179、悪魔は元教皇を絶望させる
クラウデンルート最終です。
前半がクラウデン視点で後半が主人公視点で、少し長いです。
残酷表現があります。ご注意を。
ここで暮らす?
あんなことをした実の母と、その母に育てられた妹の狂った2人と?
考えただけでゾッとする。
確かに俺は外に出るのはまずい。
脱獄してしまったし、国王の従兄弟で教皇であったから顔はこの国では誰もが知っているのだ。
だが、ここで暮らすなんて反吐が出る!
あの、気持ちの悪い日々が甦るなんて考えただけでも体が震えて嫌悪感で気が狂いそうだ。
なんとかしなければ・・・。
そう、ユウジンに母上にハスニーア。
こいつらさえいなければ・・・。
死んでくれたら・・・。
俺はそこであることを思い出した。
そうだ!俺には即死魔法があった!
こいつは俺が即死魔法が使えるとは知らないから、こんなに悠長に話しているのだろう。
知っていたら口を塞いだりしていただろうしな。
即死魔法のことを思い出した俺は途端に気持ちに余裕ができて、笑ってしまった。
「おや?どうしたんですか?」
ユウジンは俺がこのタイミングで笑ったことに眉を潜めて首を傾げた。
「俺にはまだできることがあることを失念していたな、ユウジン!」
わははと笑うと母上とハスニーアも不思議そうに見てきた。
「俺の魔法で殺してやる!死ね!」
『光と闇に潜む死神よ、我が前の者の命を狩りとり、死を与えよ!―――――――!』
インスタンド・デス
という言葉が発せられなかった。
これを言えば、即死魔法は発動したのにだ。
確かに声は発した。
なのに声が自分にも聞こえなかったのだ。
「!?なんだ?・・・―――――――!―――――――!」
なぜだ!?・・・なぜ、インスタンド・デスという言葉だけ発しているのに聞こえない???
困惑する俺を見て、誰かが笑った。
ユウジンだ。
「いやあ、モノは試しでやってみたんですけど、成功しましたね。」
なんだと!?
「お、お前!?なにをした!?」
「即死魔法の欠点って、必ず詠唱しないといけないんですよね?だから最後の呪文の言葉を隠蔽したら、即死魔法は発動しないと思ったので、俺の魔法でインスタンド・デスですっけ、その言葉を隠したんです。誰にも聞かれないように話すのを隠蔽することができるなら、一部の言葉も隠蔽できると思ってやってみたんですけど、成功してよかったです。」
俺はあっけらかんというユウジンの言葉が信じられなかった。
言葉を隠蔽?何を言ってるんだ?
いや、そんなことより・・・!
「お、お前、俺が即死魔法を使えると知っていたのか!?」
しかも欠点も把握していただと?
即死魔法は生死に関わる危険な魔法という扱いもあって唱えられる者も極少数だ。
だから即死魔法に関する情報はまったくといっていいほど出回っておらず、俺も取得してわかったほどだ。
なぜこいつが知っている?
「知ってましたよ。鑑定魔法持ちなんで。」
「!?」
「さらに言うと欠点に関しては即死魔法をウィキ・・・じゃなくて調べたらわかりましたし、この世界のことを事細かに書いた本を持ってましてそれに書いてあったのを読んだことありましたし。あ、因みに言うともし呪文を隠蔽できなくて即死魔法が発動しても多分ですけど、俺には効かないかなと思ってましたし。」
ユウジンはそう言って、自身の両手の人差し指にそれぞれ着けている指輪を指した。
「この指輪たちのおかげで、状態異常が一瞬で治るんです。だからあなたが俺に即死魔法をかけても恐らく、一瞬目眩がするくらいですむかなと思うんですよね。ふふふ、残念でしたね?」
心底馬鹿にしたようにユウジンは笑ってきた。
・・・ああ、そうか!
こいつはわざと口を塞いだりしなかったのだ。
そして俺に即死魔法を使わせ、発動しないと知らしめるために!
なんて・・・悔しい!
縛られているのも!こいつを攻撃できないことも!即死魔法で殺せないことも!何もできない自分にも!
くそ!くそ!くそ!くそ!!!
