132、悪魔はカサブラの町に向かう
首都を出る朝。
俺は宿屋の主人ハドソン・ローズ夫婦に別れを告げて宿屋を出た。
ローズさんはヴェネリーグに行く時と同じように寂しがってくれて、クロ助にと多めにメザシやら煮干しやらをくれた。
昨日、ルナメイアと別れてから錬金術の店に行ってモメントとホムンクルスに別れをすませたし、ギルマスのところや剥ぎ取り小屋やドワーフのいる武器屋にも行った。
これでしばらくは首都に戻って来ることはないだろうな。
・・・数ヶ月後くらいには帰って来たいが、行った先がどうなるか次第だな。
首都の西側の出入り口から外に出て、西に向かう馬車を探そうかなと思っていた俺はそこで思いもよらぬものを見た。
「・・・・・・は?」
そこには昨日の朝に見た、豪華な馬車の姿があった。
そして馬車の前には昨日と同じようにエジテスが疲れた顔をして立っていた。
エジテスは一旦置いといて、・・・どういうつもりだ?
昨日結構脅かしたつもりなんだが・・・。
俺が馬車に近づくと、エジテスはこちらに気付いて挨拶してきた。
「ユウジン、来たか・・・。昨日に引き続き、すまない。」
「お、おはようございます、エジテス。大丈夫ですか?ものすごく疲れた顔をしてるのが顔に出てますよ。」
「ちょっと・・・昨日の今日でな。急に決まったもんで。だが、これでやっと警備長の仕事に戻れる。」
「は、はあ・・・?」
なにを言っているのかわからず首を傾げていると、エジテスは馬車の中に声をかけ、馬車の扉が開いた。
そこにはいつもの姫らしいきらびやかなドレスを着て座っているルナメイアの姿があった。
ルナメイアは昨日と同じように俺にニコリと微笑みかけてきた。
「おはようございます、ユウジン様。」
「・・・おはようございます。こんなところでどうされたんですか?」
「・・・実は急に思い立って、今日これから西のカサブラの町に帰ることにしましたの。そうしたら、ユウジン様も西に向かうと偶然お聞きしまして、よかったらカサブラの町まで乗っていかれないかと待っておりました。」
「・・・。」
なるほど。急に思い立ったおかげでエジテスがこれで姫の警備する任が終わるから、警備長に戻れると言っていたのか。
だが、急に思い立ったせいでだいぶバタバタして疲れた顔になっているというわけか。
しかし、それにしてもルナメイアはなにを考えてるんだ?
俺はきっぱりとフッたし、なんなら俺に対して怖い印象をつけたはずだが・・・。
ニコリと笑ってくるなんてどういう魂胆だ?
「・・・姫様、俺が昨日言ったことを覚えておいでで?」
「ええ。昨日は買い物に付き合えて楽しかったです。」
ルナメイアはそう言ってチラッチラッとエジテスと馬車を引く御者に目を向けた。
・・・なるほど、2人には会話は聞かれたくないと。
俺は少し考えて、ニコリと笑った。
「ちょうどカサブラの町に行きたくて馬車を探しているところでした。乗せていただいて本当にいいのですか?」
「はい。馬車で1人乗ってカサブラにむかうのも寂しいものがありますし、暇ですから話し相手になっていただけると嬉しく思ってます。」
「・・・わかりました。そう言っていただけるのであれば、お邪魔させてください。」
そうして俺はルナメイアの馬車に乗せてもらうこととなった。
どうせ乗る馬車を探していたのだし、ルナメイアに聞いてみたいこともできたからちょうどいいと思ったのだ。
なんでまだ俺に関わろうとするのも気になったしな。
俺が乗り込むと、馬車は静かに走り出した。
エジテスはこちらに向かって頭を下げて見送ってくれた。
・・・それにしても、この馬車には護衛がいないのか?
あの騎士長たちはどうしたんだ?
