226、悪魔は知っていた
ガッ
「そこまでじゃ。」
ベネディクティスの部屋にその声が響き渡った。
「!?・・・な!?」
ベネディクティスは驚き固まった。
振り下ろされた短剣は俺の心臓の真上でピタリと止まっていて、クロ助が尻尾を刃にして短剣の先に刃を滑り込ませていて、短剣を握る腕をマスティフが掴んでものすごく睨みつけている。
それと同時にじいさんはいつの間にか『黒焔』を抜いていて切っ先をベネディクティスの喉元に突きつけている。
マスティフが睨みながら掴んでいた腕に力を入れると、ベネディクティスは痛みに顔を歪めて短剣を手放した。
短剣はカラカラと床に転がった。
それを確認したマスティフは掴んでいた腕を放し、クロ助は尻尾を元に戻した。
ベネディクティスは掴まれた腕を慌てて引っ込めてさすりながら2人を戸惑いながら睨む。
喉には『黒焔』がいまだに突きつけられている。
「な、なぜ、お前たちがここに・・・!?」
ベネディクティスは突然現れたじいさんとマスティフにそう言った。
そしてじいさんの後ろにまだ誰かいるのに気がついた。
「お兄様・・・。」
「ベネディクティス・・・。」
青い顔のアレクサンディルスにベアトリーチェは呟き、ロブレキュロスは呆然としていた。
「ち、父上に兄上に、ベアトリーチェ!?」
ベネディクティスはここにいる面々に戸惑いつつ、今の行動を見られたことにアレクサンディルスたちよりも顔色を悪くした。
「ど、どういうことだ!?な、なぜ!?今まで俺とユウジンしかいなかったのに!?」
「・・・いいえ。ずっと皆さんいましたよ。」
俺は閉じていた目を開けてベネディクティスに微笑んだ。
そして何事もないようにすっと起き上がるとじいさんは『黒焔』を仕舞って、ベネディクティスはギョッとした顔をした。
「は!?ユ、ユウジン!?なぜ起き上がれる!?お前は・・・」
「引っ掛かって眠るマネは初めてでしたがうまくできたようでよかっです。」
ふふふと俺はふらつくこともなく立ち上がった。
クロ助はぴょんと俺に抱きついてきて俺は肩に乗せた。
「すいませんが俺に状態異常を仕掛けても一瞬で治ります。装備品にそういうのがありまして。ですがあなたが行動に出る瞬間を皆さんに見てもらうために今回はあえてかかったフリをしました。」
「バカな!?だが・・・ここには、誰も・・・」
そんなことを言ってくるベネディクティスに俺はついちょっと呆れた顔をしてしまった。
「俺があなたに最初に会った時を忘れたんですか?」
最初に会った時に俺は突然現れた。
姿を隠してタイミングを伺っていたこともその時話したので、ベネディクティスは俺が姿を隠せると知っているはずだ。
「そういえば・・・。はっ!?ということは、まさか・・・」
ベネディクティスはやっとその考えにいたってくれたようで俺は微笑んだ。
「姿を隠す魔法がありましてそれを彼らにかけてずっとさっきから立ち会っててもらってたんですよ。」
俺はベネディクティスが最高指導者から通信の魔石をもらって最高指導者に成りすましていたことは、城に忍び込んでベネディクティスに鑑定魔法をかけてウィキを読んだ時からすでに知っていた。
そう、俺はベネディクティスが最高指導者でないことを知っていて取引を持ちかけたのだ。
そしてアレクサンディルスとベアトリーチェにベネディクティスは本当に凶行をするような人物か確かめるためにこの取引の場を覗いてはと相談をもちかけて、了承をもらったのだ。
そして今日、偽の予定でサンルームに集まった2人に俺がベネディクティスの部屋に行く前に隠蔽魔法をかけたのだ。
じいさんとマスティフは話したら見たいと言ってきて、ロブレキュロスはアレクサンディルスが「次期エルフ長としても家族としても見届けるために同席させてやってくれ」と言ってきたので一緒に隠蔽魔法をかけた。
隠蔽魔法のかかった彼らは直接ベネディクティスの部屋に行けないので(ドアの開け閉めが見えるので)、隣のベアトリーチェの部屋との間はまだドアが開いたままだったのを利用した。
ベアトリーチェの部屋から入った彼らは開いたままだったドアからベネディクティスの部屋に移動して俺のソファの後ろ辺りでずっと一部始終聞いていたのだ。
俺はかけた術者としてなんとなくいるのがわかっていたので知らんぷりをして、ベネディクティスのその後の行動をアレクサンディルスらに見せるために眠り薬にかかったフリをしたのだ。
「お兄様・・・。」
ベアトリーチェは真っ青で呆然とするベネディクティスに悲しげに声をかけた。
「べ、ベアトリーチェ・・・これは、違うんだ。その・・・」
「お兄様、私・・・覗いてたんです。お兄様と最高指導者との密会も、ユウジンとの密会も。」
「は!?の、覗いてた!?そんな・・・バカな!?だってベアトリーチェ、お前は足が・・・」
「ごめんなさい。ずっと・・・お兄様に言えないでいたことがあるの。」
そしてベアトリーチェは目に涙を溜めて火傷が治らない本当の理由を話した。
「そ、そんな・・・!」
「ベアトリーチェ、それは本当なのか!?」
ベネディクティスと同じくらいロブレキュロスも驚いて声をあげた。
「本当なの。お兄様、いらぬ心配をかけさせてしまってごめんなさい。本当は・・・もう、だいぶ前から歩けていたの。それでドア越しに会話を聞いてしまったの。」
まさか最愛の妹に全てを聞かれていたとは思ってなかったベネディクティスは呆然としたままベアトリーチェの悲しげな顔を見ていた。
その様子を見てアレクサンディルスが今度は口を開いた。
「わしは火傷の経緯と呪いのことは知っていたが、今回ユウジンとベアトリーチェとの会話でこの事が発覚した。しかしお前が残虐行為をしていることや悪魔教と関わりがあるなど信じられず、確かめるために一部始終を見させてもらうことにしたのだ。」
ベネディクティスはなにか言葉を紡ごうとしたが、それより早くアレクサンディルスが続けた。
「ベネディクティス・・・お前は自慢の息子だった。」
アレクサンディルスのその悲しげな顔にベネディクティスはなにも言えなくなった。
「ベアトリーチェの代わりに人間を助ける活動をやって、彼らと話して生き生きしているお前を見て誇らしく思っていた。いくら妹の火傷の原因が人間だったとしても、それで人間が憎く思っていたとしても殺しはだめだ。その上無関係の、ましてやお前が助けて完治した者たちを殺すなどもっての他。それに悪魔教最高指導者に成りすまして人間の国を害そうとしていたことも狂気の沙汰としか思えない。」
「ち、父上・・・。」
「今この目の前で笑いながら殺そうとするお前の目を見て本性を垣間見た気がする。もうお前は誇り高きエルフでもエルフ長一族でもない。ただの凶悪犯罪者だ。」
そしてアレクサンディルスは護衛を呼び、ベネディクティスは護衛に城の地下の牢屋に連れていかれた。
ベネディクティスは抵抗する力もないように項垂れていた。
「ううっ・・・!お兄様・・・!」
部屋から連れ出され出ていったベネディクティスの姿を見つめながらベアトリーチェは泣いていた。
それをアレクサンディルスがそっと肩を抱いて支えていた。




