262、悪魔はクラーケンに囁く
『・・・どういうつもりだ?』
グラトニークラーケンはユウジンに向けた怒りの目をギロリとサハギンたちに向けた。
サハギンたちは怯えてガタガタ震えている。
俺から見ても明らかに戸惑った感じで、先ほど触手に攻撃したとは思えないように見える。
そういうフリなのか?
だが、そんな演技をするほど頭が回る魔物とは思えないんだが。
『ヤクタタズども!?どういうつもりだときいてやっているんだ!コタエろおおっ!!』
グラトニークラーケンはあまりの怒りにサハギンたちが怯えている様子に気づいてない様にそう吠えた。
「「ギャキャ!!」」
サハギンたちは恐怖して震えながら慌てて三ツ又の槍を次々と手放して両手を挙げて首を振った。
自分たちではないとアピールした。
すると両手を挙げたサハギンたちの目の前や周囲に水の矢ウォーターアローがいくつも出現して次々とグラトニークラーケンに向かっていった。
『!?』
グラトニークラーケンは触手でウォーターアローをはらうが、いくつかは触手を貫いた。
『ぐおおおっ!?』
貫かれた触手からは青い血がぶしゃっと吹き出た。
ランクCのサハギンのウォーターアローがランクSのグラトニークラーケンの触手を貫くなんて出きるわけがない。
それをグラトニークラーケンもわかっていて貫かれた触手を信じられないというような目で見ていた。
そしてサハギンたちはやはり恐怖しながらも戸惑った様子でお互いのサハギンたちを見たりグラトニークラーケンの様子を見たりしている。
『おおおおおお!?オレサマのショクシュが!?おのれ!おのれ!』
「おやおや、仲間割れですか?」
激怒するグラトニークラーケンにユウジンがなぜか余裕そうに声をかけた。
触手で体を掴まれて中に浮いている、という状況なのにだ。
「触手を貫かれたくらいで動揺するなんて、なんとも滑稽ですね。」
『ダマレダマレ!!』
グラトニークラーケンは怒ってユウジンの体を掴んでいた触手をギュウギュウと絞めた。
が、なぜだかユウジンは余裕そうな顔をしている。
「すぐ怒るのはあなたの悪い癖ですかね。俺はあなたのために言っているのですよ。」
『ダマレと言っているだろうが!?ナニを言う!?』
「ちょっとは冷静になって考えて見てください。」
『あ゛!?ナニをだ!?』
「なぜサハギンがあなたを攻撃したのかを。」
ユウジンはニコニコ笑いながらグラトニークラーケンに囁く。
「サハギンたちは自分たちじゃないという動作をしてましたが、ウォーターアローが発射されたのを見る限り、あの動作や戸惑ったような様子は演技だったんでしょう。ではなぜ俺と戦っているあのタイミングで攻撃してきたのでしょうか?それはあなたを倒せる隙を狙っていたと考えられませんか?」
『な、なんだと?』
「俺と戦っている時、あなたは完全にサハギンたちの方に意識を向けていなかった。サハギンたちはそれを見逃さず攻撃したのではないでしょうか?怖いですねえ、サハギンたちはあなたに怯えて従っているフリをしてずっと虎視眈々とあなたを攻撃しようと隙を狙っていたんですから。」
グラトニークラーケンは怒りでガクガクと震えている。
サハギンたちがウォーターアローを仕掛けてきた事実がある故にユウジンの言葉がそうだと思っているようだ。
「サハギンたちは陰で笑ってたんじゃないですか?従ってるフリをしただけで調子に乗っていい気なもんだって。ほらほら、今も怯えているフリして目を見てください。あなたを心底バカにした目で見てますよ。」
『おおおおおお・・・!?ヤクタタズども!?オレサマのブカにしてやっているのに!ホントウにそうなのか!?』
「「ギャキャキャ!!」」
サハギンたちはあまりの展開にパニックになりつつ両手を挙げたまま首を必死に振っている。
だがその動作をするとまたウォーターアローがいくつも出現してグラトニークラーケンに向かって飛んでいく。
なぜか先ほどとは威力の違うウォーターアローははらう触手に次々と刺さっていく。
『ぐおおおぉぉっ!?』
刺さったところから青い血がどくどくと出る。
『おおおおのれえええええっ!!』
グラトニークラーケンは怒り狂って触手を振り回し、サハギンたちを凪ぎはらおうとした。
が、サハギンたちの目の前にウォーターウォールが出現してそれが触手を弾きバチンッ!という音をたてた。
ランクCの攻撃がランクSにあまり届かないのと同様に、防御においてもランクSの攻撃をランクCがウォールを張ったところで防げる訳がない。
だがグラトニークラーケンにとってはそのことよりもサハギンたちが歯向かってきたことが頭を埋め尽くしててそれどころではないようだ。
サハギンたちに攻撃を受け、ウォーターウォールで弾かれる今の状況はユウジンの言う今まで弱いフリをして狙われていたということを証明するかのように思えたのだろう。
グラトニークラーケンはますます激昂した。
『ゴミが!ゴミが!ゴミどもがあああっ!!』
触手を振り回したりアイススピアでサハギンたちのウォーターウォールを攻撃するもウォールはまったく壊れる様子がない。
グラトニークラーケンがウォールに攻撃している間にもウォールの向こう側からはウォーターアローが次々と飛んで来てグラトニークラーケンの体に刺さる。
『おおおおおおぉぉぉ・・・!!』
グラトニークラーケンは怒りのまま触手を振り回していたのでユウジンを掴んでいた触手も振り回し、甲板の木箱に叩きつける。
「あ!?ユウジン!?」
「ミャー!」
俺とクロスケが声をあげたが、続けてグラトニークラーケンも声をあげた。
『ぐおおおっ!?』
ユウジンを掴んでいた触手が切り裂かれていた。
「ふう、よっと。」
ユウジンは掴まれていた触手を魔法剣で裂いて立ち上がった。
触手でギュウギュウと掴まれ木箱に叩きつけられたにしては・・・あれ?
