141、悪魔は遅れてくる
松明を持った冒険者の集団が村に攻め入ってすぐに、オークたちはこちらに向かってきた。
自分の村に来た侵入者を見た途端に怒り狂った表情で棍棒を振り回すハイオーク10体とオーク5体が次々と押し寄せてくる。
だが、それに怯む冒険者たちではなかった。
「ブオォォッ!」「おらぁっ!」
あちこちで戦闘が始まり、冒険者は松明を放り盾で防ぎ巧みに切りかかり、後方からは火や雷・石の魔法がオークたちに飛んでいく。
それらの攻撃をオークたちは受け、あるいは棍棒で防ぎ怒りにまかせて凪ぎ払い殴りかかってくる。
「はっ!」
レオはハイオークの振り下ろされた棍棒を盾でいなして素早く連撃して膝を切りつけ、ハイオークが切りつけられてよろめいた隙にイザークがハイオークの片目を突いた。
「ギョオォォッ!?」
片目のからは大量の血が吹き出し、痛みにハイオークが手で覆いよろよろと後退するのをレオは逃さず、でっぷりした腹に剣を突き刺し縦に大きく裂いた。
ハイオークは断末魔の悲鳴を上げ、腹から血やら臓物を出してバタリと倒れた。
「うし!これで2体目ー!」
「レオ、まだまだ油断すんなよ。」
イザークはそう言いながら周りの戦況を見ていた。
パッと見ではどちらが優勢なのかわからない。
ハイオークに3人で立ち向かい倒している冒険者もいれば、1人の冒険者が2体のオークに詰め寄られて殺されたりしているからだ。
「レオ!殺られそうな冒険者の加勢に行くぞ!」
レオがそう言われてイザークを見ると、イザークはすぐ近くでハイオークと戦って押し負けそうになっている冒険者を顎で指した。
「おう!」
レオは血で汚れた剣を振ると、ハイオークに立ち向かうべく駆け出していた。
そしてしばらくすると、戦況ははっきりとわかるようになった。
ハイオークが後1体だけとなり、対して冒険者たちは6人が戦っていたからだ。
「おらぁ!」
レガードは仲間の2人が殺されたというのに気にするような素振りもなく、戦斧をハイオークの首に叩き込んだ。
ハイオークは首から血を吹き出し、血の海にビチャリと倒れた。
最後のハイオークが倒れたことで、冒険者たちはその場に座り込んだりしていた。
皆少なからず怪我をしているし数多くのオークたちを相手にしたために息が切れていた。
「はっ、まあ、ハイオークなんてこんなもんか。」
そこまで息の切れていないレガードは血濡れとなった体を気にすることもなく戦斧を肩に担いで、他にオークはいないかと探し回る。
人間の死体やオークの死体も関係なく踏んでいき、視線すらも向けない。
レガードの仲間の死体も踏んでいく。
「あ、ちょっ、レガード様!」
レガードの仲間はさすがに顔色を変えて彼を呼び止める。
しかしレガードはなんだ?と立ち止まった。
ちょうど仲間のバラバラになった死体の手を踏んでいた。
「足をどけてください。仲間の死体なんですから!」
「あ?仲間?」
レガードは足元を見て手を踏んでいるのに気付いた。
「なんだこいつか。お前らが勝手についてきてるだけで、勘違いしてねえか?お前らは俺の奴隷であって仲間じゃねえ。」
「は!?」
「俺のおこぼれにありつくコバンザメが偉そうな口を聞くな。お前らがいなくなってもいくらでも代えはいるぜ?・・・そんなことより、ジェネラルはまだか?」
レガードはそう言ってキョロキョロと見回した。
仲間は信じられないという顔をして俯いてわなわなと震えていた。
ズシズシ・・・
奥の小屋から、何者かご出てくるのが見えた。
それはハイオークと同じくらいの体長で全身鎧に1本角の兜を被って棍棒を持ったジェネラルオークの姿だった。
