235、悪魔は帰りの護衛中
突然の魔物の群れに対応したことであっという間に数時間が経った。
というのも、群れを倒したあの後に傷を負った村人たちをベアトリーチェが回復魔法で治したはいいが失った血と体力は回復できないので施設内の空き部屋で1日寝かすことになって、それに加えて避難してきた村人の対応などで施設内がバタバタしていたのがあっという間な主な原因だ。
ベアトリーチェは施設長室辺りで待っていたらいいものを、「自分だけ働いていないのは悪い」と言って村人たち用にと用意された食料を運んだり配ったりして、俺は護衛ということで巻き込まれて一緒に運ばされたりアイテムに入れていたサーベルタイガーを村人たちの夕食に使いたいということでアイテムから出して捌くのを手伝わされたりした。
因みにクロ助は戦えない村人たちの中の人間の年寄りや小さな子供たちの相手をしていて、人懐っこい性格から皆から撫でられていた。
そうしているうちに夕方にさしかかり、シルバーエルフに帰る時間となった。
元々日帰りで帰る予定だったので、もう少し早い時間に帰るつもりだったが魔物の群れの対応にバタバタしているなかで手伝いもせずに帰れないとベアトリーチェが俺に言ってきて夕方近くまでズルズルいてしまったのだ。
だが、もうさすがに帰らないとシルバーエルフに着くのは夜中になってしまう。
施設内が落ち着いたタイミングでもあったので俺はベアトリーチェに声をかけて、ベアトリーチェは名残惜しそうに頷いた。
「本当に助かりました。ありがとうございました。」
フィオレンツォは施設長としてあえて敬語でベアトリーチェに深々と頭を下げてきた。
俺にもチラッと目線を合わせて一礼してきた。
なぜだが魔物の群れの後からフィオレンツォの俺を見る目が一目置いているみたいな目で見てくる。
なんでそんな目で見てくるんだ?まあ、いいけど。
「フィオレンツォ、施設長として色々とあるかもしれないけど頑張って。また来るわね。」
ベアトリーチェは寂しそうだが微笑んでそう返事をしていた。
施設員や村人たちがわざわざ施設の出入り口まで来てくれて見送ってくれた。
それがとても嬉しかったみたいでベアトリーチェは大きく手を振って別れを惜しんでいた。
「・・・施設はとても素晴らしいものになってて、安心しました。」
シルフに風の塊を作ってもらってそれに包まれて行きと同じように飛んで帰っている道中、ベアトリーチェはそう呟いた。
「前の施設は思い出がたくさんあって好きだったけど・・・さすがに半壊したら改築しないわけにはいきませんもんね。」
それもあるが、付きまとい男の記憶を少しでもなくすための改築でもあったんだろう。
施設員の中には当時も今も働いているエルフがいたようだし、その施設員も怖い思いをしたらしい。
その施設員やベアトリーチェが辛い思い出をぶり返さないようにとまったく違う見た目の建物にしたのだろう。
「・・・前に当時の施設に泊まり込んでいたと言ってましたよね。体が全快したら施設に泊まり込むようにするんですか?」
「それは・・・ちょっと迷ってます。私が火傷を治さず数百年経った今では泊まり込まなくても施設内は立派に機能しているようですし、交代で山脈の麓とか見回りをしているのでしたら、私が見回りをする必要はあまりないみたいですし。でも気になるから週に1~2度は行きたいですね。」
ベアトリーチェはちょっと寂しそうに苦笑した。
「あなたがそれで満足するとは思えませんが。」
行動力があるからなんだかんだで毎日行きそうだな。
ベアトリーチェ自身もそう思ったのかフフフと笑った。
「そうですね。もしかしたら別の村に施設を作るかもしれません。」
「それはあり得そうですね。」
もしかしたら本当にやりそうだ。
しかもあえてイエローエルフとか人間嫌いの村に。
想像できてちょっと笑ってしまった。
「・・・ユウジンさんは、これからどうされるんですか?」
これからか・・・。
