284、悪魔はお披露目される
「お初にお目にかかります勇者様。私はラクレア伯のウォーレンと申します。こうしてご挨拶ができて光栄でございます。」
「ありがとうございます。」
「私もご挨拶よろしいでしょうか、私はリベートン子のサウラスと申します。」
「どうも・・・。」
「勇者様、私もよろしいでしょうか。」
「私も。」
「私も。」
きらびやかな貴族服を着た貴族たちが次々と俺に声をかけてくる。
次から次へと俺に注がれる視線と媚びる声に内心辟易しながらも顔は少しの微笑と意志の強そうな目は崩さないように心がける。
いつもの笑顔は頼りなく見えるのでここではするなと言われてしまったから、柄にもない"勇ましい"顔でいる。
「勇者様、ぜひ我が娘を紹介させてくださいませ。」
貴族の父の後ろに控える着飾った少女がカーテシーをしてくる。
少女はこちらを見上げて頬を染めて俯く。
・・・うーん、これが貴族の父の売り込みでなかったら十分かわいらしい少女なんだがなあ。
俺は苦笑しながら「ありがとうございます。」とだけ返事をした。
ここはモンフェーラ王国で1番豪華で大きな会場で、今日はお披露目ということで多くの貴族が集まっている。
光魔法の照明に照らされた会場は花で彩られ、隅の方ではこの国1番と言われている楽団が歓談に相応しい優雅な曲を奏でていて、贅を尽くした料理もテーブルいっぱいに並んでいる。
派手で豪華な貴族服を着た男たちにどこを見ても目がチカチカほど着飾った女たちが会場内を行き交い、誰もが笑顔でシャンパンの入ったグラスを揺らして言葉を交わしている。
腹の中に欲望を溜め込んだ老若男女が取り繕った笑顔で歯の浮くような言葉を掛け合うその姿は実に滑稽でくだらない。
まあ、今日のお披露目の主役である俺も笑顔で取り繕っているから滑稽ではあるか思う。
フェリペとバルドロの会話で出ていた「披露」というワードはどうやらお披露目のことだったようだ。
そう思ったのはフェリペとバルドロの会話をレギオンから聞いた翌日に補佐ラミロが「1ヶ月後に勇者様のお披露目を行うことになりました。」と言ってきたからだ。
「勇者様がこの世界に来られたことを発表する場でして、とても豪華できらびやかな催し物になると思います。全国各地の美味しいものも集まってくるでしょうし、貴族様のご令嬢もたくさん来られますよ。勇者様の存在を貴族様たちが知ったらきっととても喜んでくれますよ。」
ラミロはニコニコ上機嫌に言ってきて、実はラミロが楽しみにしているんじゃないかと思ってしまう。
「今のところ、パレードと王城でのお披露目を予定してます。」
「はっ!?パレード!?」
うげっと俺は思わず素に戻ってしまった。
パレードなんてめちゃくちゃ目立つことなんてなりたくない。
「あ、あの、目立つのは好きではないので出来ればどっちもやりたくないのですが・・・。」
「ど、どちらもですか!・・・それは難しいかと思われます。特にお披露目は陛下の指示だそうで。」
「では、パレードだけでもどうにかできませんか?すいません、我儘を言っているのはわかっているのですが、どうも苦手で・・・。パレードにお披露目があると考えただけでとても気が重くて、このままでは勉強も剣も魔法も手につかなくなってしまうかもしれません。」
「ゆ、勇者様・・・。そこまでなのですか・・・。」
「本当にすみません。我儘ですよね、こんなこと。勇者のくせにって思われても仕方ないですよね。ははは・・・。」
俺が力なく笑うとラミロはとても同情的な目で見てきた。
「わかりました!なんとかできないか宰相様を説得してみますね!」
俺は心でニヤリと笑いながらすまなそうな顔をして「すいませんがお願いをします。」と頭を下げた。
それからすぐにラミロはバルドロを説得したようで、パレードはなしとなって俺はホッとした。
本当はお披露目も嫌なんだがお披露目開催がフェリペの指示なら誰も覆すことはできないだろうから仕方なく出ることにはした。
それからは急遽行われることとなったお披露目に向けて服を作ることになり採寸をして、それが出来たのはお披露目前日のことだった。
そして俺はお披露目まで毎日数時間、ラミロからマナーを習うこととなった。
フェリペはしゃべらせずに立たせておけば・・・とかバルドロとの会話で言っていたはずだが、バルドロがさすがにそれだけでは駄目だと思ってマナーを学ばせようと思ったのだろう。
が、俺は愚図のフリをして何回かわざと間違えるとすぐに簡単なマナーだけでいいとなった。
とにかくずっと勇者らしい"勇ましい"顔で笑って、貴族の会話は簡単に返事をして終わらすこと、なにを言われても曖昧に流すことを教えられてお披露目の日を迎えた。
この日の俺はふわふわの髪を後ろでなでつけ美形に見えるようにメイクも施されて、まさに勇者らしい顔となった。
