286、悪魔の護衛
護衛のヘルマン視点です。
長くなりました。
「ヘルマン、ちょっといいか?」
お披露目もあって慌ただしく終わった勇者様の護衛を今日も何事もなく行えた夜。
騎士団の建物内にある騎士団長イグナシオの執務室でいつものように報告をし終えたら団長が声をかけてきた。
「なんでしょうか団長。報告に不備がありましたか?」
「いや、そうじゃない。お前は真面目に取り組んでると思っているし、報告もちゃんとしてくれている。推薦しただけの働きをしていると思っているよ。」
団長はにこやかに言ってきて、俺は尊敬している旦那に褒められて嬉しいような気恥ずかしいような気持ちで苦笑いしながら「ありがとうございます。」と一礼した。
俺、ヘルマン・アロンソはアロンソ伯爵家の三男で騎士団の一員だ。
子供の頃に見た騎士の剣舞に憧れて剣を習い、成人してすぐに騎士団に入ると腕はメキメキ上がっていって今では国で1~2を争うほどと言われるようになった。
団長からは信頼されて次期団長にと声をかけてもらっているが今の団長は人望があってなおかつ人の上に立つ力のある方で、とても俺が継げる訳がないのがわかっているので固辞して一団員として身を置いている。
そんな俺に勇者様の護衛の任が来たのは勇者召喚がされる直前のことだった。
勇者様はすでにグラスタッグ国にいるというのに今勇者召喚をするというのはどういうことかと思ったが、陛下や宰相閣下には俺にはわからないなにかお考えがあるのだろうと思いいたり、一団員でしかない俺は余計なことは考えないでいようと思って従った。
それより尊敬している団長が勇者様の護衛という重要な任に俺が適任だと推薦してくれたということの方が重要でとても嬉しかった。
「むしろ逆にお前に聞きたい。どうだ?勇者様の護衛でなにか要望はあるか?」
「要望、ですか・・・。」
今のところ勇者様の護衛をしていて不穏なことは起こっていないし勇者様の身に危険が迫っているというわけでもない。
「特にはありません。」
「そうか。俺としてはお前の護衛が休みが少ないのが気になってな。」
「そうですか?俺としては十分にいただけていると思っているのですが・・・。」
俺は週に1日休みをいただいている。
朝早くから夜遅くまで立ちっぱなしで気を配り続けるのは最初こそしんどかったが今では慣れてしまった。
「お前は真面目だからそう言うと思った。だからこそお前に紹介したい奴がいるんだ。」
紹介したい奴?
団長が「おい!入ってこい。」と執務室の外へ声をかけると、見慣れない騎士の男がやって来た。
「お前は大丈夫だと思っているようだが疲れはいつの間にか蓄積されていくもんだ。そうして体を壊しては大変だから、お前の休みをこれから週に2日にしようと思う。お前が休みの時にはお前の同僚のレックス・スコルメが護衛しているが、週に2日となると新たに1人追加した方がいいと思ってな。その追加が彼だ。」
団長はそう言って見慣れない騎士を指した。
「レックスの従兄弟だそうでな、エドガー・ボーレズだ。」
見慣れない騎士、エドガーは20代中盤くらいで茶色の髪に茶色の目でごくごく平凡な顔の青年だ。
レックスは30代前半とほぼ俺と同年代で青髪に紺の目の端正な顔立ちで、正直エドガーがレックスの従兄弟だとは思えないほど色から顔の作りからして違うのだが・・・まあ、そういうこともあるのだろう。
「エドガー・ボーレズです。よろしくお願いします。」
エドガーは人の良さそうな笑顔でそう俺に自己紹介してきて、俺も自己紹介を返した。
「エドガーはこの間レックスの紹介で騎士団の一員になったばかりだが、実力はなかなかのもんでそれで勇者様の護衛の追加に入れることにしたんだ。明日はお前につけるから護衛のアレコレを教えてやってくれ。」
「わかりました。」
明日は俺はいつも通り護衛だが、明後日は休みで代わりが恐らくエドガーになるということで、それで明日俺について護衛のことを学ぶということだろう。
体は本当に大丈夫なんだが、尊敬している団長が休めと言うなら指示に従おう。
俺はすぐに了承した。
そして翌日。
エドガーは騎士団の建物の前ですでに待っていた。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします。」