そもそも、最初触手攻撃をいくつか受けていたはずなのに、腕や足にかすった痕すらないぞ?
嘘だろ?もしかして、今までの全部がまったくダメージ受けてないのか?
『おのれえええ!ゴミどもがオレサマにタテツキおってええ!!これでもくらえええ!!』
グラトニークラーケンは血走った目でそう叫ぶと、長い触手を自分の頭上に振り上げた。
するとグラトニークラーケンの頭上に氷の塊が出現してあっという間にグラトニークラーケンくらいでかい、8メートルもの大きさの塊になった。
アレは上級氷魔法のアイシクル・ロックフォールじゃねえか!
アレをサハギンごと船にぶつけられたらヤバくないか!?
結界があるにしてもさすがにこんな強力な魔法に耐えられるのかよ!?
落とされるサハギンたちは尻餅をついたり逃げ出したり、そうかと思えば必死に自分たちではないと両手を挙げてアピールしているのもまだいる。
と、必死にアピールしているサハギンたちからまた魔法が出た。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・!!
水が渦を巻きうねりながら大きくなっていき、氷の塊に向かっていく。
アレは・・・上級水魔法のウォーターサイクロンか!?
そんなバカな!サハギンはランクCのレベル40くらいの魔物だぞ!?
上級なんて取得してたらランクBのレベル50以上にはなってるはずだ!?
しかも1つじゃねえ!?
ウォーターサイクロンはサハギンたちいくつも出て、それらは氷塊に次々とぶつかっていった。
パキイイイィィィィンンッ!!
ウォーターサイクロンは氷塊を砕き、氷の粒が辺り一面に飛び散った。
「うわっ!?」
「おおっ!?」
じいさん以外の俺とレオニダたちは慌てて避けて、じいさんはユウジンの様子を見ながら余裕で避けていた。
ユウジンも余裕そうに避けつつグラトニークラーケンに近づいていた。
「ぶつける前に壊されましたねえ。おや、サハギンたちが続けてなにか魔法を仕掛けてきてますよ。」
そう言うと同時に甲板の残っていたサハギンたちの前に水の渦がまた出現して今度は東洋の龍のような形になってグラトニークラーケンめがけて飛んでいった。
そして大口を開けた龍はグラトニークラーケンの触手の根元にかじりつき、触手2本を根元から引きちぎった。
『ぎゃああああぁぁぁぁっ!?』
青い血が勢いよく吹き出してグラトニークラーケンは悲鳴をあげた。
するとグラトニークラーケンの両側の海からも水の龍が出てきてグラトニークラーケンに次々と噛みついた。
『な、な・・・ヤメロ!いたいいたい!!うぎゃああぁぁっ!?』
ブチブチブチ!と龍はグラトニークラーケンの皮膚を食いちぎり触手も食いちぎる。
10本あった触手は4本は根元からなくなり残り6本はいずれも先がなく根元までズタズタだったり途中で食いちぎられたりしてもう動かせないのかダラリと下ろしている。
頭?胴体?と思われるところも龍によって噛みつかれたりしてボロボロだ。
『いたい・・・いたいいたい!!ぐうぅぅぅ、なぜだ・・・オレサマは、このウミのチョウテンなのだぞ!?なぜ、ゴミどもに・・・。』
グラトニークラーケンが力なく倒れそうになるところをなにかが食い止めた。
ジャラジャラジャラ・・・
それは船の上の空中から出現したいくつもの黒い鎖で、グラトニークラーケンの体に巻き付くと引っ張りあげられ、甲板に乗り上げさせた。
ボロボロでも巨大なグラトニークラーケンの体が船に上がるとその重みで船が若干前に傾いた。
おっとっと!グラグラ揺れるな。
甲板に残っていたサハギンたちはグラトニークラーケンがボロボロなのを呆然と見ていたが、ハッとして次々と船から海に飛び下りて逃げていった。
それをまったく気にせずユウジンは黒い鎖を消していった。
まあ、俺とじいさんは黒い鎖はユウジンが使った拘束魔法だとすぐにわかったので特に反応しなかったが、レオニダたちは突然出現した黒い鎖にぽかんとしていた。
「・・・さて、気分はいかがですか?グラトニークラーケン。」
ユウジンはいつものようにニコニコ笑ってボロボロのグラトニークラーケンに話しかけた。
あんなにボロボロで死にかけてるようにしか見えないのにユウジンはなにも変わらず柔和な笑顔と態度で接していて、相手を心配なんて一欠片もしてないのが見えて仲がいいと思っている俺でさえちょっとゾッとする。
これからグラトニークラーケンをどうするのか、逃げたサハギンたちはどうなるのか、ユウジンの考えがわからず俺はちょっとハラハラしながら黙って見守った。
次回、主人公視点に戻ってイカを絶望させます。
 