「まあ、クラウデンったら怖い顔をして。」
擦り寄って肩に頭を傾ける母上が俺の顔を見上げてそう言った。
「大丈夫ですわお兄様。私とお母様で癒して差し上げます。」
ハスニーアはそう言って俺の胸板にそっと触れて微笑んだ。
2人とも、熱っぽい表情で見てきて気持ち悪い。
無意識に指先が震えてくる。
母上にされていたことが脳裏によみがえる。
吐き気がして、刺された腹部の傷が疼く。
露見のきっかけとなった腹部の傷は今でもハッキリと残っていて、まるで母上の執着を表したように消えないのだ。
母上が、俺が着ているシャツのボタンを外しはじめた。
ハスニーアは自分のドレスの首もとを緩めて胸元を開けはじめる。
「ひっ!や、やめ・・・!」
「おやおや、お楽しみが始まってしまいますね。俺は出てますね。家族水入らずの一時を邪魔する趣味はありませんので。」
くくくと笑ってユウジンは出ていって、執事も一礼して出ていった。
「ひぃっ!!やめろ!触るな!やめろ――――――!」
部屋から聞こえる悲鳴を聞きながら、俺は思案した。
「うーん、どれくらいで終わるんでしょうか。今は深夜ですし・・・もしかして朝までかかるかもしれませんねえ。でしたら俺は一旦宿屋に帰って明日の朝、また来ます。」
執事は了解したという意味でニコリと笑った。
そして朝。
朝食後に屋敷に向かうととんでもなく機嫌のいいマデリーンとハスニーアに出迎えられた。
「ユウジンのおかげでとてもとても素晴らしい夜を迎えました。」
「本当にありがとうございました!」
2人は狂気の笑顔でそう言ってきた。
「あなた方の幸せに携われて光栄です。クラウデン様は起きてますか?」
「ええ。もちろん。」
クラウデンの部屋に行くと昨日と同じく椅子に縛り付けられているクラウデンが部屋の中央にいた。
シャツは乱れていたが、ちゃんとズボンは履いていて目は少し虚ろでやつれたように椅子にもたれ掛かっていた。
・・・さて、クラウデンの心の底からの絶望を見るための止めを刺さないとな。
部屋に入ってすぐにクラウデンの両側にぴったり寄り添った2人に話しかける。
「夫人、お嬢様。これからクラウデン様と暮らしになるにあたって、俺は心配なことがあります。」
「え?心配なこと?」
「なにかあるの?」
2人はそれぞれそう言って首を傾げてきた。
「手足を縛っているものがもしほどけたら、またクラウデン様は屋敷を出ていかれると思うのです。」
「えっ!?で、でも、このロープはとても頑丈なものなのでしょう?」
「一応頑丈なものですが、絶対にほどけないとは限りませんし、魔法で出来ているものですから、ほころびも出るかもしれません。」
俺の言葉にマデリーンは困惑の表情を浮かべた。
「また孤独になりたくはないでしょう?」
そう言ってうっすら笑ってやると、マデリーンの目が見開かれ顔色があっという間に悪くなりカタカタと震えだした。
ろくに帰ってこず他の女のところに行っていた挙げ句死んだ旦那。
その旦那の代わりに愛したのに屋敷を出ていった息子。
味方のいなかったマデリーンにとって屋敷の外に出ていく旦那に激しい孤独を感じ、刺してまで出ていくのを阻止したかった息子に執着していた。
その孤独をマデリーンは恐れていた。
「ど、どうしたらいいの!?ユウジン!」
震えてすがりついてきたマデリーンに俺は優しく答える。
狂気の笑顔で。
「足がある限り、出ていこうとするでしょう。手がある限り屋敷のドアを開けるでしょう。」
マデリーンは目を見開いて固まった。
・・・流石にクラウデンの体を傷つけるというのは抵抗があるか?
だが、すぐにマデリーンの目が輝きだした。
「そうだわ!なんて素晴らしいことを言ってくれたのかしら!」
マデリーンは溢れるほどの笑顔でそれを言い、クラウデンの虚ろだった目は驚きで見開いた。
「お母様!私も素晴らしいと思いますわ。」
ハルニーアもマデリーンに負けないくらい目を輝やかせてニコリと笑った。
「はっ!?なにを・・・言ってる?う、嘘だろ?」
クラウデンは口をハクハクさせて慌ててマデリーンとハスニーアを見比べた。
が、2人とも同じ笑顔でクラウデンを見つめていた。
「大丈夫よクラウデン。わたくしたちがあなたのお世話をしたらいいのだもの。」
「そうよお兄様。だって身を呈してあなたを支えるってこういうことだもの。私たちがお兄様の手足になるわ。」
「素晴らしい心がけですね。家族は助け合うものですもの。いやあ、クラウデン様は幸せ者ですねえ。はははっ」
俺は滑稽さについ皮肉を言ってしまった。
「ああ、そうだ。コレ使ってください。」
俺はそう言って腰の短杖2本を取り出して少し長めのナイフ状の魔法剣にしてマデリーンとハスニーアにそれぞれ渡した。
「魔力を刃にしたもので、多めに魔力を込めたので太ももくらいなら簡単に切断できると思いますよ。どうせ切るなら綺麗に切りたいでしょう?」
2人はとても興味津々に刃を見ていた。
以前、刃の切れ味を直に見たクラウデンは顔を真っ青にして冷や汗をかきながら暴れだした。
だが、やはりしっかり縛られていて身動きがとれていない。
「ひぃっ!やめろ!やめてくれ!ひぃぃぃ!!」
「あはは、ご心配なく、クラウデン様。切断直後はとんでもなく痛いでしょうが、俺はこれでも中級光魔法持ってますので切り口をすぐに塞ぎますから、失血で死ぬことはないですよ。まあ、だいぶ血が出るかもしれませんけど。」
「ふざけるな!いやだ!やめてくれ!!」
クラウデンは震えて泣き出したが、そんな姿を2人はいとおしそうに見ていてが男が怯える姿なんて俺にはどうでもよかった。
「あなたがやっていたことをやられるだけじゃないですか。」
俺があえてそう言うと、クラウデンはひっと声をつまらせた。
「ぎゃああああああ――――――っ!!!」
屋敷から断末魔の悲鳴が木霊した。
俺の笑いはしばらく止まらなかった。
「そういえば顔見知りが食べてましたが、美味しいらしいですよ。この切り落としたの。」
「あら、あの子のを口にできるなんてなんて素敵でしょう。そうだわ。今日の夕食にしましょうね。」
「楽しみですわね、お母様。ふふふ」




