167、悪魔は暇をもて余す
クラウデンルートです。
ある日、クラウデンは午前中のいつもの執務をしていて、俺は執務室の出入り口に立って護衛の仕事をしていた。
クラウデンの護衛になって1ヶ月以上経ったが護衛なんているのかと思うくらい、クラウデンの周囲は意外にも平和だ。
まあ、今のところ表立って敵対しているのはギアノートくらいで、そのギアノートはスパイを送って情報収集しているくらいなのだからクラウデンに危害が加えられるということはない。
さらにクラウデンは外面が良く、見目のいい容姿でいつも微笑んでいて総本部内のメイドや使用人に労いの言葉をかけたりしているだから悪く言う人はいないのだ。
それにクラウデンは教皇という仕事の関係か、執務がかなり多い。
よって日がな1日、執務しているか王城に呼ばれるかしかない。
週に1回のペースで首都内の教会を訪問するようになっているようだが、大体は貴族向けの教会に行って司祭と話して教会内をちょっと視察するくらいなものだし。
それでも護衛をつけているのは前に俺も説明を受けた、パフォーマンスという部分がかなり大きいようだ。
・・・まあ、要は俺は護衛中とてつもなく暇だということだ。
誰か不審者が侵入すればサーチでわかるし、鑑定魔法をかければ素性だってわかる。
なのでただ突っ立っている状態が多いから、本当に暇だ。
隠蔽魔法で存在を隠しているクロ助は部屋内を探険したり、俺の足元で昼寝したり自由に過ごしていてちょっと羨ましい。
そういえば、数日前からクラウデンは機嫌がいい。
それはクラウデンがギアノートの屋敷に放っているスパイからの情報で「ギアノートはまったく情報が得られないということでスパイの派遣を止めることにしたで、スパイたちは解散した。」というのを聞いたからだ。
俺はその時護衛としてこの執務室で報告してきたスパイから直接報告を聞いたクラウデンの側に今のようにいて、我関せずの表情で聞いていた。
それを聞いた俺はギアノートの策だとわかった。
スパイを解散したと偽情報を流してクラウデンを油断させる方法で、俺はギアノートにクラウデンの放ったスパイの情報を渡した時にこうなることを想定して渡したのだ。
まあ、スパイを見つけたら捕まえて処分するか味方に引き込むか偽情報を掴ませるかくらいしか対処できないからな。
その中で相手を油断させこちらに向いた目をそらすには偽情報を掴ませるのが簡単だ。
クラウデンがこの偽情報を真に受けているうちにさらに証拠を集められるだろうとふんで偽情報を掴ませたんだろう。
「ふははっ、そうか。解散したか。あの若造は大したことなかったようだな。まあ、もうちょっと邪魔するようなら父親と同じく道を辿らせてやろうと思っていたのにな。」
ギアノートの父親を事故と見せかけて殺したのはやはりクラウデンの仕業だったか。
「いい知らせを持ってきてくれた。スパイを解散させたのならあの屋敷に用はない。お前たちもあの屋敷から総本部に帰ってきていいからな。」
「は、かしこまりました。」
スパイの男はそう言って一礼して出ていった。
・・・こうもあっさり情報を真に受けるとは。
しかもこういうときはしばらく様子見するもんだが、すぐに帰ってこいと言うなんて・・・。
薄々思っていたが・・・、このクラウデンという男はそこまで頭が良くはないな。
まあ、そもそも突発的にメイドを呼んで殺しているのに、ヴェリゴに後始末を丸投げしているし、執務室のデスクから何枚か書類を拝借しているのに気づいた様子もないし。
あ、だからヴェリゴが人事など悪魔教のことを裏でやっているのか。
「・・・うん?・・・おっと。ユウジン、ちょっと席を外す。」
色々と考え事をしていると、クラウデンが内ポケットを探って慌てて立ち上がり、私室に向かっていった。
俺はなんとなく気になって後を追うと、クラウデンは私室の寝室の隅でこちらに背を向けてボソボソとなにかをしゃべっているようだった。
俺は自分に隠蔽魔法をかけてクラウデンに近づいた。
後ろからそっと伺うと、クラウデンの手には透明の魔石が握られていてそれが通信の魔石であるのがすぐに気が付いた。
『報告を、ファースト。』
「はい、最高指導者様。」
最高指導者!