朝早いのにピシッとしていて真面目なんだと少し感心した。
レックスは朝は弱い方だしたまにだらけるから容姿だけでなく性格も2人は似てないなと思った。
王城に向かいながらなんとなく会話をすると、エドガーは話しやすくていい奴に思った。
「最近騎士になったそうだが、それまではなにをしてたんだ?」
「実は成人してからは家を出てフラフラしていたんです。冒険者をやったり放浪したりして国外に出たりもしてました。でも放浪先で彼女ができてあっという間に結婚となりまして、そうしたら落ち着いたところで落ち着いた職についた方がいいってことで、この首都に実家があるもんで帰ってきたんです。で、落ち着いた職といえば騎士かなとなりまして剣の腕もありましたから従兄弟の紹介で受けてみたら受かったんです。」
「ほう・・・、この首都に実家があるのか。すまんがボーレズ家というのは聞いたことがないが。」
「はは、うちは貧乏男爵で領地すらないので知らなくて当たり前ですよ。しかも俺は三男なんでなおさら誰も知らないと思います。」
エドガーは自虐して苦笑した。
「今は実家にいるのでボーレズを名乗ってますが、妻は平民で俺も平民としてゆくゆくは首都に部屋を借りようと思ってるんです。」
なるほど、騎士なら貴族も平民もいるからエドガーが貴族から平民になっても続けられるし給料も高い安定した職業だ。
恐らく今のうちに騎士で働いてある程度貯えたら部屋を借りるということを考えているんだろう。
「それなら勇者様の護衛はちょうどよかっただろう。通常の給料に追加があるからな。」
「そうなんです。勇者様には申し訳ないですけど、それで受けたようなものでして。」
勇者様の護衛は特別任務にあたるために通常の給料にいくらか追加される。
俺は独り身で給料をそこまで重要視していないので気にしていなかったが、エドガーにとっては願ってもないものだっただろう。
話しているうちに勇者様の部屋の前に到着した。
勇者様はこの時間はまだ寝室で寝ておられるだろうが、侍女アニタはすでに部屋の中で勇者様の朝食の準備をしているだろう。
ノックして部屋に入るとやはりアニタが準備をしていた。
「おはようございます。」
アニタが俺らに気づいて挨拶してきた。
「おはようございます。勇者様の護衛の追加でこちらのエドガーがつくことになりました。」
「・・・エドガー・ボーレズです。よろしくお願いします。」
「・・・アニタです。よろしくお願いします。」
エドガーはアニタを見てなぜかちょっと驚いたようだったが自己紹介して、アニタはエドガーを見て少し怪訝な顔をしたが無表情で自己紹介した。
「おはようございます。」
しばらくしたら寝室のドアが開き、勇者様が来た。
ふわふわの茶色の髪に虫も殺せないような柔和な顔はいつものことで、愛猫を肩に乗せている。
「「おはようございます。」」
「・・・お、おはようございます。」
いつものように挨拶した俺とアニタとは違い、エドガーは遅れて挨拶した。
なぜか戸惑ったような声だ。
・・・まあ、誰もがイメージする勇者様像とはだいぶ違っているから動揺したのだろう。
「はじめましての方・・・ですよね?」
勇者様はエドガーに気づいて俺に聞いてきた。
「はい。勇者様の護衛の追加でつくことになりましたエドガーと申します。私が休みを取らせてもらう時に勇者様につくレックスと同じ追加の人員で、今日は私につくことになります。」
「エドガー・ボーレズと申します。勇者様とお会いでき護衛できることを光栄に思っております。」
動揺していたエドガーはすぐに頭を下げてそう挨拶した。
「そうですか、俺はユウジン・アクライでこっちは一緒に来てしまった飼い猫のクロ助です。よろしくお願いします。」
勇者様はいつものように笑顔で自己紹介された。
それから勇者様はいつものように朝食を食べて身支度をして午前中の勉強へと移った。
魔術士団長モイセンスが来ていつものように本を見ながらの勉強だ。
「この首都の南に位置するのがアフベル伯爵領の町ムーディズですが、その近くには洞窟と川がありますがそれぞれの名はわかりますかな?」
「アヒュントルデ洞窟とハナヒル川です。」
「由来はわかりますかな?」
