225、悪魔は謀られる
ベネディクティス視点です。
いいところで終わるように区切ったら長くなりました。
「うっ・・・。」
俺は暗い自室で1人、ほろりと涙を流した。
最愛の双子の妹、ベアトリーチェの足の解呪が成功した喜びを1人で噛みしめていたのだ。
ベアトリーチェと父上とユウジンが彼女の部屋に残り、だいぶ経ってユウジンが部屋から出てきて笑顔で「解呪できました」と言ってきた。
俺は心配で部屋の前にいたのだが慌てて部屋の中に入ると、ベアトリーチェの足の火傷はきれいに完治していて白い肌にすらりとしたきれいな足になっていた。
その後すぐに、ベアトリーチェはフラフラと立ち上がり皆の前で数歩あるいて見せてくれた。
解呪されたと聞いて駆けつけた兄上や使用人たちはおぼつかない足取りながら歩いたベアトリーチェを見て誰もが喜んで泣いている者もいた。
どんな薬でも改善しなかったので解呪はなかば諦めていた。
このまま死ぬまでベアトリーチェは歩けないのかと哀れに思ったことも何度もあったし、その度にこんな目に合わせたあの人間を憎んだ。
だが、ベアトリーチェを哀れに思うのも昨日までのこと。
こんなに嬉しいことはない。
ベアトリーチェの歩ける姿をまた見ることができるようになるなんて!
ユウジンはもちろんマリルクロウにも感謝の言葉を皆次々と言っていて、ユウジンは慣れてないのか少し引きつった笑顔で対応してした。
喜びにわいた城では盛大にお祝いの夕食会がすぐさま催されてもちろんマリルクロウたちを招いてたくさん乾杯して喜びを分かち合った。
夕食会が終わるとベアトリーチェは疲れて寝てしまい、俺は余韻に浸って自室で1人晩酌をしている。
そして1人になってベアトリーチェの解呪の喜びに涙が出てしまったのだ。
本当によかった。
ベアトリーチェはベッドの上で過ごしている時は穏やかに笑うことはあったが、どこか寂しげな表情をすることも多かった。
元々穏やかな性格に似合わず行動的だったのだからベッドから動けないことにもどかしさを感じていたのかもしれない。
それをわかっていてなにもできない自分に、変わってやれない自分に腹立たしく思った。
俺が呪いを受けれたらよかったのに。
あの男の恐怖や全身を焼かれるなんて残酷なこと、俺がいくらでも変わってやりたいと思った。
だが、ベアトリーチェの呪いは解けた。
これからベアトリーチェは火傷を負う前のように生き生きした生活に戻れるのだ。
本当に・・・本当によかった。
晩酌の酒を煽り、明日のことを思う。
明日の午後、ユウジンがこの部屋に来ると通信の魔石で先ほど連絡があった。
取引・・・重要議題の解決と妹の解呪を引き換えに悪魔召喚をするというのを話し合うためだ。
まさか本当に世界樹を害そうとする邪竜を倒せる存在・・・マリルクロウ・ブラックなのはものすごく驚いたが・・・をつれて来るとは思わなかったし、どんな薬も回復魔法も効かなかった妹の解呪をやれるとは思わなかった。
ユウジンには感謝している。
だが・・・ユウジンはあくまでも取引のためにやったことと俺は理解している。
なんとなく、ユウジンは100%善意でやっているとは思えないのだ。
ユウジンがやってくれたことに対して俺は応えないといけない。
それが取引だがらだ。
・・・だが、そもそもはなから俺は悪魔召喚をするつもりはない。
俺は明日を思いくくっと笑って、ポケットからある小瓶を取り出してテーブルに置いた。
その翌日の午後。
ユウジンが俺の部屋に訪れて、俺は柔和な笑顔で招き入れてソファに促した。
使用人には「ちょっと大事な話をする」と言って紅茶を出させたら部屋から出るように言ったので、部屋にはユウジンと俺の2人だけだ。
まあ、ユウジンのペットの黒猫もいるが。
ユウジンはいつも見る笑顔で座って対面の俺を見てきて、黒猫はソファでのんびり毛繕いをしている。
今日、父上がぜひ城の上の階のサンルームでベアトリーチェと交えて話をしようということでマリルクロウと孫とユウジンは城に呼ばれて来て、ユウジンだけ抜け出して俺の部屋に来たのだ。
通信の魔石で事前に連絡してきていたので俺は部屋で待っていたというわけだ。
因みに部屋のドアは閉めているが、ベアトリーチェの部屋に繋がるドアは今も開けたままになっている。
「ユウジン、重要議題の解決と妹の解呪について改めて礼を言わせてくれ。」
俺は真面目な顔をしてユウジンに頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ、協力していただいてありがとうございました。」
ユウジンは謙遜してそう言いながら一礼した。
マリルクロウを昔助けた縁があるフリやベアトリーチェの解呪を申し出た時にそれとなく賛成したから順調にことが運んだのを言っているようだ。
「重要議題の解決も大事だったが、妹の解呪は諦めていたから特に感謝している。どんな解呪の薬も効果がなかったから。」