通信の相手は最高指導者のようだ。
確か幹部のファーストのみ、最高指導者と連絡をとれると聞いたが。
それが今、連絡をとっているということか。
俺は会話の内容に耳をすませた。
「―――――・・・ということで、ヴェネリーグ王国の国王が新しくなり、前国王とセカンドは亡くなったと報告がきております。通信の魔石も反応しないことから確かと思われます。ヴェネリーグ王国は彼らの働きによりたくさんの人間の魂が失われたようですが、悪魔様に喜んでいただけるほどではありません。彼らは数年に渡って国内を混乱させるつもりだったようですが、なぜか急速に混乱はおさまりました。報告では何者かの関与があったらしいのですが探ってもまったくわからないようです。」
『・・・そうか。悪魔様はまだまだ飢えておられる。もっと多くの人間の魂を所望している。』
「この国を混乱させることも視野に、サードと計画を練ってみましょう。」
『早くせよ。・・・また連絡をする。』
俺はさっさと私室から出ていつも立っているところに立って隠蔽魔法を解いた。
ほとんどクラウデンがしゃべっていたが、声の感じから最高指導者はそれなりの年齢の男と思われる。
後は厳格な物言いをしていたくらいだが、それも最高指導者という立場での振る舞いだとしたら通信の魔石を通じての演技をしているかもしれないと考えられる。
それぐらいしかわからなかった。
名前かせめてどこの国にいるとかでもわかったらよかったのに。残念。
クラウデンは何事もなかったかのように戻ってきて執務を再開した。
それから昼になり、クラウデンは午後も執務ということで執務室で簡単にすませてから執務の続きをやっていた。
護衛の俺は総本部の執事に30分変わってもらって昼休憩をしていて、総本部のキッチンへ向かえば総本部持ちで昼食が出る。
すぐに食べられる簡単なもの(サンドイッチやおにぎりなど)を日替わりで出してくれるので、それを総本部にある中庭や裏庭で食べている。
俺は裏庭がひとけがないのでそこでアイテムからクロ助用の生肉や刺身を出してあげているのだ。
そうして30分経って執務室に戻ると、クラウデンと執事と王城からの使いが部屋にはいた。
使いの人は前にも何回か呼びに来た気弱そうな男だ。
大慌てで来たようで、額に汗をかいているのをハンカチで拭きながらクラウデンに王城へ来てほしいと懇願していた。
「またろくでもないことなんだろうな・・・」とクラウデンは渋々と立ち上がってため息をつくが、俺としては度々呼ばれるクラウデンも気の毒だがこの使いの方がはるかに気の毒だと思う・・・。
今回の王様の呼び出しは「今度夜会を開くんだけど参加してくれない?」ということだった。
そういったのは手紙でよくないか?
というか、使いに伝言させたらすぐなのに・・・。
クラウデンはため息を漏らしていたが、参加すると返事をして、それをタルトタタンをホール食べながら王様は喜んでいた。
この王様、会う度にケーキをホールで食ってるな・・・。
因みになぜ夜会に参加するのかと後でクラウデンに聞いてみたら、そこで他国の情勢や巷の噂などの情報収集するためだそうだ。
「教皇猊下!」
王城を歩いているとふいに若い男性の声でそうクラウデンは呼ばれた。
俺は護衛のために声の方向を確認すると、クラウデンに向かって1人の青年が歩み寄ってきていた。
俺とほとんど変わらないくらい若く20代前半で紫がかった長めの白髪に紫の目のイケメンで、かっちりした貴族服を着てどことなく品のある雰囲気だ。
クラウデンに笑顔を向けるその顔は誰かに似ている。
「おお、ヴィグドー。久しぶりだな。」
「お久しぶりです。2年ぶりですね!」
「確か西大陸に留学していたのを先々月帰ってきたと聞いたが。」
「はい。西大陸の3ヶ国を2年で回ってきました。とても勉強になりました。」
2年で3ヶ国留学?旅ではなくて?
というか、話している間に鑑定魔法をかけたが。
この青年はヴィグドー・フォース・イルヴァルナス。
現国王陛下リュディンスの息子で王太子殿下だ。
誰かに似てると思ったらあのお花畑国王の息子かよ。
だが、あのお花畑国王がちょいぽちゃなのに対して、ヴィグドーは柔らかい笑顔はそのままに体は鍛えているのかがっちりしている。
話の流れからして、この王太子は2ヶ月前まで西大陸に行っていたのを帰ってきたと。
そしてヴィグドーが生まれる頃にはクラウデンはリュディンスの従兄弟ということで王城を自由に出入りできたようで、度々リュディンス・ハインリヒ兄弟と仲のいい延長線上でヴィグドーのことは赤ちゃんの時から知っているようだ。
「帰ってきてからは叔父上から次期国王としての色々を教わってます。」
「ハインリヒから?」
「はい。叔父上の方が教えてくれるのがうまいというか・・・父上はあまりうまくはないもので・・・。」
叔父ハインリヒとは、この間チラッとクラウデンと話していた王弟か。
まあ、確かにあの父親から教わるよりは叔父に教わった方がいい気がする。
ハインリヒの方が知性がある感じだったし。
「お前は小さな頃からハインリヒに懐いていたからな。リュディンスより馬が合うんだろう。」
「ははは、小さい頃は本気で叔父上が実の父だと思ってたくらいですからね。」
「もしかしてこれからハインリヒのところに向かうのか?」
「はい。難しい宿題出されたのがやっといま終わったので。」
「宿題?」
「海洋漁業の新たな取り組みに海賊に対する取り締まり方法の考察です。」
海賊出るのか、この世界。
船長は腕が伸びたり部下が3刀流だったり航海士が守銭奴だったりしないんだろうか?
ちょっと会ってみたいなと思っている間に会話は進んで「では失礼します!」と言ってヴィグドーは爽やかに去って行った。
去っていく後ろ姿を見送ったクラウデンは、またこちらに向かってくる人物がいることに気が付いた。
そしてその人物を見て・・・すっと表情を冷たくした。
「会いたかったわ、クラウデン。」
次回は胸糞展開になります。
すいません。




