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残念な異世界召還~異世界転移ってもっと楽しいもんだと思ってた~

芸は身を助く

作者: 青木泊

 前作「想像力の限界」の続きのような、そうでないようなもの。

 もしも3作目以降が書けそうだったら、「短編」から「連載」に移行しようと思います。

 幼いころに異世界に迷い込み、そして召還された帰還者たち。

 彼らは戻った世界に馴染むため日々努力し、いずれ独り立ちして強くたくましく生きている・・・はず。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 にぎわう街の大通りを、かなり浮かれ気味に歩いていた。

 自分は帰還者の訓練施設を無事卒業し、今はそこそこ大きな町にある食堂で下働きをしている身だ。

 『訓練施設』というのは、召還されたばかりの帰還者がこの世界に馴染むための施設で、農業・酪農をやりながら言葉や常識などの知識を学ぶ。

 外でやっていけると認められれば、仕事を斡旋されて独り立ちできるという寸法だ。

 しかし、習熟の度合いはものすごく個人差が激しいし。中には言葉をろくに覚えることができず、社会復帰を諦めてほぼ専業農家と化す者も少なくないというのが厳しい現実だった。

 さらに、独り立ちした後も油断はできない。

 この世界は現代日本に比べると色々厳しいのだ。弱者保護の考えはほぼ無いし、給料は固定給無しの歩合制が当たり前。新人は当分の間休みなしの働きづめだ。

 そして今日は、そんな待ちに待った初の休みなのだった。昨日初給料ももらって、浮かれるなという方が無理だろう。


 お昼はどうするか?節約すべきだけど、せっかくだし美味しい物食べて英気を養わないと。

 というか、そもそも近所の道すらろくに知らないもんなぁ。一日使って散策して、でも迷っても困るし細い道はやめて…ん?


 ふと足を止める。

 広場に差し掛かったあたりで、どこからか音楽が聞こえてきたのだ。

 何やら弦楽器の音色にのって、ゆったりとした男性の歌声が運ばれてくる。

 それはどこか懐かしいような、とても落ち着く歌声だった。


 あー、なんだろう。不思議と落ち着くこのメロディ。子供のころにウサギを追いかけた山とか、魚を釣った川とか。懐かしいよねー。そんなこと一切したこと無いのに、何故か郷愁にかられる…って


『これ『ふるさと』じゃん!?』


 思わず日本語で叫んだ。

 周りの人たちがぎょっとしてこっちを振り向いたけれど、気づかないふりをして歌の主を探す。

 きょろきょろと周囲を見渡せば、すぐに小さな人だかりを見つけた。

 急いで近づき、人の輪に混ざって中心を覗き込む。


「…え?」


 最初に頭に浮かんだのは『ピエロ』だった。

 とんがり帽子に縦半分に分かれた2色の衣装。顔が白塗りでこそないものの、鼻に赤いボールをくっつけた姿はまさに異世界あっちのピエロだ。

 結構な肥満体型のおじさんで、竪琴を奏でながら朗々と歌い上げている。日本語で。


「なんで言葉…」

「おや、あんた初めてかい?」

「はい?」


 呆然と呟けば、すぐ隣にいたおじいさんに声を掛けられた。


「不思議な歌で面白いだろ。あの吟遊詩人は結構有名なんだ。」

「はぁ、そうなんですか。」


 吟遊詩人?この世界はあれが吟遊詩人の正装なのか?


「でも、あの歌はこの辺りの言葉じゃないですよね?」

「ああ、どうも異国の言葉らしくてね。でも独特の雰囲気が良いだろー。それにこの声!聞惚れるねぇ。」


 うん、確かに声はすごく良い。


 さらに話を聞くと、別にあの恰好が吟遊詩人の正装では無いらしい。そりゃそうか。

 あの人は数日前からこの辺に出没しだしたという。

 吟遊詩人はこうやって街角で歌い、観客からのおひねりで生計を立てている。ある程度稼いだら次の町に移り、あちこち渡り歩くらしい。おおむねイメージ通りだ。

 そうこうするうちに歌が終了したようだ。

 観客はそれぞれおひねりを渡し、徐々に人がはけていく。

 少し迷ってから、撤収作業中のピエロに意を決して近づいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『久しぶりにちゃんと会話ができて楽しかったよ。話しかけてくれてありがとう。君も元気で、頑張ってね。』

 上機嫌で手を振って去っていく、ピエロで吟遊詩人のおじさん(今は普通の服装)は、やっぱり帰還者で日本育ちだった。

 そしてなんと、元オペラ歌手だったらしい。

 おじさんは訓練施設でなかなか言葉が覚えられず、かといって専業農家にもとてもなれそうに無く、二進も三進も行かなくなってしまったという。

 お先真っ暗でひどく落ち込みながら、なんとか気晴らしをしようと近くの町に出た。そこでたまたま、この世界の吟遊詩人を見掛けたのだ。

 何を歌っているのかはさっぱり分からない。曲調はまったく馴染みが無い。それでも久々に触れた『歌』に心打たれた。


 やはり自分には歌しかない。こちらの言葉が分からない自分がこれだけ影響を受けるのなら、逆に自分が歌っても、こちらの人々も何か感じてくれるかもしれない。


 そう思ったおじさんは、訓練施設で無理を言って琴を入手し、たったそれだけ持って訓練施設を飛び出した。

 ダメだったときは野垂れ死ぬ覚悟まで決めていたそうだ。

 そして、見事に成功した。

 安定はしていないかもしれないが、それでもなんとか食べていくだけの稼ぎが手に入る。


『他の人と会話できなくて、寂しくないですか?』

『まぁ多少はね。でも最近やっと片言なら分かるようになって、買い物がだいぶスムーズになってきたんだ。だから、まだ頑張ろうって思えるよ。それでもどうしても寂しくなったら、施設に顔を出してるんだ。』

『あ、その手があったか。』

『うん。君もね、こっちの言葉を覚えたって、たまには日本語が話したくなるかもしれないでしょ?そしたら施設に行ってみたら良いよ。成功者の話って、結構喜ばれるんだ。』


 そういっておじさんは笑った。

 自分にとって、言葉を覚えてしっかり卒業できたこと、仕事をして周りとコミュニケーションを取れていることはちょっと自慢だった。

 正直、できなくて挫折していく人を少しだけ馬鹿にしていたところもあった。でも


「こういう方法もあるんだ…」


 遠ざかっていくおじさんの背中を見ながら、おじさんが少し羨ましくなった。

 読んでくださってありがとうございます。

 予定ではもっとギャグを強くしたかったんですが、上手くまとまらなくてしんみり路線に変更。お話は難しいな。

 「想像力の限界」と同じ世界設定になりますが、今回は微妙な一人称。帰還者たちの表と裏。長編が書けないなりに考えた2作目です。

 前回のキャラと同一人物とも別人とも取れるように意識して書いてみました。

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