120、 悪魔は絶望を貪る
亡霊たちはうつろな目を俺やグラエム王らに向けている。
すぐに行動に出るかと思ったが、迷っているのか?
本当にやっていいのか、とか亡霊でも一応なんか考えることがあるのだろう。
と、亡霊の中から1人がゆっくりと前に出てきた。
その亡霊を見たグラエム王とオーランド王子は思わず叫んだ。
「ジュリアン!?」
「母上!?」
オーランド王子が母上と言ったということは、グラエム王の第ニ妃で先ほどオーランド王子が言っていた、使役魔法(人間)を産んで用済みと毒殺された人か。
ジュリアンは死んだ時の姿のままのようで、少しオーランド王子に似ていて30代くらいの儚い雰囲気の美人で、黒く長い髪は傷んでボサボサで骨と皮だけと言えるくらい痩せ細った体に質素なドレスを着ていた。
目は虚ろながらグラエム王に向いていて、ポロポロと涙を流していた。
『私は・・・グラエム王に・・・取り憑きたい・・・。ずっと・・・お会いしたかったのに・・・会いに来て下さらないばかりか・・・毒を飲まされていたとは・・・思いませんでした。』
ジュリアンはたどたどしいけれどハッキリと取り憑きたいと言った。
「ジュ、ジュリアン・・・。」
虚ろに見てくるかつての王妃をグラエム王は顔を青ざめさせたまま、見つめていた。
『憎しみは・・・ないと言えば・・・嘘になりますが・・・取り憑くことで・・・この悲しみを・・・グラエム王に・・・わかっていただきたいのです・・・。愛する人に・・・裏切られる悲しみに・・・苦しんでほしいのです。』
俺はジュリアンにニコリと笑いかけた。
「素晴らしい考えです。どうぞ、取り憑いてください。そうすればわかってくれるんじゃないですかねえ。」
『機会を与えていただいて・・・感謝します。』
ジュリアンは俺に一礼すると、ゆっくりとグラエム王に近づいていく。
それを見た他の亡霊たちも少しずつ、『わしも取り憑きたい・・・』『俺も・・・』『私も・・・』と俺に言ってきた。
「どうぞどうぞ。皆さんの好きにしてください。」
俺は亡霊全員が取り憑きたいと言ってきたのを喜んでオーケーした。
「ひいいいいっっ!ジュ、ジュリアン!来るなっ!来ないでくれえっ!」
グラエム王はゆっくりと近づいて来るジュリアンにまだ腰を抜かしたまま、後退りしていた。
『・・・。』
ジュリアンは虚ろな顔のまま、まっすぐにグラエム王を見て近づいていく。
「は、母上!!」
と、オーランド王子がジュリアンに駆け寄った。
目には涙を浮かべている。
ここでまさか会えるとも思わず、再会の涙を流しているようだ。
ジュリアンは立ち止まって虚ろな顔をオーランド王子に向けた。
「母上!お会いしたかった!母上の無念を晴らすため、父上に復讐するためにここまで頑張ってきました!」
ジュリアンは喜びに笑顔のオーランド王子に口を開いた。
『・・・いつ、あなたに・・・復讐してくれと・・・頼みましたか?』
「・・・・・・え?」
オーランド王子は思わぬ言葉に固まった。
『・・・心優しいあなたには・・・私のことなど気にせず・・・幸せになってくれたら・・・と思っていたのに・・・。あなたがグラエム王を・・・殺したかったから・・・私の復讐、ということに・・・したのではありませんか?』
「ち、違います!」
『私を救えなかった・・・言い訳に・・・私の復讐を・・・しているのでしょう?・・・私が望んでいないことを・・・されても・・・迷惑でしかありません・・・。』
「な・・・、め、迷惑・・・!?」
『それにあなたは・・・優しかったあの頃とは・・・かけ離れた人間になってしまった・・・。いたずらにメイドや執事を殺して・・・果ては・・・私が世話になった・・・メイドや執事まで殺して・・・。あなたはもう・・・私の愛したオーランドでは・・・ありません。ただの・・・人殺しです。』
「そ、そんな!・・・俺は、母上のために・・・!!」
オーランド王子はそう言ってその場にヘタリこんでしまった。
ジュリアンは再び歩みだしてガタガタ震えるグラエム王の前で立ち止まった。
そしてジロリとグラエム王を見ると、グラエム王に飛びかかった。
「うわあああっ!?」
グラエム王が顔を庇って悲鳴をあげている中、ジュリアンの体は吸い込まれるようにグラエム王の体に入っていった。
「・・・ん?な、なんだ?・・・う、うぐっ」