こちらに歩いてくるジェネラルの姿を見て、レガードはニヤリと笑った。
「ブオオオォォォッ!!」
凄まじい雄叫びにレガード以外は竦み上がった。
手や足先が冷える感覚に勝手に鳥肌が立つ。
レオやイザークも一応後方で武器を構えているが、ジェネラルに立ち向かおうともレガードの加勢をしようとも思えなかった。
足が震えていていたからだ。
「くっ・・・、あいつ、この雄叫びによく怯まねえな。」
「伊達にランクBじゃねえってことか・・・。」
レガードは雄叫びを聞いて逆に口元を吊り上げて戦斧を構えた。
レオやイザークはランクC。
ランクBとは1つしか変わらないというのに、それぞれの反応の差に高ランクとの壁を見た気がした。
頑張ってB、才能あってA、人間やめてるSと言われているが、それは才能がなければ頑張ったところでランクB止まりなのだということだ。
それどころかランクCで身を震わせている自分たちはまだまだ無力なのだと2人は痛感した。
日頃の行いが悪すぎてとても応援する気にはなれないが、それでもジェネラルを倒せる唯一の頼みの綱であるレガードに冒険者たちは期待をしていた。
もしレガードがジェネラルに負けると自分たちではとてもジェネラルに勝てるとは思えないし、かといって逃げるだけの体力もあまりない。
つまり、レガードが殺されたら全滅を意味するのだ。
冒険者たちはそのために固唾を飲んでレガードとジェネラルの睨み合いを眺めていた。
「ブオオォォォ!!」「おらあぁっ!!」
1人と1体はしばらく睨み合い、それぞれ戦斧と棍棒を振ると、同時に駆け出した。
そして斧と棍棒が激しくぶつかり、再び睨み合う。
「ふんっ!はっ!」
レガードが足払いをするが避けられ、戦斧を振り上げながら距離をとった。
そしてすぐに横に凪ぎ払うようにジェネラルの腹を狙うが、避けられてレガードの横腹を棍棒が襲う。
「ぐっ・・・、はっ!大したことねえなあ!?」
思いっきり横腹に入ったが、レガードはすぐさま棍棒を掴みジェネラルの棍棒を掴んでいた腕を戦斧で叩くように切った。
だが、ジェネラルが棍棒から手を離し腕が引くのが少し早かったので腕は切断することはできなかった。
しかし半分ほど切れたため血がブシャッと吹き出てジェネラルの腕はあっという間に赤に染まった。
「ブオォ・・・オオォッ!」
ジェネラルは忌々しいという視線をレガードに向けた。
レガードは奪った棍棒を片手に持ち、ニヤリと笑う。
「武器がない状態でどうする?ヒヒッ、大人しく俺に殺されろ。」
それからはレガードの振り回す棍棒と戦斧を必死に防ぐジェネラルの構図になった。
それでもジェネラルは攻撃の合間に殴り付けたり蹴ったりして必死に抵抗している。
「チッ!しつけえな!」
ジェネラルがこちらを殴った隙に首に戦斧を叩きこんだ。
だが浅く、ジェネラルは戦斧を掴んだ。
「チッ!」
レガードはすぐに戦斧から手を離し、両手で棍棒を持ってジェネラルの頭を殴り付けた。
ガシャンッ!と音がして兜ごと頭が割れて、ジェネラルは断末魔の悲鳴をあげた。
「オオオオォォォォ・・・!」
うずくまったジェネラルに止めを刺そうと近付くレガード。
「っ、はっ!・・・手間かけさせやがって。」
「グオォォ!!!」
「!!??」
うずくまっていたジェネラルは突然、レガードの足を掴み食らいついた。
鋭い牙がレガードの足に食い込んだ。
「ぐあぁっ!このクソ野郎!!このっ!」
レガードは棍棒を振り乱し、ジェネラルの頭を何度も殴り付けた。
殴る度に血が飛び散りグシャグシャと不快な音が木霊した。
