒っぽい紫の長い髪を結った女性で、小花の柄のエプロンドレスを着ていてイスに座って疲れたように顔を下げている。
「こんにちわ。」
俺がヘルマンとその女性にだけ声が聞こえるように隠蔽魔法を操作して話しかけると、女性はゆっくりと顔を上げた。
少し地味めな顔立ちで紫の目がこちらを見てきた。
「あなたが連続殺人事件の犯人だと自供されたそうですが、ちょっと話を伺ってよろしいですか?」
次回も殺人事件が中心になるかと。
主人公が軽く推理します。
 




