131、悪魔は姫と話す
俺はこの日、買い物することを決めていた。
それは明日にはこの首都を出てある国に向かうために、食料を買うためだ。
といってもまだアイテムの中にある程度の食料はあるし、馬車移動かクロ助のドラゴンに乗って移動することになると思うので、そこまで買う必要はないんだけど。
まあ、思わぬ野宿生活をすることになるかもしれないし、色んなものを食べたい気持ちもあったからだ。
俺は露店や飲食店を回ってちょこちょこ買って隠れてアイテムに入れていった。
そんな俺の横でめちゃくちゃ興奮して露店や街の様子を見ているのが、ルナメイアだ。
「ユウジン様、あの棒に刺さったのはなんですの!?」
「あれは焼き肉のタレを漬け込んだ牛串です食べてみます?まとめ買いするので1本差し上げますよ。」
「あの騒がしいお店はなんですの!?」
「あそこは酒場です。庶民はあそこでお酒を飲んで騒いで、1日のストレスを発散しているんですよ。今は昼なんで、酒好きがたむろしているだけでしょうけど。」
「へえ・・・面白い・・・。」
ルナメイアは興味津々に周りを見回していた。
なんか最初に会ったときは落ち着いたお嬢様って感じだったのに、今は明るい女の子って感じだなあ。
ルナメイアは俺が見ているのに気付いてハッとした。
「あっ!す、すいません・・・。姫らしくなかったですね。こんなにゆっくり見れるのが初めてで・・・。」
「こんな感じで街を散策とかしたことなかったですか?」
「はい。わたくしはその・・・立場もありますが、とても目立つ容姿ですので、常に皆さんの目があって当たり前の生活を送ってまいりましたから。散策したい気持ちはありましたが、皆さんの目が気になってしまって。」
なるほど。姫という立場や長女ということで淑女らしくと常に振る舞ってきたのか。
しかも国の内外に伝わるほどの美貌だからなおさら人の目があっただろう。
美人は美人で大変なことがあるということか。
「なんか今ならアシュリートの気持ちがわかります。あの子が冒険者になりたいと言い出した時は驚きましたが。」
アシュリート?・・・ああ、アシュアのことか。
そういえば、ルナメイアはアシュアの姉だったな。
アシュアが姫っぽく無いし、アシュアも美少女ではあるがルナメイアとは違う種類の美少女だからいまいち繋がらないというか。
・・・ん?そういえば・・・。
「すいません、今さらですがヴェネリーグに行ったアシュアのことを誰にも聞かれないんですが、皆さん気にならないのですか?あれでも一応姫ですよね?」
ルナメイアはそれを聞いてクスリと笑った。
「あの子のお転婆には驚かされます。皆さんがヴェネリーグにたたれた当初はアシュリートがついていったようだと大騒ぎになりましたが、マリルクロウ様とレフィシアが一緒にいるならむしろ安心ではないかってなりまして、今では帰ってきたら国王が説教して、当面の冒険者禁止を言い渡すということで落ち着いてます。」
あれがお転婆・・・?
ていうか、じいさんとレフィはえらい信頼されてるし、アシュアは姫としてはどうかというくらい容認?放任?されてるな。
アシュアはアシュアで、あっちで結構色々えらい目にあったみたいだがな。
「そ、そうですか・・・。一応言っときますけど、怪我もなく元気でしたよ。」
「やはりそうですか、ありがとうございます。帰ってきたらマリルクロウ様とレフィシアに感謝しないと。」
ルナメイアはニコリ笑うと、街を見て回るのを再開していた。
「でもそれにしても、この魔法は素晴らしいですね。皆さんわたくしを素通りしていくなんて・・・。これはなんという魔法ですの?」
「隠蔽魔法です。ステータスを隠す用途としてしか使われてないですが、こうやって顔も隠せますし、姿も隠すこともできます。」
「へえ・・・なるほど。わたくしも取得しようと思います。」
取得するのはいいけど、レベルを上げるにはどうするんだ?
魔物と戦うんだろうか?
