144、悪魔は懺悔する2
小窓の向こうのヴェリゴが、息を呑んだ感覚がした。
それはそうだろう。
人を殺したいなんて言ったのだから。
「・・・すいません、急にこんなことを言って。・・・ですが、誰かに言わないと・・・この気持ちを少しでも吐き出さないと、頭がおかしくなって本当に殺ってしまいそうなんです。」
「そ、そうですか・・・。」
ヴェリゴは戸惑った口調で言ってきた。
「・・・ど、どういった経緯でそういう思いを持つようになったか、聞いてよろしいですか?」
俺はしばらく考え、ぽつぽつと語りだした。
「・・・俺は色々あって、人の生死というのに直面することが多かったのです。詳しくは控えますが、死体なんて普通の人より多く見たと思います。・・・だからでしょうか、俺にとっては生と死は身近なものなのです。あ、だからといって、別に命を軽んじ蔑んでる訳ではありません。命の重みもわかってるつもりですし、その輝きが美しいとも思っています。・・・でも死ぬ一瞬の輝きがより美しいとも思っているのです。」
「・・・・・・。」
ヴェリゴは黙って聞いているようだ。
小窓の向こうでは一体どういう反応をしているのだろう。
「・・・俺は人間の絶望が好きです。苦しみにのたまう命を俺が狩り取ってあげたいと思ったのは何度もあります。ありすぎていつの頃からかそう思うようになったらわからないくらいに・・・。ですが、人間を殺すことは余程の理由がないと常識的にできないことはわかっています。・・・人を殺すような犯罪は「魔法真教」では悪とされていますし。・・・だからこの国に来てからは、オークばかりを狩ってました。オークたちは人型ですから、人間を殺したような気分になれて、少しでも気が晴れましたから。・・・オーク肉をたくさん持ち込むので剥ぎ取り小屋でいつも怒られるんですが。」
そう言って俺は苦笑した。
「・・・でも、そろそろ限界です。盗賊を依頼ということで倒したりしたかったのですが、この国はオークがたくさんいますが盗賊はいませんから。」
この国はなぜかオークが多く、他の魔物をたまにしか見ないくらいだ。
そしてなぜか盗賊がいない。
町の中にはいるかもしれないが、町の外で洞窟等をねぐらにしているといった盗賊はいないのだ。
もしかしたら盗賊がねぐらにするようなところはオークたちにとってもねぐらになることから、力もあって数の多いオークに盗賊はねぐらを乗っ取られ殺されるからかもしれない。
「ああ・・・人を殺したい。」
俺はそう呟いて、頭を抱えた。
膝の上のクロ助はチラリと俺の顔を見上げてきた。
「・・・ふっ、驚かれたでしょう?こんな、虫も殺せぬ顔とよく言われる俺がこんなことを思っているなんて・・・。」
「い、いえ。・・・正直なことを言いますと驚きましたが、なに、人は見かけによりませんし我々があなたという人をどう思うのはあくまでも我々のイメージですから。あなたがどういう人でも受け入れます。」
「あなたに言って下さってなんだか気持ちが楽になります。」
するとヴェリゴはなにやら考えると、俺に尋ねてきた。
「・・・もし、あなたのその願望が叶う場がありましたら、あなたはそれでも我慢なさいますか?」
その声はなにかを探るような感じがした。
「・・・受け入れていただけるなら我慢はしないでしょう。」
俺がそう答えると、ヴェリゴは「そうですか。」とだけ言った。
だが、明らかに声色は明るくなっていた。
俺が懺悔室から出てくると、ほどなくヴェリゴが別の扉から出てきた。
「すいません神父、懺悔室でのことはどうか秘密に・・・。」
「もちろんです。ここの中のことはどんな内容であっても他言することはありません。」
ヴェリゴはニコリと笑ってそう言った。
俺は教会を後にした。
