255、悪魔はプレゼンする
「お久しぶりです。」
俺はじいさんの別荘で1日ゆっくりして、この日は首都レクシフォンの城に来ていた。
いつものように隠蔽魔法で城に入ったのでもちろん誰にも見つかることなく奥に侵入して、ある人物の部屋に入ったところで姿を現して挨拶をした。
「!?・・・あら、あなたはいつも突然現れるのね。」
太王太后マリアンナは大きくとても豪華なソファで優雅にお茶をしていて俺に声をかけられ驚いていたがすぐに俺を認識するとニコッと微笑んできた。
だがマリアンナ以外は冷静ではなかった。
「きゃああああああ!?」
「な、な、何者です!?」
部屋の隅に控えていたメイドたちが騒いだ。
メイドたちはマリアンナの前に立ちはだかって俺から守ろうとする者や部屋の外の護衛騎士に知らせようと走る者もいる。
だが、すぐにマリアンナがそれらを止めた。
「落ち着きなさい、大丈夫よ。彼は私の客人よ。」
「え、え・・・?も、申し訳ありませんでした。」
メイドたちは明らかに顔は狼狽えていたが、マリアンナに客人と言われてしまったので客人に対する非礼を頭を下げて謝ってきた。
「いえ、こちらも突然現れて混乱を招いてしまって申し訳ありません。」
まあ、アポもなしで来た俺が完全に悪いので非礼を詫びる必要性はないのだが、社交辞令として受け取り俺からも詫びた。
そして騒ぎを聞きつけた護衛騎士が慌てて来たがマリアンナは追い返して、俺はマリアンナにすすめられて対面のソファに座った。
クロ助は俺の肩からソファにぴょーんと飛び移ると寛ぎモードで体を舐め始めた。
「エルフ領の許可証、本当にありがとうございました。おかげでとても有意義な旅ができました。」
「喜んでもらってよかったわ。」
「北の地と地図ではわかっていたのに、あんなに寒いとは思わず慌てて防寒具を買って着込んでしまいました。エルフ領から帰ってきてここの暖かさにちょっとほっとしました。」
「ふふ、あなたが寒さに慌てるなんて見てみたかっわ。」
マリアンナは置いていた扇子を広げて口元を隠して笑った。
「そういえば、前国王陛下とは会われましたか?」
俺は許可証をもらう時にマリアンナが前国王リュディンスを甘く育ててしまったことに責任を感じていた話を聞いたのを思い出したので聞いてみた。
俺なりになんとなくアドバイスみたいなものをしたのだが、それを聞いて動いたかちょっとだけ気になったのだ。
思いっきり部外者の俺がこんな王族のプライベートなこと聞いていいのかと言った後思ったが、マリアンナは別段気にするようなこともなく微笑んできた。
「ええ、リュディンスたちが向こうに言って落ち着いた頃に行って、もう3回くらいは行ってるわ。・・・なにか憑き物がとれたように元気で、今は料理に目覚めたようで毎日厨房に立ってるようよ。」
あのお花畑が料理に・・・?
あのいつ見てもケーキ1ホールばかり食べていた国王がねえ。
「・・・もしかして、陛下は元々料理人になりたかったのではないですか?」
この世界の王族の男女と貴族の男性はそもそも料理をするという発想がない。
生まれた時から料理人がいて料理をする必要性がない環境下で育ったため、厨房に立つということ自体が頭にないのだ。
貴族の女性はお菓子を作ることもあるので料理をする女性も少なからずいるらしいが。
そんな環境下で育ったリュディンスが別荘に住んだくらいで料理をしようなんて普通は考えない。
読書や狩りなど男性の趣味があるのにそれらをやらないで料理に興味をもつなど、前々から興味がないと向かわないだろう。
マリアンナは俺の言葉に驚いていた。
「・・・あなたよくわかったわね。リュディンスは小さな頃に「将来は料理人になって皆に美味しいものを食べさせたい」と言っていたのよ。」
「おや、ではその将来の夢が叶いそうですね。よかったではないですか。」
俺のいた世界でもリストラとかで職を失ったが「そういえば小さい頃にアレに憧れたなあ」とかいうのを思い出して一念発起して大成功をおさめる、とかいう波乱万丈モノをテレビで見たことあるな。
「よかったのかしら・・・?私としては王族が料理するというのにどうしても思うところはあるわ。」
「まあ、気になることもあるでしょうが、陛下が好きでやってるのだからいいんではないですか?むしろ・・・ふむ。」
俺はふと思いついた。
「思いきって店を出してはいかがでしょう?」
「・・・・・・は?」
急に俺が現れてもすぐに気を取り直したマリアンナがぽかんとした。
「その別荘は町の中にあるのでしょう?だったらその町に店を出して、陛下は料理長として料理を作るんです。もちろん身分は隠さないと誰もおそれ多くて食べようとしないでしょう。」
「で、でも、あなた、王族が・・・それも前国王が料理人なんて・・・。」
