279、悪魔は侍女に恐れられる
勇者の専属侍女のアニタ視点です。
私はアニタ。
モンフェーラ王国の首都ランギーアにある王城で料理人をしている父親と侍女の母親の一人娘で、私も侍女として働いています。
現在27歳で、茶髪をおだんご頭に黒目の素朴な顔立ちのどこにでもいそうな平凡な見た目で、お仕着せを着たら本当にどこにでもいるごくごく普通の侍女にしか見えません。
空気も読めて存在感を適度に薄くでき、とても気が利き口も固くなにがあっても動じない。
そんな理想的な侍女をしています。
・・・表向きは。
ええ、そんな理想的な侍女を私は演じています。
私はただの侍女ではありません。
実は料理人の父も侍女の母も私も、影ではこの国の宰相バルドロ・キアルージ様の指示のもと諜報や暗殺を任されることもある日陰者なのです。
父も母もご先祖様も、代々宰相様の家系キアルージ家にお仕えしていていて、そんな家に生まれる前から暗殺者になることが決まっていた私は生まれて物心ついた頃から父と母の熱心な指導の元に育ちました。
5歳の時には全ての毒や痺れなどに耐性を持ち、6歳で初めて暗殺をして10歳で全ての武器や暗器を使いこなし13歳の頃には閨での暗殺をし始めました。
両親の指導もあったのですが、元々の才能もあったのか私はメキメキ力をつけて成人する頃には息を吐くように暗殺をしていました。
私たちの家系はキアルージ家にお仕えしつつ王城での諜報のために代々王城で働いていて、成人すると私も王城で侍女として雇っていただけるようになり、昼間は侍女見習いとして働きながら夜は諜報や暗殺として働きました。
1年で正式に侍女として王城で働きだす頃になると宰相様は私の表と裏の両方の働きぶりを大変気に入って重用していただくことも多くなってきました。
私は宰相様に気に入られてはいましたが、忠誠を誓っているわけではなく単に宰相様の家系にお仕えする家系に生まれたから従っていただけだったのですが、あることがきっかけで忠誠を誓うことになりました。
私には今年成人する妹がいて、両親や私の稼ぎでは満足な治療がさせられないほど治療が困難な病気を患っています。
幼い頃はいつもニコニコ笑って元気に駆け回っていたのですが、いつからか弱っていきあっという間にほとんど歩けなくなり、ベッドで過ごすことが多くなっていきました。
いくつかの治療院に見てもらってもまったくの原因不明で、最近になって治療が困難な病気だとわかったのです。
宰相様は妹をことをどこからか聞きつけて治療院に掛け合って下さって、最新の治療を施していただき莫大な治療費まで出していただきました。
「いつもお前たちの家系には世話になっているからな」と言ってくださった宰相様のおかげで妹の容態は少しは改善しました。
が、今だに完治まではせずに毎日薬が必要な状態で、その薬は特別な許可がないと取り寄せられない国外のものだそうです。
ですがその薬も宰相様がわざわざ取り寄せていただいて、それも無償でとなりかけたのですが両親と私が強く反発して話し合った結果、宰相様から薬を買わせていただくことで落ち着きました。
薬はとても高く諜報や暗殺の報酬がほぼ薬代になくなってしまいますが、妹のためなら惜しくはありません。
そしてそこまで私たち家族のためにしていただいた宰相様に恩を感じて私や両親は宰相様に忠誠を誓っているのです。
そしてある日、宰相様に呼び出されて勇者召喚を行うことを聞き、来られた勇者様の専属侍女としてお世話をするようにと言われました。
すでに200年前から勇者様はいらっしゃるのになぜ召喚するのか、正直疑問でしたが、宰相様や王族の方々にはなにかお考えがあるのかもしれません。
宰相様が私を勇者様の専属侍女にするのは恐らく勇者様の観察と監視のつもりで私をつけることにしたのでしょう。
勇者様はどんな人物かわかりませんから、侍女であり暗殺者でもある私がお側に仕えることで人物像を知っておきたかったのかもしれません。
それに今後、宰相様が不要と判断したらすぐに暗殺できるように、ということもあってのことだろうと思いました。
私は宰相様の役に立つならと喜んでお引き受けしました。
そして勇者召喚がなされ、私は勇者様を護衛する護衛騎士のヘルマン・アロンソと部屋に呼ばれました。
ヘルマン・アロンソはアロンソ伯爵家の三男で、20代後半くらいで緑色の短髪で茶目の真面目そうな顔立ちで銀の全身鎧を着ています。
ヘルマンが勇者様の護衛騎士になったのは騎士団長からの推薦があったようで、ヘルマンは見た目通り真面目で騎士団の中では1~2を争うほどの剣の実力を持っているために勇者様の護衛騎士として適任だろうと騎士団長が思ったのでしょう。
彼はその実力から次期団長とも噂されている人物なのに本人は今の騎士団長をとても尊敬して団長になる気はまったくなく、今回の抜擢に騎士団長の命令ならと二つ返事で了承したそうです。
これらの情報は他の諜報仲間が私が勇者様の専属侍女になったのを聞きつけて教えてくれました。
因みに私とヘルマンとの接点は今までなく、完全な初対面だったので勇者様と対面する前に軽く自己紹介しました。
ヘルマンの雰囲気からして、どうやら私が日陰者だと知らないし気づいてないようです。
まあ、当然でしょう。私は平凡な侍女として演じていますし、暗殺者の面を完璧に隠せていて今まで誰にもバレたことがありませんから。
勇者様と宰相様が待つ部屋に入るとすぐに頭を下げて挨拶をしました。
「勇者様の専属侍女のアニタと申します。」
「勇者様の護衛騎士のヘルマン・アロンソと申します。」
私の挨拶にヘルマンが続きました。
「ユウジン・アクライといいます。よろしくお願いします。」
勇者様は名前を教えて下さり、よろしくとまで言っていただきました。
若い男性の声だな、と思いながら顔をあげて勇者様のお顔を見て、私は思わず固まりました。
勇者様は茶色のふわふわした髪に茶目を細めて柔和な表情で微笑んでおられます。
とても魔物を殺せるような・・・いえ、虫すら殺せないような全てを慈しむような微笑みをたたえているのです。
・・・なのに、なぜ・・・こんなにも恐ろしいと本能が告げるのでしょう?