「ええと・・・アヒュントルデ洞窟はアヒュントルデというドラゴンが棲んでいたからで、ハナヒル川は・・・アヒュントルデを倒したハナヒルがその川で剣を洗ったから、です。」
「その通りです。勇者様よく覚えておいでです。・・・では勇者様、アルバニカ王国の第2の首都といわれている町ファナンタは何領かわかりますかな?」
「・・・ええと・・・、ヤ、ヤーマ侯爵領、です。」
「惜しいです、ヤグマー伯爵領です。」
今日は地理の勉強のようで、魔術士団長は優しく教えている。
「ええ・・・、ちょっと、ヘルマンさん。」
エドガーが俺の横でとても戸惑ったように勉強内容を聞きながら俺に小声で話しかけてきた。
「勇者様に失礼なんですが・・・、コレって本気なんですか?」
勇者様は本気で勉強やっているのかということを聞きたいのだろう。
「勇者様は少しずつ勉強されていて、少し前にモンフェーラ国内の地理や歴史は覚えられたようだ。だが、まだそれ以外の国のことは覚えられていない。」
「えぇっ!?でももう勇者召喚されて1ヶ月経ってますよね?」
「勇者様は異世界からこの世界の知識がまったくない状態で来られたんだぞ。覚えるのに時間がかかるお方なんだろう。」
「いや、それにしても・・・。」
エドガーは哀れな目を勇者様に向けていた。
・・・正直、俺も護衛当初から勇者様があまり記憶力がよろしくないのは勉強しているのを見て思った。
そして今のエドガーのように哀れな目を向けた。
だが勇者様は文句も言わず手を抜くこともせずに勉強されていて、その様子を見ているうちに俺は勇者様に哀れな目を向けるのは失礼だと改めた。
エドガーも勇者様の様子を見ているうちにきっとわかって改めるはずだろう。
それ以上俺はなにも言わなかった。
そして昼食を挟んで午後からは訓練所で団長を相手に剣の打ち合いとなった。
そこでもエドガーは小さく戸惑った声をあげた。
「ヘルマンさん、これも本気で本気なんですよね・・・?」
「・・・ああ。勇者様はこの世界に来られる前まで剣に触れたことがなかったばかりか運動自体ほとんどやってなくて筋肉すらついてなかったほどだ。この1ヶ月で必要最低限の筋肉がついてこの間から剣を持った打ち合いに移ったばかりだ。」
勇者様は訓練用の木剣を両手に持ちぎこちない動きで団長に向かっていき、腰が引きつつ大振りに打ち込んで団長に片手で防がれている。
それを先程から何回も繰り返していて、勇者様はすでに息があがっていて汗もかいている。
それでもいつもの笑顔を真剣な顔にして向かっていっている。
勇者様は勉強同様にこちらの才能もないようにみえるが、それでもこちらについても文句も力を抜くこともなくこの1ヶ月やられているのだからすごいと思う。
この打ち合いが休憩をこまめに挟んで夕方まで続き、夕食を食べてからは風呂に入られて書庫で借りた本を読まれていつもの時間に寝室へと向かわれた。
「「「おやすみなさいませ。」」」
俺たちは一礼して寝室を出て部屋からも出た。
アニタは部屋を出るとこちらに一礼して去っていった。
エドガーは今日は俺についてどうだったんだろう。
騎士団の建物に向かう間に少し聞いてみることにした。
「エドガー、今日やってみてどうだった?」
「はい、やはり1日中立って気を張るというのは疲れるものですね。なにもないのはいいことですが、時間が経つのが遅く感じました。」
「最初はそうだろうがそのうち慣れると思う。明日できそうか?」
「大丈夫です。」
「勇者様については・・・まあ、思うところはあるだろう気持ちはわかるが、護衛が必要なお方であるには変わりないからしっかりと守るようにな。」
「はい。・・・あの、勇者様は本当に勇者召喚されてきたんですよね?」
「当たり前だ。勇者様は陛下が行われた勇者召喚で確かに現れた方で、召喚に関わった魔術士がそう言っているし召喚直後に陛下がお会いして確認されているそうだからな。」
「そう・・・ですか。」
エドガーはなにやら考え込むような仕草をしていた。
「・・・うまく隠してますが、少なくとも弱くはないと思いますよ。」
「ん?なにか言ったか?」
「いいえ、明日頑張ろうと言っただけです。」
わかりやすかったですかね(笑)
でもヘルマンはド真面目ニブチンなので気づいてません。