服は全身白の貴族服に金の刺繍がこれでもかと施され、所々に宝石まで散りばめられたもので、胸に着けるブローチは大きな真っ赤なルビーに金の蔓が巻きつき白い羽がバサッとのびている派手でしかないものだ。
どこぞのアイドルのライブ衣装のようでこれを俺が着るのかと目眩がしたが、いざ会場に向かうと貴族たちが俺を見定めてくる目にさらに憂鬱となった。
フェリペは会場に設けられた王座から勇者召喚に成功して勇者を呼んだことを高らかに宣言して俺を紹介した。
俺はあらかじめ暗記していた挨拶を言って勇者らしく"勇ましい"姿を心がけただけだが、見定めようとしていた貴族たちの目が明らかに媚びるようなものになった。
「勇者なんてすでにいるのになにやってんだ陛下は。」という目の貴族もいたが、そういうまともな貴族は恐らく付き合いで来ているだけなようで素知らぬ顔で壁の花になっている。
因みに今回のお披露目は隣接しているグラスタッズ王国・フリワナ国・アルバニカ王国の三国に招待状を送ったようだが、グラスタッズ王国は訪問予定者が病気のため取り止め、フリワナ国とアルバニカ王国は大使が数人ずつ来たくらいだった。
フェリペは三国共に王族を招待したつもりだったがグラスタッズは明らかに最初から行く気がないのに受けただけで、フリワナとアルバニカは王族ではなく大使が来て、しかも少人数とモンフェーラをないがしろにしているような顔ぶれにフェリペはカンカンだった。
顔を真っ赤にして執務室で怒鳴り散らしていたのはレギオンの報告で知っているので、今は王座でイライラしながらシャンパンをあおっているフェリペに内心笑ってしまう。
「あら、勇者様は大変な人気なのね。」
凛とした声が響いて俺に群がっていた貴族たちはさあっと左右に割れた。
「こんばんわ、勇者様。大変な人気で羨ましいわ。」
「王女殿下・・・。」
そこには優雅な笑顔をたたえた王女エスメラルダの姿があった。
長い水色の髪をハーフアップにして派手な髪飾りをしていて大ぶりなイヤリングを耳につけ、細かい刺繍が施されているピンクのドレスは肩とデコルテが出ているがとても上品でエスメラルダの美しさを引き立てている。
大きな宝石のついた指輪を着けた手に金の扇子を持って口元を隠して笑っていて一見すると好意的に見えるが雰囲気がピリピリしていて不機嫌なのが感じ取れる。
俺は愚図のフリをしているが空気が読めないアホのフリをしているのではないのでこの雰囲気に声をかけることはなく黙った。
・・・明らかに機嫌悪い女性に話しかけるほど面倒なものはないからな。
エスメラルダは俺の姿を上から下までじっくり見て微笑みかけてきた。
「あら、今日の勇者様はとても勇ましい姿ね。それはそうよね、いつものみすぼらしい姿じゃあこの会場に入れないものね。」
いつもの?と思ったが、そういえばエスメラルダとはこの1ヶ月間に2回会ったなと思い出した。
1回目は半月前、剣での指導が終わって部屋に戻って風呂に入ろうと移動している時に廊下でばったり会ったのだ。
エスメラルダは豪華で派手なドレスを着ていて後ろにたくさんの侍女と護衛を侍らせていて、対して俺は動き回ってよれたズボンにくたくたになった白シャツという格好に後ろにはアニタとヘルマンが伴っているだけだった。
「まあ、あなたまだいたの?しかもなんてみすぼらしい姿なんでしょう。本当に王城に相応しくないわ。」
俺を見て顔を歪めた途端にそんなことを言ってきて足早に去って行った。
2回目は勉強のために図書室で魔術士団長モイセンスと本を選んでいたところに偶然図書室にやって来て「そんなにしてまで勇者様はここにいたいの?魔術士団長も彼に関わらずに士団の方に集中されたらどう?」とクスクスと嘲笑いながら去って行った。
誰からか事情を聞いたラミロやモイセンスに「殿下のお言葉は気にされませんように」と励まされたが、あいにく俺はいちいち気にする性格ではなかったので今日エスメラルダに会うまで忘れていた。
すでに鑑定魔法のウィキで彼女の性格を知っていてし、レギオンに色々と探らせている中で彼女の評判や噂を聞いていたからそう言ってくるだろうことは想定していたから、その通りになり過ぎて忘れていたのだ。
因みにレギオンとマスティフとの通信によって俺の知りたい情報はこの1ヶ月で全て集まっている。
フェリペを含む王族の評判やフェリペの言った紛い物の勇者の言葉の意味や、魔族のことなどだ。
・・・今は目の前のエスメラルダに集中しないといけないので置いておくが。
「皆、こんな得たいの知れない男と知り合おうなんてよくできると感心するわ。私は知り合うよりも早く救世主らしく討伐の旅にでも出ていただきたくてずっとお願いしているところなのよ。」
出ていけと貶められているが、早く旅に出てとお願いされたことはないな。
これもモノは言い様という奴だ。
「あらいけない。私ったらおしゃべりが過ぎたわね。皆、いい出会いになるといいわね。」
最後に思いっきり皮肉を言ってエスメラルダは去って行った。
 