グラエム王は戸惑って体を見回すと、ゴポリと血を吐いた。
「ぐぎゃああぁぁっっ!!な、なんだっ!体が痛い!いたいいいい!!」
体の中から全身を針で刺されているかのような激痛が襲い、その場でのたうち回った。口からは血と混じって食べたものも混じっているようで、地面にそれらを撒き散らしていた。
『なんだ・・・我が息子ながら情けない・・・。我らの苦しみは・・・こんなものではない・・・ぞ?』
その言葉にグラエム王が気が付くと、自分がかつて毒殺したり事故として殺した父や兄たちや親戚に囲まれていた。
亡霊たちは次々とグラエム王の中に吸い込まれていった。
「くるなぁっ!やめてくれっ!!ひっ!ひ、ひぎゃああぁぁぁっ!!」
グラエム王はますます苦しんで地面を転がって涙と鼻水と血とで顔はぐしゃぐしゃになった。
『さて・・・オーランド王子・・・私たちも・・・失礼します。』
母上に冷たい言葉を浴びせられて呆然としていたオーランド王子の周りを、メイドや執事またちが取り囲んで、それらは一斉にオーランド王子の中に吸い込まれていった。
「くっ・・・いやだ!いやだ!うぎゃあああぁぁっ!!」
オーランド王子も同じく血と食べたものを吐きながらその場をのたうち周り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
グラエム王もオーランド王子も目には恐怖と絶望しかうつってない。
あ、だめだ、もう我慢できない。
「ふはははははは!!!」
俺は大笑いした。
その笑い声にじいさんやマスティフらはぎょっとしてこちらを見てきた。
「その顔!その顔見たかったんだよ!なんて素晴らしい顔してんだろう。もっと近くで見てやるよ。」
俺はオーランド王子に近づいて地面にのたうち回って苦しむ顔を覗きこんだ。
「あっははは!なんつーいい顔してんだよ。どう?母親のために今まで頑張ってきたのに全部パーになった心境は?悔しいよね?苦しいよね?しかも肝心の母親に褒めてもらえないどころかつき放されちゃってマジでかわいそー。ぷっ!」
「いたい!いたい!ぐわあぁっ!!」
「今までメイドや執事を好き勝手に殺したからこうやって苦しんでんだよ。人間は思い通りになるからって、好き勝手に殺ってきた結果が自分に帰ってきただけ。いてーのもくるしーのもお前が原因なの。お前が使役魔法(人間)を持って生まれてきたからだよー。」
「ぐはっ!うぅっ・・・。俺が、原因・・・?」
「おっ聞こえてたか。人間を使役して自分の都合のいいようにして来たんだから裏切られても文句は言えないよな?・・・おーい、カルディル。」
俺に呼ばれてオーガのような姿のカルディルは俺に近寄ってきた。
「はい、どうぞ。カルディルの好きにしていいよ。」
『・・・。』
オーランド王子はカルディルに任せて次に行くことにした。
カルディルはじっと苦しむオーランド王子を見ていた。
オーランド王子はすがるようにカルディルを見上げる。
「カ、カカ、カルディル!いやだ!助けろ!俺の部下だろう!?助けてくれ!な!」
『オーランド王子・・・。』
カルディルは巨大な腕を振り上げた。
『あんたは人の上に立つ人物じゃねえよ。』
腕を振り下ろし、オーランド王子の頭は散った。
「おーい、アバドン。」
俺は一連の光景をガタガタ震えながら見つめていたユースギル王子のところへ行くと、アバドンを呼んだ。
アバドンが近寄ってくると、俺はニコリと笑った。
「俺こいつ全然知らねえしどうでもいいから好きにしていいよ。」
ユースギル王子は「ひっ!」と悲鳴をあげて、アバドンはニヤリと笑った。
そして俺はグラエム王の方へ向かった。
「ひいいいっっ!ア、アバドンやめろ!俺の言うことを聞け!」
『ふん!残念ながら使役魔法を使っても無駄だ。俺は虫ではなく死者になったんだからな。お前の使役魔法は効かん。おかげでお前に今までの仕返しができるというものだ。』
アバドンはユースギル王子の首を掴むと持ち上げた。
「ぐええええっ!苦しい!はなせ!」
アバドンの腹の部分の炎が激しく燃えだした。
『お前など喰う価値もない。焼き殺してくれようぞ。』
ジュウウウウゥゥッ!!
「ぎゃあああぁぁぁっ!!」
炎があっという間にユースギル王子を包んで、数分で骨まで焼きすべてを灰にした。