俺は悪魔を見てみたかったという目的のために悪魔教を追ってここまで来たのだが、最高指導者は亡くなっていたので目的は果たされることはないとわかった。
悪魔は絶滅したというベネディクティスの話から探しても無駄だろうし。
エルフ領に来たのに見れなかったというのは残念だが、俺にはまだやりたいことはある。
それはこの世界の色んな人の絶望を見たいというものだ。
そのためにもこれ以上エルフ領にいる理由はないな。
「じいさんたちもゆっくりできたでしょうし、そろそろエルフ領から出るのもいいかなと思っています。」
なにやら感傷的だったじいさんも数日で元に戻ってきて今では普通にマスティフを鍛えていたからエルフ領から出ようと言ったら了承はしてくれそうだ。
すると俺の返事を聞いたベアトリーチェは悲しそうな顔をして俯いて、すぐに顔をあげた。
「あ、あの・・・もうちょっとでもいいですから、エルフ領に滞在しするわけにはいきませんか?」
そしてすがるように俺に近づいてきて、コートの裾をきゅっと掴んできた。
見つめてくる瞳は必死な様子で、心なしかうるうるしていてものすごい美少女エルフがそんなことをされたら・・・ものすごくぐっとくるものがあった。
無意識だろうがかわいらしいと男が庇護欲を駆り立てられるやつだ。
かくいう俺もそんな男の1人だし、近距離で俺に向けてやられたのだからぐっともくるわけだ。
「そ、それは・・・滞在期間がありますからいつまでもダラダラエルフ領にいるわけにはいきません。それに俺にも用事はありますから。」
一応俺たちは商人としてエルフ領に来たわけで、実は滞在期間がもうけられている。
といってもまだまだ期間はあるのだが。
用事は色んな人の絶望を見るということで、俺の心境としてはエルフ領内を見て回って気に入らないエルフを見つけるより人間の国に戻って人間の中から気に入らない奴を見つけたい。
人間の方が色んな絶望を見れそうな気がするのだ。
「そうですか・・・。」
ベアトリーチェはしゅんとして裾を掴んだまま俯いてしまった。
これはどうしたらいいんだ・・・。
だが、いや、はっきりさせた方がいいのか?
恋愛の経験なんて皆無な俺にはちゃんと対応できるかわからないが・・・俺に希望なんて持たれても困るしな。
「・・・なぜ、滞在してほしいのか聞いていいですか?」
「!?・・・そ、それは。」
ベアトリーチェは顔を真っ赤にして両手で顔を覆いモジモジしだした。
その仕草もかわいらしいが肩のクロ助がなぜか機嫌を悪くしているので冷静になれた。
「ま、またお会いしたいからです・・・!」
ベアトリーチェはまたうるうるした目を向けてきて、真っ赤な顔が追加されて先程の庇護欲を掻き立てる仕草より破壊力のあるものになっていた。
「わ、私は、ユウジンさんをお慕いしています・・・!」
好意を持たれたのは初めてではないが、直接言われたのが初めてのことで思わず俺も頬が赤くなったのが自分でもわかった。
好意を向けられるのはまったく慣れてない。
俺のいた世界で誰かを好きになることはなかったし、好意を向けられることももちろんなかった。
学生生活はずっと目立つことが嫌で陰キャを装っていた上に、虫も殺さないような優顔なだけで決してイケメンな訳ではない俺がモテるわけもなかった。
嬉しいというのは確かだ。
だが、俺はルナメイアと同じで想いに応えるつもりはない。
ベアトリーチェはとてもかわいらしいとは思うが、それは好きかと聞かれたら違う。
テレビの向こうのアイドルや女優に「かわいいな」「きれいだな」と思うのと一緒だ。
「・・・すいません、ベアトリーチェさん。俺はあなたの想いに応えることはできません。」
ベアトリーチェは目を見張って悲しそうに目を伏せた。
「そう、ですか・・・。」
ベアトリーチェはぽつりと呟き俯いたまま黙ってしまって、俺はなにを言えばいいかわからず黙ってしまった。
超美女のルナメイアに続いて超美少女エルフのベアトリーチェを振りやがりましたよこいつ。
ひでえ男だよ!笑
 