そうしてしばらく殴り続け、そのうちにジェネラルの頭がだらりと落ちた。
ジェネラルは動かなくなった。
「はぁっ・・・はぁっ、はぁっ・・・」
レガードは必死で殴り付けたため、肩で息をしていた。
見ていた冒険者たちは安堵し喜んだ。
レガードが勝ったことではなく、生き残ることができたことに安堵しこれでオークたちに殺されることがないことに喜んだのだ。
「今回はすごい激戦だったな。生きてんのが不思議なくらいだ。」
レオははぁっと息をついた。
やっと落ち着いて呼吸ができた感じだった。
「小屋も見ろよ。5つ全部燃えてるからどうやら女性たちは助けられたみたいだぞ。」
イザークに促されレオが見ると、小屋が5つとも燃えていた。
ハイオークたちと戦ってる最中に2つ燃えていたのは確認したが、その後ジェネラルとレガードが戦ってる時にどうやら燃えたようだ。
「よかった・・・。後はこのオークたちと冒険者の死体を埋めて、冒険者は遺留品を回収しないとな。」
「オークは討伐証明部位を取って埋めよう。」
「・・・その討伐証明部位は誰のモンか、わかってんだろうなあ?」
レガードはいつの間にか2人の会話を聞いていたようで、血の滴る足を引きずりながらニヤリと笑った。
「あ、ああ・・・。」
その時、村の奥の森がザワザワと騒ぎだした。
「うん・・・?なんだ?」
冒険者が不審に思い、眺めていると、草木を揺らしてハイオークが飛び出してきた。
その数5体。
「ハイオーク!?」
さらにその後に、同じ背丈の長い杖を持ちボロボロのローブを着た1体のオークも飛び出してきた。
「あ、あれは・・・マジシャンオーク!?」
ハイオークとマジシャンオークは素早く生き残っていた冒険者を取り囲んだ。
ズシン・・・ズシン・・・
「な、なんだ!?」
さらに森から地鳴りのような足音が響いてきた。
冒険者それぞれは戸惑ったように周囲を警戒して、音の正体を確かめようとする。
「あ!?あれ!」
レガードの仲間は悲鳴に近い声で奥の森を指した。
そこには体長3メートルほどで2本の大きな角とボロボロの王冠を被り、ボロボロの赤いマントを羽織り腰に鎧をつけた両手に大きな斧を持ったオークの姿があった。
4本の牙は長く涎を垂らし、顔は激怒の表情を浮かべていた。
「・・・オークキング!?」
「ブオオオォォォォッッ!!」
雄叫びは先ほどのジェネラルなんかよりも数倍の迫力があった。
声の風圧だけなのに、体が動かない。
鳥肌が立ちガタガタと震えて足がガクガクする。
オークキングはのそのそと奥の森から出てきた。
「そんな・・・オークキングなんて・・・。」
「まさか・・・オークキングにしてやられたか・・・。」
イザークの呟いた言葉に、レオはチラッとイザークを見た。
「ど、どういうことだ?」
「森でオークを1体逃しただろう・・・?あのオークが村に知らせて、オークキングは森の奥に隠れたんだ・・・。俺たちを、ジェネラルが長と思わせて油断させて・・・体力を削るために。」
「!?」
「舐めてたな・・・。冒険者15人じゃ、手に負えなかったんだよ。・・・くそっ!」
イザークは悔しそうにそう吐き捨てた。
周りはオークたちに取り囲まれている。
なんとか逃げ切りたいが、ハイオークと戦って倒せても数体。
レガードが怪我をしている状況だし、オークキングに1人で勝てるとは思えない。
現に、レガードはオークキングの雄叫びに震えているからだ。
「・・・くそっ、ここまでか・・・。」
その時、呑気な声が響いた。
「すいません、遅れてしまいました。」
村の奥から悠然と、ユウジンが歩いてきた。