・・・まあ、もしかしたらなんらかの方法があるのかもしれないな。
興味ないから聞かないけど。
それから俺はルナメイアに質問されて答えながら、ちょこちょこ食料を買っては隠れてアイテムに入れていった。
ルナメイアは俺がアイテム収納魔法持ちと話したらひとしきり驚いて、それからは隠れてアイテムに入れるときに周りを見張っていてくれた。
そうして昼になり、オシャレなテラス席もあるレストランを見つけたルナメイアはとても行きたそうにしていたので、テラス席で昼食を食べることとなった。
ルナメイアはカルボナーラとサラダ、ドリンク、デザートがついたセットを頼んで俺は明太子パスタのセットを頼んで、クロ助は魚の切り身を出してもらった。
露店の串やたい焼きなどを物珍しげに見ていたから色々奢って食べたはずなのに、ルナメイアはきれいな所作で舌鼓を打っていた。
見かけによらず結構食べるのか、この姫は。
「飲食店や露店ばかりでつまらなかったでしょう?」
「そんな!とても楽しいです。こうしてレストランのテラスで食べるなんて、夢のようですから。」
まあ、姫がレストランに行くとなると防犯上の問題でテラスに座れることはないだろうな。
「街の人たちの様子をこうして見れるのはなんか新鮮です。」
いつもは逆に見られるだろうから、街の人の行動なんて観察する機会もなかったのだろう。
「それに・・・ユウジン様こうしているだけで、とても幸せです!」
ルナメイアはそう言って笑って頬を染めた。
うわっ、めちゃくちゃ可愛らしいなあ。
確かに・・・2人で街を散策なんて、今さら気付いたが完全にデートと言われても不思議ではない。
実際は俺の買い物に勝手にルナメイアが同行しているだけなんだが。
俺はルナメイアが助けてもらった一時の感情で俺に一目惚れしたのだろうと思っていた。
だから1ヶ月もすれば俺のことなんてきれいさっぱり忘れるだろうと思ってほっといたが、ヴェネリーグに行ったりして数ヶ月経過したのにルナメイアはまだ俺に想いがあるようだ。
むしろギルドで待ち伏せするほどになっているとは思わなかった。
・・・これはまずいかもしれない。
正直、これ以上来られるようなら、邪魔になる可能性が出てくる。
それに俺はルナメイアの想いに応える気持ちがない。
ここらで俺の本性をわからせて、冷めさせるか。
俺は無詠唱で隠蔽魔法を使い、俺とルナメイアの会話は誰にも聞こえないようにした。
「・・・ルナメイア様。」
俺はいつもの笑顔のまま、真剣な声でルナメイアに呼び掛けた。
「は、はい。」
ルナメイアはなにかを感じ取ったのか、真面目な顔で俺を見てきた。
「ルナメイア様には大変申し訳ないのですが・・・、あなたの気持ちに応えることはありません。」
ルナメイアは目を見開いた。
「わ、わたくしの気持ちを気付いてらしたのですか!?」
そう言って顔を真っ赤にした。
「え、いや・・・普通気付きますよ。ただの冒険者の俺にわざわざ話しかけたり、一国の姫様が冒険者ギルドで待ったり町娘の格好して同行したりして来ませんし。」
「え、あ、あう・・・。」
ルナメイアはますます顔を赤くして手で顔を覆って隠していた。
「ルナメイア様が可愛らしい人なのは今日わかりましたし、とんでもない美女だとも思ってます。ですが、それ以上になることはないでしょう。なので俺への想いなんて捨ててください。」
「そ、それはどうしてですの?」
「これはあなたに問題があるのではなく、俺に問題があるのです。俺の欲求は別のところにあるので、そういう恋愛とかに向いていないのです。」
「別のところ・・・?」
「それは・・・絶望です。・・・俺は、誰かを絶望させることがなによりの幸せなんですよ。」
「・・・え?」
ルナメイアはなにを言っているのかわからないという顔で俺を見てきた。
まあ、突然絶望が好きと言っても理解できないだろう。
ここは・・・具体例をあげるか。
俺はニヤリと笑うと、テラスからある方向を指差した。
「あの親子、どう思います?」
俺が指差した方向には、買い物袋を持った若いお母さんと手を繋ぐ小さな子供の、どこにでもいる親子の姿があった。
「え、とても微笑ましい親子にしか見えませんが。」
「例えば、あの子供を拐ったら、お母さんの絶望が見えると思いませんか?」
「・・・え?え?」
「そうだなあ・・・拐って、あのお母さんの目の前で魔物に食べさせたらどうでしょう?ボリボリムシャムシャ食べる姿なんて見せたら、きっといい絶望が見れそうですよねえ?」
俺はそう言ってくくくと狂気の笑顔を見せると、ルナメイアは真っ青な顔で俺を凝視してきた。
「・・・・・・まあ、もちろんそんなことはしませんけどね。俺は人殺しだけはしないと決めてるので。」
俺はつとめて明るく言ってみたが、心なしかルナメイアは少し震えている。
あの子供が食われるのを想像してしまったんだろう。
「俺は気に入らないやつを絶望させて、苦しみや憎しみでいっぱいの顔を見るのがなによりも好きなんです。だから正直、あなたを相手にする暇はないのです。」
「そ、そんな・・・。」
「絶望以外でいったら・・・ああ、あなたが悪魔教信者に誘拐された事件がありましたよね?あれは犯人があんまりにもお粗末だったので、俺が少し手伝ったんですよ。」
「て、手伝った・・・?」
「悪魔教信者というから悪魔を生け贄を使って召喚するところを見てみたいと思いましてね。あなたを見殺しにして悪魔を見るつもりでした。」
「えっ・・・!?」
「別に無駄死にではなかったからいいと思いましてね。でも、悪魔は見れないとわかって、興味がなくなったのであの信者を捕まえてあげて、あなたは偶然生き長らえたというわけです。」
「う、嘘ですよね?そんなこと・・・。」
「嘘ではありませんよ。あなたが城を出るとなった時にあなたに外套を着せた警備兵がいましたでしょう?あれは警備兵に成りすました俺です。」
「ま、まさか!?」
証拠にあの時に着せた『不滅の外套』をアイテムから出したら見覚えがあったようで、あっとなっていた。
「そ、そんな・・・ユウジン様は・・・。」
ルナメイアは言葉をつまらせて俯いてしまった。
「自分のこの性格が普通でないのは十分自覚しているつもりです。だからあなたの気持ちに応えるつもりもないのですよ。わかっていただけましたか?」
「・・・・・・。」
ルナメイアは俯いて黙ったままだった。
俺は立ち上がり、クロ助を肩に乗せた。
「これ以上俺といても気分が悪いでしょうから、ルナメイア様は城にお帰り下さい。隠蔽魔法はあなたが解けろと思えば解けるようにしておきましたからご心配なく。」
そう言って、レストランの伝票を取った。
「俺は明日の朝、ここを発って西に向かうつもりです。なのでもう、お会いすることもないでしょう。お姫様に買い物に付き合ってもらうといういい思い出ができました、ありがとうございました。では、お元気で。」
そう言ってさっさと会計をすませてレストランを後にした。
ルナメイアはずっと俯いていた。
すいません、次回やっと主人公がどこに行くつもりなのかが判明します。
そしてもうあと2~3話くらい続きます。




