192、悪魔はオーバーロードを翻弄する
「ぐあああぁぁっっ!!」
体に大穴があいたルドヴィグは苦痛に叫んだ。
「おっ!やったかユウジン!」
迫り来るオークを凪ぎ払いながらマスティフは声をかけてきた。
チラッと後ろの様子を見たが、まだまだ多くのオークたちがなだれ込んできてはじいさんらに倒されている。
マスティフはたまに『翔突』などの技を使ったりして蹴散らし、じいさんは魔法や『黒焔』を使って余裕でさばいている。
クロ助は初めて魔物と戦っているとは思えないほど影魔法を駆使してオークを爪で切り裂いたり尻尾で凪ぎ払ったりしている。
「くそおおぉぉっっ!!人間風情がああぁぁっっ!!」
ルドヴィグは体に穴があいているというのにそう叫んできた。
よく見ると穴から血が出ていないし、倒れる様子が全くない。
「・・・どうやらまだのようですね。」
次はどう出るか。
俺は慎重に様子を見た。
「ふざけおって!人間のくせに!!我が力に恐れおののけええ!!」
ルドヴィグは血の涙を流し俺を睨み付けながら、魔法を唱えた。
『我に月の加護を与えよ!偉大なる月の光のもと、敵を屠る力になれ!ムーンライトストレンクサン!』
するとルドヴィグの体が脈打ち、細い長身だった体はボコボコと筋肉で膨張していき、体の穴はみるみるうちに塞がった。
ビリビリと上半身の服は破け、灰色の体は3倍ほどに大きくなり浮き出た血管が異常なほど脈打ちズボンとマントだけの姿になり、口は耳まで裂けて牙がいくつも生えて、血の涙を流している目は尖ってギョロリとこちらを睨んでいる。
先ほどよりも格段に強くなった威圧に嫌な予感がして鑑定してみて、まずいと思った。
名前:ルドヴィグ・ヴァン・オーバーロード
種族:ヴァンパイアオーバーロード(月の加護状態)
属性:闇
レベル:94
HP:4600→7200
MP:3340→6680
攻撃力:440→880
防御力:407→814
智力:804→1608
速力:410→820
精神力:226→452
運:102→204
適性:月魔法
戦闘スキル:上級剣術・上級吸血術
魔法スキル:上級風魔法・中級土魔法・上級闇魔法・毒魔法・中級月魔法・死霊魔法
能力が倍になってる!!
月の加護状態、という表示がされているから恐らく月魔法で能力が強化魔法のように強化されたということか。
この能力の数値はマスティフが強化魔法を使ったのと似ている。
マスティフの場合は攻撃力と防御力が1600台になっているのに対し、ルドヴィグは智力のみ1600だ。
速力も似ているし、皮肉にもマスティフとの模擬戦が参考になりそうだ。
ルドヴィグは背中に生える4枚の羽根でふわりと浮き上がった。
「くくくくく・・・、ヴァンパイアの王の中の王である我を怒らせたこと、後悔するがよい。」
「・・・そうですね。さっさと殺せばよかったと今、後悔しています。」
俺はいつもの笑顔を張り付けて余裕しゃくしゃくに答え、もう1本の短杖を手に取って同じ長さの魔法剣にした。
罠魔法はすでに張っている。
ルドヴィグがものすごい勢いで俺に突っ込んで来た。
やはり速い!
大きく尖った爪を生やした腕を振りかぶってくる。
それを後退することでギリギリで避ける。
そしてマスティフの時のように火の矢20本を無詠唱で出してルドヴィグに向かわせる。
ルドヴィグは突然出現した矢に一瞬驚いていたが、すぐに叫んだ。
「小癪な!!―――――――――!!」
無音の衝撃波を口から出して全ての矢を吹き飛ばした。
その衝撃波は俺にも襲いかかり、来る!と思った瞬間、俺はルドヴィグの背後に移動していた。
マスティフの時と同様に自身に張っていた罠魔法が発動して敵の背後に魔法で移動したようだ。
俺は素早く両手の魔法剣をルドヴィグの背中に刺した。
「ぐぅっ!?」
魔力はそれなりに込めたのに剣は浅くにしか刺さらない。
強化された体のせいか!?
