280、悪魔は予定を考える
俺は勇者のために用意された部屋に案内されて一通り説明されるとリビングのソファに座って俺の専属侍女のアニタと話した。
まず、さん付けしていつものように敬語で話したら「私たちは勇者様に仕える身ですので呼び捨てで敬語もなくお話し下しいませ。」と言われたが、異世界から来たばかりということを理由にさん付けさせてもらい、敬語は元々のものなのでと説明した。
俺はすでにこの世界に来て1年以上経つが、冒険者には呼び捨てでも冒険者以外をさん付けしてしまう。
俺の中の区別のようなもので、冒険者は元々ラノベで読んでいた時から自由さと命の駆け引きで好きな職業だったこともあって冒険者というものに対する親しみを込めて呼び捨てにしていて、それ以外は本当にそれ以外という認識で俺のいた世界のようにさん付けしているのだ。
だがそれをいちいち説明する訳にもいかずとりあえず親しくなったらさん付けを取る、というようなことを言っといた。
そう言っておけばそちらの要望を断固拒否したわけではなく俺の要望にもそったことになる。
親しくなったら、ということなので今のところ親しくなるかはわからないからもしかしたらずっとさん付けになるかもな。
アニタはそんな俺の思惑をわかったのかそれでも食い下がろうとしていたが、俺がちょっとイラッとしたらなぜかすぐに引き下がった。
ラノベでもよくあることだ。
主人公が召喚直後に屋敷や城に保護されたら専属侍女か侍従がついて呼び捨て敬語なしを言われて戸惑いながらもそれに従う。
まあ、そこでゴタゴタされては話が進まないのはわかるが、こっちにも文化があってそれで育ってきたので召喚直後にもか変わらずそっちの文化に合わせろみたいになるのは俺には「強要」に見えた。
俺自身、こんなことを気にするなんて小さくて面倒臭い奴だなとは思うが気になるからしょうがない。
これでアニタがまだ食い下がってきたならますますイラついて絶望させてやろうかと思うところだったが、引き下がってくれたからよしとしよう。
そういえば、アニタは先ほどの俺と初対面の時もちょっと挙動不審だったが、なにかあったのだろうか?
今は落ち着いているようだしこの部屋に来てソファに座ってからお茶を出すタイミングなどいいので優秀な侍女だろうと思うが。
それから俺は1人になる時間を1日何回かほしいとお願いした。
ここで素直に勇者になるつもりはさらさらないが、どういうつもりで勇者召喚なんてやったのか知りたいから従っているだけだ。
探りたい気持ちはあるが、専属侍女と専属護衛騎士が側にいられたら邪魔でしかない。
そのため1人の時間は絶対ほしくてそう提案した。
だがせっかく召喚した勇者を1日中ほっとくほどアホではないだろうから1日に何回かとした。
一気に探れればいいが、小さく少しずつ探れば俺がなにかを探っていると感づかれるリスクが減るかもしれないからな。
・・・まあ、隠蔽魔法を駆使すれば探っていると感づかれるリスクはないかもしれないが。
アニタはしばらく考えて警護上の問題もあって1日3回、1回につき15分でどうだろうと提案してきたので俺は了承した。
本来は1回30分はほしかったが・・・あまりごねると心象が悪くなるからしょうがない。
俺は早速心の整理をしたいと言って1人にさせてもらった。
「面倒臭いことになりましたね、クロ助。」
クロ助は先程まで部屋の探索をしていたけどソファでくつろいでいる。
「フミャー」
クロ助は気にしていないような呑気な声をあげていた。
呑気でいいなお前は。猫だもんな。
そして俺がまず取りかかったのはアイテムから紙とペン取り出してソファテーブルでさらさらと必要事項を書いて再びアイテムからある石を取り出して書いた紙に包んだ。
それを罠魔法でリンクさせてあるところに送った。
数分待ってアイテムからもうひとつの石を取り出して周囲に隠蔽魔法で音を隠蔽した。
そして石に魔力を通すと石は光って声を発した。
『ユウジン!聞こえるか!?』
その声はめちゃくちゃ大きくて必死な感じに俺は引いた。
「聞こえてます。だからちょっと声を抑えてください。」
『よかったー!!ユウジンいきなりどっか行っちまったからびっくりしてよお!あ、じいさんも心配してたぞ!』
『ユウジン聞こえるかのう?』
「ええ、聞こえます。心配をおかけしました。」
ある石、というのは通信の魔石だ。
それの使い方と俺の現状を簡単に書いた紙を通信の魔石と一緒に罠魔法でマスティフの頭上に張ってリンクさせたのだ。
俺が認識しているところならどこでも張れるため、どんなに離れていてもマスティフの頭を認識しているため罠魔法を使って送った。
本当はじいさんやマスティフに現状を知らせるのなんて面倒臭かったが後でどうなるかわからないからな。
『いきなりユウジンの足元が光ったかと思ったらユウジンがいなくなって大騒ぎしたぜ!船ん中も探したけど見つからなくてさ。じいさんがユウジンの足元の光は魔方陣で召喚系のだって言ってどっかに連れ拐われる感じでいなくなったんじゃないかって言ってビビってよ。』
『おぬしのことじゃからなんらかの方法でもしかしたらわしらに連絡してくるかもと思ってとりあえず部屋で待機しておったところじゃ。』
じいさんの予想通りになったのはなんだか釈然としなかったが・・・まあいいか。