「本来だったら前国王なら現国王の補佐的立場になってアドバイスするのが妥当でしょうが、陛下にその素質があるように思いますか?俺は申し訳ありませんがないと思います。すでに国王補佐にはハインリヒ殿下がいますからね、今さら補佐としてアドバイスすることがあっても無駄にハインリヒ殿下と意見が違いそうでヴィグドー陛下が混乱・・・はしないでしょうね。ハインリヒ殿下を父親よりも信頼しているでしょうから。そうなるとまあ、はっきり言って陛下のやることがありません。だから陛下は暇過ぎて今、料理に目覚めたのでしょうね。どうせ毎日厨房に立って料理するなら、そのできた料理を利用するという方向でもっと有意義に使った方がよくないですか?」
「・・・。」
まあ、俺が今考えついたことだからもちろん陛下の意見も聞く必要がある。
陛下がもし乗り気でなかったらこの話自体がなかったことになる。
だが「将来は料理人になって皆に美味しいものを食べさせたい」と思っていて店を出す話に飛びつかないわけがない。
そしてこれは俺の勝手な推測だが、陛下の料理の腕は知ったことではないが舌はとんでもなく肥えているはずだ。
なんせ王族という最高の環境下で最高の食事だけ食べて生きてきたから自然と舌は肥えていて、料理をするなら自分の舌のポテンシャルに合わせるはず。
そして王族とあって食材は最高のものを揃えることができる。
かなり料理の才が壊滅的でない限りは陛下の作るものは美味い可能性が高い。
俺は考え込むマリアンナに俺は提案していった。
「店は予約制で少人数制にすることをお勧めします。最高の食材で作るでしょうから料金設定は高めで1~2コースのみのメニューというのはどうでしょう。」
「予約制に少人数制は店の価値を高める狙いと・・・コースの少なさは作るリュディンスの負担を考えてってこと?」
「さすが、その通りです。そして価値の高い店は絶対に貴族の注目を集めます。」
貴族というのはそういうものに目ざとい。
そしてそういった店に行っては社交界で自慢することで店は勝手に宣伝をしてくれるし、自慢した貴族はマウントをとれる。
「そして、ちょうどエルフ領でいいものを手に入れましたから、それを利用してはと思ってます。」
俺はアイテムからエルフ領の結界ハウスで収穫してもらった野菜や果実25箱のうち10箱を部屋に出した。
突然現れた箱にマリアンナもメイドもとても驚いていた。
「じゃがいもにトマト、ピーマンやパプリカの他にリンゴや梨もあります。これらはいずれもエルフ領産です。」
「・・・・・・は?エ、エルフ領、産ですって!?」
またマリアンナはぽかんとして、メイドたちもぽかんとした。
「色々と研究している村長がいまして、ついにエルフ領でも作物の栽培が可能になったのです。その証拠に、これらの作物は普通のより大きさも味も別格です。俺はちょっとその村長と知り合いまして分けてもらいました。」
俺が手伝ったなんて面倒なことは伏せた。
「結構な量がとれたそうで、たくさんくれましたからお譲りします。ぜひ、この作物をご賞味下さい。・・・そして陛下にもお譲り下さい。きっとおきに召すと思いますので。」
メイドがバタバタして護衛騎士が何人も部屋に入ってきて10箱はあっという間にどこかに持ってかれた。
「ついでにこれも差し上げます。」
俺はアイテムから世界樹の枝2本と葉5枚を出してテーブルに置いた。
マリアンナはさすがになにかわからず首を傾げた。
「これは・・・?」
「エルフ領で不明だったところの正体です。錬金術師か薬師で鑑定魔法を持ってる者に見せてみて下さい。多分ひっくり返ると思います。」
モメントとルナメイアにはもっと多く渡したが、マリアンナにはこの少量で十分だ。
エルフ領と取引している国なのだから取引次第ではこれからいくらでも手に入るだろうからな。
ここからは俺としては興味はないが、イルヴァルナスはエルフ領との取引を見直すことになるだろう。
主に食料を売る商人を行き来させることで優位に立っていたイルヴァルナスが、今後イルヴァルナスからの食料を必要としない未来が来てしまうことは俺のあげた作物ではっきりとわかっただろうし、むしろイルヴァルナスが量・大きさ・味がいい作物を欲しない訳がない。
そして世界樹の枝と葉という超貴重素材がエルフ領にあるとわかるとなんとしても欲しくなるものだ。
そうして、エルフ領はイルヴァルナスと対等以上に取引する関係となる。
イルヴァルナスとしては面白くはないだろうが、エルフ領以外の他国に対してはエルフ領と取引している唯一国という強みでエルフ領産のものを他国にいくらでも高く売りつけられる。
エルフ領にとってもイルヴァルナスにとっても結果的にいい取引になるだろう。
・・・まあ、俺には関係ないから興味はないが。
さて、レクシフォンでの用事もすませたし、じいさんと港町エキスに行くとするか。
首都での急がない用事というのはマリアンナに会って作物と世界樹の枝葉を売り込むことでした。
なんでそんなことをやったかはだいぶ後にわかるかも?しれません。