「ふふふ、クロ助。神父はどんな人でも受け入れてくれるそうですよ?楽しみですねえ?」
「フミャー。」
ほどほどにね、という感じでクロ助は鳴いた。
それから数日が経過した。
俺はそれまで連日のようにやっていたオーク討伐の随時依頼を控えている。
剥ぎ取り小屋の職員についに数日間の出入り禁止を言い渡されたからだ。
まあ、毎日毎日ハイオークとかジャネラルとかを20体以上狩っては持ってってるのが原因で、すでに職員の手に負えなくなって倉庫に山積みなんだと。
さっさと肉屋に卸したらいい話なんだが、ボンボン卸したらあっという間に価格破壊を起こしてしまうために調整をしながら卸しているのに、俺がなにも考えずに連日持ってくるから倉庫に溜まりに溜まっているというわけ。
だが、さすがに倉庫にずっと置いとくも腐ってしまうので今は少し多めに卸しているそうで、そのせいで少しずつオーク肉の価格破壊は起こってきているようだ。
だってそこらじゅうの露店がオーク肉の串焼きや照り焼きを低価格で売ってる。
・・・んまあ、そろそろオークばっかり討伐する必要がなくなるからいいんだけどな。
まだ俺のアイテムの中にはハイオークたちの死体がわんさか入っているし、必要がなくなってもそれを売りに行けばいいんだしな。
「ユウジンさん・・・、あの、この後、よかったらお食事に行きませんか?」
暇潰しで討伐とは別の依頼をやって夕方になり、報告をして報酬をもらったところで受付のリズさんがこそっと言ってきた。
ちょっとだけ頬が赤いしなんだかモジモジしている。
俺はこの誘いに大いに戸惑ったが、この国に来てからは食事はクロ助としかとってない。
特に仲良くなった冒険者もいるわけでもないので声をかけられることもなく、宿屋とギルドを往復して宿屋の食堂で食事をすませる毎日だった。
冒険者で名前を知ってるのがレオとイザーク、そしてレガードだが、レガードは脅したのであちらから声をかけてくることはないしレオとイザークとは擦れ違ったら挨拶するくらいで食事を誘われたこともない。
別に寂しいとも思わなかったが、たまには誰かと食事もいいかもしれない。
俺は少し思案すると、ニコリと笑いかけた。
「ええ、構いませんよ。」
「ありがとうございます!」
リズはぱあっと明るい笑顔で嬉しそうにそう言った。
「ですが、申し訳ありませんが俺は飲食店に詳しくなくて・・・。良ければリズさんのオススメかお気に入りのお店に連れていっていただく感じでいいですか?もちろんです全額奢りますから。」
「えっ!?全額!?私、自分の食べた分は払いますから気にしないでください。」
「いえいえ。美味しいお店を紹介してくれるなら、手間賃として払わさせてください。」
「え・・・、じゃあ、お言葉に甘えて。ふふっ、やった!」
リズさんは小さくガッツポーズをして喜んでいた。
その姿が可愛らしくてふふふと笑ってしまった。
それから30分ほどしてリズさんのギルド職員の仕事が終わり、2人して明かりのともり出した町中にくりだした。
「私のとっておきのレストランに案内しますね。そこのパエリアが絶品なんです。お酒も色んな種類がありますし。・・・って、ユウジンさんはお酒大丈夫ですか?」
「強くはないですが嗜むくらいには。そういうリズさんは?」
「私もそこまでなんです。けど、お酒の味が美味しくてついつい飲みすぎちゃうんですよね。」
テヘへとおどけるリズさんについて行くと町の繁華街に出た。
繁華街の賑やかな雰囲気を見渡しながらリズさんについていくこと15分ほどで、繁華街の端の方にある少し小ぢんまりした店に到着した。
2020年最後の投稿となります。
2021年も面白いと思って頂けるものを書いていきたい所存です。
よいお年をお過ごしくださいm(_ _)m