ルドヴィグは振り向き様に裏拳をしてこようとしていたのでこれ以上は刺さずに素早く抜いて移動魔法で距離をとった。
「なんという奴だ。多重に無詠唱・・・。貴様、ただの人間ではないだろう!?」
睨むルドヴィグの背中の傷はみるみるうちに塞がっていく。
チッ、やはりヴァンパイアに普通に攻撃しても大したことにはならないか。
「ちょっと魔法が使えるだけのただの冒険者です。」
俺はそう言いながらルドヴィグの首に罠魔法で爆発魔法を張る。
そして即時に発動させる。
ドオオォォォンッ!!
強化された体は攻撃が効きにくいだろうと仕掛けた20個の爆発魔法が一斉に爆発し、ルドヴィグの頭はなくなった。
「うええええ!?」
後ろでマスティフが情けない声を出していた。
多分実際に首に仕掛けた爆発魔法で頭が吹き飛ぶのを見たからえげつなさに驚いたのだろう。
俺と模擬戦をするにあたって首に爆発魔法を仕掛けてもいいと軽く言っていたのをこれで改めてくれたらいいがな。
ルドヴィグの首から下も爆風と衝撃でぐちゃぐちゃになっていたが、ズルズルという音を出しながら体はみるみるうちに元の化け物の戻った。
そして首から上も肉が生えてみるみるうちにルドヴィグの顔と頭になった。
「ぐははははっ!我が身には効かんぞ!」
「そうですか。残念です。」
これは想定内だ。
やはり銀の短剣や杭・光魔法で出した剣で心臓を突くか、太陽の光を浴びせないと倒せないのだろう。
属性から見て闇の対となる光魔法で攻撃するべきなんだろうが、能力差があってシャイニングスピアなどをぶつけたところで大したダメージにならないかもしれない。
確か銀の短剣はアイテムに放り込んだままで、杭はサヴァンを倒す時に全部使ってアイテムにはない。
銀の短剣で果たしてあの筋肉で膨れ上がった体を傷つけることはできるのか?
光魔法の剣に頼ることになるか・・・。
「おおおおぉぉっっ!!」
ルドヴィグは叫びながら俺に向かってきた。
だが、攻撃される直前に俺の罠魔法が発動してまたルドヴィグの背後に移動した。
ルドヴィグは先ほどとは違い、すぐさま移動した俺を察知して振り向き様に腕を振る。
その振るわれる腕に俺の罠魔法が発動してルドヴィグの死角となる位置に移動する。
「くっ!くそっ!ちゃこまかと!!」
俺は罠魔法で移動しているだけなのだが、ルドヴィグにとっては俺が自分をからかって周りをちょこまか動き回っているように見えるようだ。
ルドヴィグの顔の血管が今にも切れそうなほどビキビキしている。
さて、ルドヴィグを倒すにはどうする?
そう考え周りの状況を改めて見回した時に、ふと崩れた瓦礫の向こうに夜空が見えた。
雲ひとつない空に星が瞬き、満月が輝いている。
・・・・・・うん?
満月?・・・月!
もしかして!
俺は罠魔法で自動的に移動しながら魔力を周りに伸ばしていた。
攻撃される直前に敵の背後に回ることを発動条件にした罠魔法の移動魔法をすでに5000回分俺の体に張っている。
俺はルドヴィグが翻弄されている間に周囲に魔力を伸ばすことに集中できるというわけだ。
そうして5分。
ルドヴィグはずっと腕を振り回して時には魔法をうって俺を攻撃してきたが、俺は移動魔法のおかげで集中することができた。
「ぐぅっ!ぐぅっ!ああぁぁっ!!」
ルドヴィグはイライラが最高潮のようで歯を食い縛ったり叫んだりして両腕を振り回して攻撃してきていた。
「・・・よし、準備できました。」
俺はニヤリと笑った。