思わずぎゅっと片手を握りしめ、体が震えないように足がふらつかないように全身に力を入れます。
細められた目が合うと、全てを見透かされているような・・・なにもかも壊され狂わされてしまうような得体の知れない恐怖が全身を襲い、思わず視線をそらして顔を俯かせます。
なんとか動揺してない顔を張り付けていますが、このままではそんな顔も崩れてしまいそうですので、落ち着かないと・・・。
おかしい、私は小さな頃から暗殺者として徹底的に教育されて、常に冷静になんでもこなしてきました。
初めての暗殺でもこんなに動揺しませんでした。
なのに、勇者様を見た途端にこうなってしまうとは・・・。
これはもしや、勇者召喚された方特有のものなのでしょうか?
それとも勇者様個人のものでしょうか?
他のことに気をそらそうと横のヘルマンを見ると、ヘルマンは特になにも感じ取ってないのか普通の顔をして勇者様を見ています。
暗殺者の私が勇者様の異常を感じ取って、騎士団の中でも剣の実力が1~2と普通のヘルマンが気づかないということは、私の暗殺者としての感覚が鋭敏だからということでしょうか?
どちらにしても勇者様は恐ろしい。
そして同時に、私が気づいたことに気づかれてはいけないと思いました。
気づかれてしまったらなにかが終わるような気がして理想的な侍女になりきらねばならないと密かにぐっと握っていた片手により力を込めました。
「お部屋に案内させていただきます。」
私は戸惑う中でも宰相様がくいっと顎で合図を出したのを見逃さず、勇者様を促して部屋を出ることにしました。
勇者様は膝に黒猫を乗せていたようで、寝ている黒猫を抱えると私の後ろについてきて、ヘルマンは勇者様の後ろについて部屋を出ました。
それから勇者様のために用意されたお部屋に案内してお部屋の中を案内しました。
お部屋は入ってすぐに大きなリビングになっていて左右の壁にドアがあり、左のドアは小さめのキッチンに続いていて右のドアは寝室に続いています。
寝室にはクローゼットと風呂とトイレにそれぞれ続くドアがありまして、風呂は「異世界の人間は風呂好き」という噂を聞いて勇者様のために改築されたものです。
勇者様は一通り説明すると「部屋に色々ついてるのはいいですね」と満足そうでした。
そしてリビングのソファに座ってしばらく話して、黒猫は一緒に来てしまった勇者様の飼い猫でクロスケという名であることを教えていただき、そして私たちをさん付けで呼ぶことになりました。
私たちからしたら仕えるのですからぜひ呼び捨てで敬語も無しでとお願いしたのですが、「俺の世界では仲良くならないとさん付けを外せません。俺はこの世界に来たばかりでこっちの文化を徐々に勉強してからにしたいのでしばらくはさん付けさせて下さい。それから敬語は元々なので崩せないんです。」と言われてしまいました。
そうは言っても・・・と引き下がろうとしましたが、言葉を発する前に一瞬勇者様からゾッとする気配を感じたので止めて勇者様に従いました。
ヘルマンはやはり気づいてないようで部屋の隅で立って護衛をしていました。
それから勇者様は「俺の世界では1人が当たり前だったのでずっと誰かいるのは正直しんどいです。できれば1日に何回か1人の時間がほしいのですが。」と言ってこられました。
勇者様が水回りを使われる時(トイレや入浴)や就寝される時はもちろんお1人になるように配慮するつもりでしたが、それ以外もとなると警護上の問題もあるので1日3回くらいで1回辺り15分、この間は必ずこの部屋にいることと出入り口にヘルマンが立つことを提案して了承していただきました。
そして早速「心の整理をしたいので1人にしてもらえますか?」と言ってこられたので15分ヘルマンを出入り口にいてもらって退室しました。
15分経って部屋に改めて入ると勇者様はなぜかちょっと疲れたような顔をしていましたが後は何事もなく部屋で過ごして夕食は部屋でとり、入浴をすまされて就寝するために寝室へと向かったので私は退室してヘルマンは部屋の出入り口で立って護衛し始めました。
さて、もう少ししたら私は理想的な侍女として大切なお世話をさせていただくことにしましょう。
主人公はレベル100も越えてますし東大陸で色んな経験をしましたから知らないうちにただ者じゃないオーラが出ているので、暗殺者として才能があって感覚が鋭敏な者にはわかったのです。
剣の才能があって騎士団で活躍しているだけの普通の感覚の騎士は気づかなかったということで、だから侍女は騎士を普通と評したのです。
2023年6月、へルマンの年齢を30代後半と書いてましたが20代後半に変更しました。




