180、悪魔は英雄と孫と再会する
クラウデンが脱獄して1週間が経った。
あの後、「魔法真教」の教皇が急病により退いたという話はあっという間にイルヴァルナス中に広まって、新しい教皇には教内でそれなりの地位にいたらしい中年男性がなった。
その中年男性は元々平民出身で人々からの評判が良かったので、新教皇が発表されると人々はそっちばかりに目がいって、元教皇がどうなったかとかは気にする人はいないようだ。
おそらくそういう目眩ましのためにも、平民出身の者が選ばれたのだろうな。
まあ、新教皇様は王族との繋がりも交流もないらしいから、今後の宗教と国は適度な距離で付き合うことになるだろう。
王族としても、また同じことになることは避けたいだろうし。
それからクラウデンが断罪され、俺が去った後の会議では国王の進退問題になったそうで、国王リュディンスは退位することになった。
宗教の教皇が国の政策に関わり過ぎており、それを黙認していた国王に貴族が退位を迫った結果だそうだ。
国王リュディンス自身も今回の1件で自らの愚かさをやっと自覚したようで、責任を取る形でやめると決断したようだ。
だが、クラウデンが急病で辞めたとしているので、国王の退位は表向き急病となった。
王族得意の「メンツを保つため」だそうだ。
リュディンスが退位したことで、リュディンスの息子で王太子のヴィグドーが新たに国王になることになったが、ヴィグドーは留学から帰ってきたばかりの20代。
力量に不安の声が上がり、ヴィクターの補佐としてリュディンスの弟でヴィクターの叔父にあたるハインリヒがヴィグドーを支えることとなった。
ヴェリゴはクラウデン断罪の時にクラウデンの次に捕まって、王城地下の牢屋に今も入っている。
クラウデンが入っていた重要人物用のとは別の所にあり、悪魔教幹部とバレているのでこれから色々な情報を吐かされる必要があるようで、待遇はクラウデンよりましなようだ。
娘のクリナさんにはその日の内に使いの騎士が報告に行ったらしい。
だが、ギアノートの計らいでヴェリゴが悪魔教幹部であることも殺された女性たちの一部を食べていたことはクリナさんには伏せられた。
なのでクリナさんは死体遺棄でヴェリゴは捕まったと思っている。
クリナさんのいる教会は神父を失ったが新たに神父が派遣されたそうで、シスターをしていたクリナさんは継続して住み込みでシスターや飲食店のホールをしているようだ。
最近、様子見ついでに寄付しに行ったらいつもと変わらない様子だった。
ヴェリゴから聞いたことにして、裏の墓地の中の空いた所に適当に埋めたクラリスの墓を教えると墓に祈りを捧げていた。
因みにクラリスの墓の隣にはリズさんの墓があってクラリスと同じ犠牲者の墓だとクリナさんに教えると、クラリスの墓と同様にリズさんの墓にも祈りを捧げていた。
影魔法で潜んでいた黒ずくめの男はヴェリゴの近くの牢屋にヴェリゴの次に入れられたが、素直に取り調べに応じているそうだ。
遺棄していただけだしヴェリゴの精神魔法で操られていたのだから、この男は罪が軽くなるか協力度合いによってはすぐに牢屋から出られるようになるかもしれない。
そしてギアノートは断罪で宰相としての手腕を認められて大臣たちから頼られ、「若僧が」と舐めていた貴族たちは手のひらを返してすり寄ってきているらしい。
縁談も次々と舞い込んできてそれを断るのに苦労しているようだ。
そして俺。
俺は断罪の時に目立ったものの、ギアノートの計らいで王城で1日取り調べですんだ。
それからはのんびり過ごしたりクラウデンの様子を見に屋敷に行ったり、ギアノートの元にその後のことを聞きに行ったりした。
冒険者ギルドもわざとオーク討伐を取っていたのだが、好きな依頼を受けれるようになったので採取の依頼や別の魔物の討伐依頼をやったりした。
ここに来てから依頼も積極的にやっていたこともあって、ランクが上がってBとなった。
そうして俺はのんびり過ごしていた。
そろそろこの首都レクシフォンに彼らが来る頃だからだ。
太陽の光が心地よく降り注ぎ、木々が青々と繁って人々を楽しませる庭の一角。
屋敷の裏口の出入りを隠すように垣根が高く繁っているそこでサーチを駆使しつつ待っていると、垣根を掻い潜って2人の人影が見えた。
人影は俺を見ると、とても驚いた顔をした。
「「ユウジン!?」」
「お疲れ様です。じいさん、マスティフ。」
「フミャー!」
クロ助も久しぶり!という感じで鳴いた。
クロ助は今回レクシフォンではほとんど隠蔽魔法か影に隠れていたから、可愛がってくれる人がいなくて寂しかったようだ。
何気に可愛がってくれるじいさんを見て尻尾が揺れている。
因みにマスティフに対しては、アホ扱いしている俺を見習って見下しているようだ。
マスティフは気づいてないが。
じいさんはいつもと変わってなかったが、マスティフはなぜか全身鎧が汚れていて疲れているように見えた。
驚いていた2人はすぐにそれぞれ違う表情になった。
マスティフはニカッと笑って、じいさんは鋭い目付きになった。
「よお!じいさんの予想した通りレクシフォンにいたのか!強い奴いたか?」
「いやいや、俺は強い奴を求めてレクシフォンに来たんじゃないんですよ?」
マスティフは俺を戦闘狂だと思ってるのか?
「マスティフ、ユウジンは悪魔教を追ってレクシフォンに向かったと前に説明したじゃろ。」
じいさんはちょっと呆れたようにマスティフに言った。
「あー、そういえばそうだった。」
相変わらずマスティフはアホだな。
「ということは、悪魔教はどうなったんだ?見つけたのか?」
「・・・ユウジンがここでわしらを出迎えたということは、もしや色々と終わった後ということか?」
マスティフは訳がわからないようで首を傾げていたが、さすがじいさん。
俺はニコリと笑いかけた。
「まあ、まだ少し残ってますが、終わったというならそうです。俺の話、聞きたくはないですか?」
「・・・悪魔教に関してわしらが・・・いや、わしが興味あるのをわかっていて聞くとは野暮じゃな。屋敷の中で話を聞こう。」
そう言ってじいさんは屋敷の中に入っていった。
「俺も聞きたいな。つかさ、俺の話も聞いてくれよ!ここまでの道中ずーっとじいさんに特訓されて大変だったんだぜ!」
「え、それはいつものことじゃないんですか?あなたは訓練大好きなんだからむしろよかったじゃないですか。」
「うっ、それはそうなんだけど。なんつーかレベルが違ったんだよ。滝を腕だけで登らされたり山を逆立ちで登らされたり、途中で偶然見つけたオークの村に素手で放り込まれたり。」
「・・・それは本当にレベルが違いますね。」
「しかもこの国に入ってからずーっとここまで走らされてさ。」
「・・・は?ずっと走らされた?・・・馬車は?」
「1つも乗んなかったぜ。疲れたら後ろ向きで走らされてよ。トイレと寝る時以外は走らされたんだぜ。」
なんとじいさんとマスティフは約2ヶ月ずっと走ってここまで来たということだ。
馬車で2ヶ月かかる距離は本来徒歩なら4ヶ月かかるのだが、2人は馬車と同じスピードで来たということだ。
恐ろしい。
それをやらすじいさんもじいさんだが、大変だったんだぜですますマスティフもどうかと思う。
ドン引きした俺に気づかずマスティフは「あー疲れたわー」と行って屋敷に入っていった。