俺が顔を上げて苦笑してみせるとユウジンも苦笑した。
「まあ、そうでしょうねえ・・・。とても難しい呪いでしたから。」
どんな呪いだったかなどの詳細は父上が「後で話す」と言ってなにも聞いていない。
その時の父上はなぜか神妙な顔をしていたからなにかしらわかったりあったりしたようだ。
「まあ、全ては取引のためでしたし。俺はそれのことが楽しみで今日来ましたしね。」
やはりユウジンは取引のためだけにやってのけたのだ。
ユウジンは楽しみと言っている割には落ち着いた様子で紅茶を飲んだ。
「・・・それでどうでしょう?俺の取引の条件は満たしましたから、今度はあなたの方ではと思うのですが。」
それはユウジンの願いである悪魔召喚してほしいということだ。
「・・・ああ、そうだな。」
俺は小さく頷いた。
「だが・・・悪魔召喚はしない。」
「・・・え?」
ユウジンは俺の言葉に驚いた顔をした。
「それは・・・ どういうことですか?」
「しない、という言葉は正しくはないな。正確にはできないのだ。」
「しないのではなく、できない?」
訝しく見てくるユウジンに俺は柔和な笑顔のまま答えた。
「そもそも俺は最高指導者ではないから召喚魔法を唱えられない。」
「は?最高指導者ではない?通信の魔石を持っているのに?」
「これは何年も前にこの地で死んだ人間の老人が持っていたものをもらっただけで、俺は最高指導者だと言った覚えはない。」
俺は柔和な笑顔からニヤリと嫌な笑いを浮かべて続ける。
「そもそも・・・悪魔はもうこの世界に存在しない。100年前に勇者が全ての悪魔を殺したからだ。」
「・・・は?勇者が悪魔を!?」
ユウジン大きく目を見開いて声をあげた。
「100年前のことだから人間からしたら昔のことで知らない者もいるだろうが、当時はかなり知られたことだった。」
「悪魔を召喚してほしい」と言ってきた時にこいつは知らないんだなと密かに笑った。
俺たちエルフにとっては100年前などこの間くらいの感覚だからそれ故エルフは皆知っている。
だから、悪魔教の噂を聞いたエルフたちは誰もが「いない存在を神にとか、冗談?」と一蹴した。
「200年前に魔王を倒した勇者はその後なぜか悪魔を殺してまわるようになったそうだ。そして100年前に最後の悪魔が殺されてこの世界から悪魔はいなくなったのだ。」
ユウジンはぽかんとして俺の話を聞いて、それから目が泳ぎだした。
「ちょっと待って下さい。では、悪魔教は・・・。」
「最高指導者も悪魔を召喚できなかったはずだ。いもしない悪魔を神として崇めて全世界に知られるほどの宗教になったのだから、最高指導者はよほど言葉の才能があったのか・・・人間に恨みがあったんだろうな。」
「なんということだ・・・!では取引は・・・。」
「元からするつもりもなかったということだ。」
「そんな・・・!」
ユウジンは苦い顔をして勢いよく立ち上がった。
しかし、ぐらりと体が傾いた。
「!?・・・な?なん、だ・・・?」
ユウジンは頭を抱えてふらふらと体を揺らしてばたんとその場に倒れた。
「くくくっ・・・眠りの薬が効いてきたようだな。」
「・・・!?」
笑う俺の顔を驚きの表情で見てくるユウジン。
ユウジンには悪いが取引を受けた時から、ユウジンが解決と解呪できるできないに関係なく最初からこうするつもりだった。
こいつは憎い人間であることはもちろん、俺と悪魔教のことを知っているからだ。
「悪魔教に興味はないから誰にも言わない」と言っていたがもちろん信用できる訳がない。
脅すこともできるネタをよく知らない男に知られているのだ。
こいつが話さないなんて保証はどこにもない。
だったら・・・こいつは消すしない。
こいつはマリルクロウの弟子のようだが、蛇との戦いを見る限り魔法使いのようで短杖を振るって魔法で攻撃していたが、そんなに強い魔法を使ってなかった。
邪竜と対峙するメンバーにも入ってなかったことから実力はそこそこなのだろう。
となると解呪に長けているだけでマリルクロウの弟子になったと考えられる。
どうやって通信の魔石を手に入れたのかとか気になることはあるがこいつを殺せればいい。
恐らくマリルクロウと孫も取引のことを知っている。
ならばユウジンと同じように眠らせて殺せばいいだけのことだ。
「人間など信用できるわけないだろう。お前を殺した後にマリルクロウも孫も殺せば取引を知る者はいなくなる。」
「ぐっ・・・」
ユウジンはなんとか起き上がろうとしていたが、力なく倒れた。
俺は服の内側の胸ポケットに忍ばせていた短剣を取り出して鞘を抜いた。
「ここで殺したら死体を揉み消すのは苦労しそうだが・・・まあ、解呪の代償で気が狂って自害したことにしようか。」
ユウジンに近づいて大きく短剣を振りかぶった。
 
ニヤニヤと笑いながらユウジンの心臓めがけて短剣を振り下ろした。
 
 