・・・と思っていたら、俺たちの乗ってる馬車のすぐ後ろに同じくらい豪華な馬車がついてきた。
俺たちの馬車にぴったりくっつくくらいついてきていて、騎士たちが何人か乗ってるのが見える。
「うん?・・・もしかしてあの後ろの馬車に騎士長たちが?」
「あ、はい。あの馬車には騎士長と騎士数人と、わたくしの荷物が乗っています。」
なるほど。荷物を守ることもあって騎士たちは後ろの馬車に乗っているのか。
・・・とか思ってる場合でもないか。
俺はルナメイアの対面に座っていて、膝の上でクロ助がすでに丸くなって寝ている。
俺はクロ助を撫でながらルナメイアに話しかけた。
「・・・これはどういうことか、ご説明お願いしてもよろしいですか?」
「は、はい。」
ルナメイアはぎゅっと自分の手を握った。
「昨日あれから城に帰って、言われたことをずっと考えておりました。・・・それで、どうしてもこの想いを捨てることはできないと思ったのです。」
俺をまっすぐ見る目は、とても真剣だ。
「ユウジン様はご自身で仰ったように人とは違う・・・悪魔のような心があると思いました。ですが、わたくしの馬車を助けてくれたことや、誘拐されたのを助けて下さったのも事実。わたくしにはそれで十分なのです。それがあったからわたくしはあなた様を・・・好きになったんですから。」
「カサブラの町に着いたら本当にお別れいたします。これ以上あなた様の迷惑になることはいたしません。ですが・・・わたくしがこれからも勝手にお慕いするのはお許し下さい。カサブラの町からあなた様のご無事を祈るのでしたら、邪魔にはならないでしょう?」
冷めてくれたらと思っていたのに、なんでそうなるかねえ?
わからん、女心はよくわからないな。
俺ははあっとため息を吐いた。
「姫様・・・俺なんかさっさと忘れてもっとかっこいい男を見つけたらよろしいのに。このままでは一生独身になってしまいますよ?」
「かまいません。トリズデンの跡継ぎはわたくしだけでなくアシュリートがいますから、あの子がいい人を見つけるでしょう。わたくしはあなた様以上にいい方とは出会わないと思いますから。」
そう言ってルナメイアは頬を染めた。
うっ・・・そんなことを言われたらさすがに照れる。
どうやらルナメイアの気持ちは変わらないようだ。
ここまでちゃんと考えて出した結論なら、さすがにこれ以上とやかく言っても無駄だろうな。
「・・・姫様の気持ちはわかりました。俺の無事を祈ったりはご自由にしていただいてかまいません。俺はあなたがめちゃくちゃかっこいい男と結婚することを祈ってますから。」
「まあ、意地悪。」
ルナメイアはふふふと笑った。
それから俺たちはカサブラの町に着くまでたわいもない雑談をした。
「・・・あ、そうだ、姫様。これから俺が向かうところについて知っていることがあれば教えてほしいのですが。」
「わたくしが知っていることであれば。向かうところはどこなのですか?」
「カサブラのさらに西の、トリズデン王国の西隣にある宗教国家イルヴァルナスです。」
実は最上級鑑定魔法を取った時に、ある機能が出来るようになっていた。
隠蔽魔法を無効化してステータスを見れるだけでなく、他にも出来ることがあると前にチラッとほのめかしたが、それがある機能だった。
俺は最上級鑑定魔法をじいさんとオーランド王子にかけた後、何気なくじいさんのステータスウインドウを触っていて、じいさんの名前のところを押してみたらとんでもないものを見つけた。
じいさんの名前のところを押すとそこから別ウインドウが出て、じいさんの出生から現在までの出来事が箇条書きにズラズラズラーっと出てきたのだ。
そう、それはまるで・・・ウィキのように。
ていうか、絶対に神様はウィキを参考にしたような気がするが、ウィキそっくりなデザインで書かれたじいさんの歴史は本当に事細かに書かれていた。
そしてグラエム王とオーランド王子が死んだ後、俺はその機能を使って、オーランド王子の歴史を見て、手がかりを見つけたのだ。
因みにグラエム王に悪魔のフリをして悪魔教のことを聞いてみたが、グラエム王は悪魔教の本部に行ったことがなく悪魔教の幹部が誰かを全く知らなかった。
よくそんな状態で信者になれたもんだ。
オーランド王子は通信の魔石を悪魔教からもらった時に、宗教国家イルヴァルナスから届いたとウィキにはあった。
それだけではなく、オーランド王子は幹部になるということで本部に招かれている。
それが、イルヴァルナスの首都だったようなのだ。
そしてそこで誰に会ったかさえもウィキには載っていた。
その人物を調べれば、悪魔教の幹部か最高指導者に行き着けるだろう。
イルヴァルナスに行けば、悪魔を見れるかもしれない。
とても楽しみだな。
そうしてルナメイアと世間話をしながら半日移動して、夕方にはカサブラの町に到着した。