「紙を読んでもらったらわかる通り、モンフェーラ王国に勇者召喚として召喚されたようです。今は勇者のために用意されたという部屋で1人にさせてもらってます。」
そして俺は1日3回15分だけ1人になる時間も持ったのでなにかわかったら連絡することと、そちらからは深夜以外は出れないと思うことを話した。
「そちらからなにかあるとは思いませんが、今は西大陸に向かってる船の中ですよね?」
『ああ。これから1週間くらいは船の中だな。』
『港に着いたらアルバニカ王国を北西に進むとモンフェーラ王国に入る。国に入って首都に向かうとなると・・・1ヶ月はかかるかもしれんのう。』
「え?待ってください。モンフェーラに来るつもりですか?」
思わずげっと苦い顔をすると魔石の向こうでじいさんの笑い声が聞こえてきた。
『今ユウジン嫌な顔をしたじゃろ?しょうがあるまい、おぬしは悪さをするからのう。』
「悪さとかなんですかその子供に言うような言い方は。」
『わしは年寄りじゃからのう。』
とにかく1ヶ月はじいさんがここに来ないのか・・・。
その間に探るには時間が足りるかもしれないな。
『なあなあユウジン!こっちは船だからめちゃくちゃ暇だし、ちょくちょく連絡くれよ。強い魔物とかいても倒さないでくれよな。俺が倒したいから。』
「は?なんでいちいち連絡しないといけないんですか・・・。それに強い魔物うんぬんは会う機会がないと思いますよ。なにしろレベル1と嘘をついときましたから、初歩の初歩からやることになるでしょうし。」
『初歩の初歩?』
「俺はなにも知らないレベル1の素人のフリをしてますから、まずこの世界の知識と剣や魔法を学ばないといけませんからね。これはラノベで勇者として召還された主人公は必ず城で習うことになってますし、ここでもそうなることになりました。その後は勇者がある程度使えそうなら弱い魔物の出るところにレベリングで向かってそこで強くしてそうしてやっとそれなりの魔物を相手させることになるでしょう。」
『えええー!なーんだ・・・。暇だから面白い話聞けそうと思ったのになあ。』
おっと、そろそろ15分経ちそうだ。
「そういうことですので。またなにかありましたら連絡します。」
俺はそう言って通信の魔石を切った。
そしてアイテムじゃなくてポケットに入れてふと思った。
・・・通信の魔石、マスティフじゃなくてじいさんに持たせたらよかったか?
前にルナメイヤの誘拐の時にマスティフの頭上に罠魔法で手紙を送ったことがあったから同じようにとやったんだが・・・ちっ!失敗した!
マスティフの感じだと毎日暇だと連絡して来そうだな。
俺がマスティフならなりそうだなと思いながら頭を抱えたところでアニタとヘルマンが部屋に入ってきた。
アニタは不思議そうな顔をしていたが話しかけてくることはなかった。
それからそのまま夕食時となり、部屋か食堂どちらで夕食を食べるか聞かれて部屋で食べることにした。
食堂は王族用の食堂と王城で働く者たち用の食堂があって、俺は勇者なので王族用の食堂が使えるが王族の誰かと一緒に食べることになりそうだと思ってそうなると王族の相手なんてめちゃくちゃ面倒臭いなと思い部屋を選んだ。
夕食は豪華なフレンチ風のコース料理となっていてとても美味しかった。
クロ助には数種類の魚の切り身がたくさん出て大喜びして食べていた。
風呂は誰かが手伝うと言って入ってくるかと思ったが「異世界の方は風呂も着替えも1人なさると聞きました。」とアニタが言ってきたのでほっとした。
そして風呂に入り、用意された下着とパジャマのような柔らかい素材の服を着ると寝ることにした。
因みにポケットに入れていた通信の魔石は脱ぐ時にアイテムに入れた。
寝室のベッドはキングサイズと思われる大きさで、めちゃくちゃふかふかで横になるととても気持ちがよかった。
俺が横になったのを見てベッドに飛び乗ってきたクロ助もふかふか具合を気に入ってしばらくフミフミして俺の首元で丸くなった。
そうして俺とクロ助は眠りについた。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・パチッ
「っ・・・!」
真夜中、俺は自分の張った罠魔法の雷魔法で目が覚めた。
俺が張ったのは、朝になると自分が起きるためのものともうひとつ。
侵入者がいたら密かに起きるためのものだ。
俺はすぐに今が真夜中であることと超微弱な雷魔法だったので後者だと気がついてそのまま寝たフリをすることにした。
目を閉じたままサーチをかけてみたら、寝室の出入り口に侵入者がいるのがなんとなくわかった。
人数は1人、女性のようだ・・・。
この女性は・・・・・・アニタ?
アニタは音もなく気配もさせずにこちらに近づいてきて、キングサイズのベッドにギシリと乗ってきた音がわずかにした。
なんだ?どういうことだ?
仰向けに寝ていたので薄目で見てみたら・・・。
アニタはキャミソールワンピタイプのネグリジェを着ていて、気だるげに俺に覆い被さろうとしていた。
その顔はさっきまでの無表情な平凡顔ではなく、色を含んだような妖艶さがあって俺はドキリとしてしまった。
「・・・。」
アニタはなにも言わずに、俺の顔へと手を伸ばしてきた。
ま、まさか、俺は襲われるのか!?
主人公貞操の危機(笑)




