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クマ戦隊 ゴッキュマン  作者: 美音 コトハ
5/5

05.羊捕獲大作戦

 緑の国の王宮を出て、光の国へ向かう途中に依頼が入った。僕達はヒーローショーだけでなく、困っている人の依頼や悪者退治も引き受けている。


「今日の依頼は、あの家に住むお爺さんからです」


 マネージャーさんの示す方を馬車から身を乗り出して見てみる。


「牧場ですか?」

「はい。羊を飼っているのですよ」


 モコモコの毛の羊が柵の中で草をモグモグと食べている。


「長閑な感じね、イエローちゃん」


「そうですね、ピンクちゃん。お花も咲いていて、お散歩したら楽しそうです」


 そう言った側から、羊が花をモッシャモッシャと食べ始める。


「まぁ、お花も食べるのね。他にも色々と食べるのかしら?」


「そうかもしれませんね。木もあっちの方にありますね。木陰で過ごしたら気持ち良さ――」


 僕がそう言った瞬間、羊が樹皮や葉を食べ始める。


「やっぱり色々と食べるのね。イエローちゃん、どうしたの?」

「えーと、何でもないです……」


 ピンクちゃんが不思議そうに首を傾げている。素直に感心しているピンクちゃんに、僕は悪意のようなものを感じましたとは言えない。


 じとーっと羊を見ていると、鼻でフンと嗤われた気がした。えっ⁉ 見間違いだよね?


「到着しましたよ。まずは、お話を聞きましょうか」


 何だか釈然としないまま依頼主さんの家の前に立つ。


「ごめんください。依頼を受けて参りました、ゴッキュマンと申します」

「――はいはい、お待ち下さいね。――皆さん、いらっしゃい」


 優しい笑顔で腰の曲がったおじいちゃんが迎えてくれた。


「すみませんね。お菓子を切らしていてお茶しかお出しできませんが、どうぞ」


 ちょっとヨレヨレしていて、心配になってしまう。


「あの、お手伝いします。これを配ればいいんですよね?」

「いえいえ、お客様にやらせるなんて――」

「そんな、お気になさらないで下さい。はい、貰っちゃいますよー」


 ちょっと強引に受け取り、おじいちゃんには座って貰う。


「すまないねぇ、助かるよ」

「どういたしまして」


 配り終えて座った所で、マネージャーさんが話を始める。


「それで、依頼は脱走した羊を捕まえて欲しいというものでしたね?」


「そうなんですよ。脱走した羊は『メェメ』という名前なんですが、脱走癖がありましてね。いつもは世話を手伝ってくれている獣族の子が捕まえてくれるのですが、今はうちの妻の旅行に付き添ってくれていましてねぇ。他の者では手に負えないのですよ」


「成程。どの辺りに逃げたかは分かりますか?」


「西の方へ逃げて行くのを見たんですがね、そこから先は分からないんですよ」


 手掛かりが少ないんだな。ブルーが手を挙げる。


「どうぞ、ブルー」

「はい。メェメの特徴を教えて下さい」


「メェメは首に金色の鈴を下げているんですよ。あまりにも脱走するので鈴を付けたんです」


 ふんふん、鈴か。じゃあ、近くに居れば音で分かるな。獣族の耳を生かす事が出来る。


「はい、俺も質問」

「どうぞ、レッド」

「おじいさんの土地に居るんですか?」

「ああ、その筈だよ。なんせ、見える範囲は全て儂の土地だからね」

「えっ、全部⁉」


 マネージャーさん以外の全員の声が揃った。


「ほほほ、驚いたかい? 牧場をやっている者には、特別に広い土地が与えられるんだよ」


 そんな広範囲からどうやって探せば……。


「イエロー、そんな途方に暮れた顔をしなくても大丈夫ですよ。獣族は動物の言葉が分かるのでしょう? 羊や鳥などがあちこちに居るのですから、聞いて足取りを掴めばいいのです」


「マネージャーさん、頭いい! じゃあ、早速聞き込みですね!」


 グビグビとお茶を飲み干して立ち上がる。マネージャーさんはおじいちゃんと握手だ。


「それでは、早速探して捕まえて来ます」

「頼みます」


 外に出ると、ピンクちゃんが羊さんを撫でている。


「ピンク、あなたも捕獲に協力して下さい」

「私では足手まといになりませんか?」

「見える土地全てが依頼人の土地だそうです。人手が必要なのですよ」

「まぁ、全部ですか? 分かりました。私も頑張ります」

「頼みますね。まずは牧羊犬に話を聞いてみましょう」


 黒と白の長い毛を持つ牧羊犬だ。話を聞きたいのが分かったのか、自ら近寄って来てくれた。


「バウ、バウ、バウッ――――バウ(あいつ、本当によくどっか行くんだ。しかも、足が速くてさぁ。おっと、思わず愚痴を言っちまったぜ。西の方に森が見えるだろう? あいつなら、あそこに向かって走って行ったぜ)」


「ありがとうございます。マネージャーさん、西の森に向かって走って行ったそうです」


「あちらですね? では、行きましょうか」


 西の森に入り辺りを見回す。鈴の音はしないな。もう別の所に行ってしまったのだろうか?


「あっ、リスが居たぜ。話を聞いてくるな」


 レッドが木にするすると登って行く。鳥さんも興味を惹かれたのか、リスさんの隣に降り立っている。


「――お待たせ。ここから東に行くと泉があるんだと。そこで見掛けたって鳥が教えてくれた。俺達をそこまで案内してくれるってさ」


 僕達が見上げると、「ピチュン」と鳴いて飛び始める。


「さぁ、皆さん、行きますよ」


 時々、振り返りながら飛んでくれる鳥さんを追って行く。


「――きゃっ」

「ピンクちゃん!」


 木の根に躓いたピンクちゃんを抱き留める。


「ごめんなさい、イエローちゃん。私はやっぱり足手まといね……」


「そんな事ありませんよ。根に躓くなんて誰だってあります。それに、ピンクちゃんは外での活動に慣れていないだけですよ。良かったら僕が手を引きましょうか?」


「ええ、お願い出来るかしら?」

「勿論です。ちょっと距離が開いちゃったので走りますよ」

「ええ」


 ピンクちゃんに段差や根っこを教えながら皆に追い付く。


「ピンク、大丈夫ですか? あまりにも辛いようなら馬車へ戻って下さいね」

「マネージャーさん、ありがとうございます。でも、やらせて下さい」


 初めて仕事を手伝える事に、ピンクちゃんがやる気を見せている。その気持ちを感じ取ったマネージャーさんが、微かに口角を上げてから頷く。


「分かりました。イエロー、あなたが側で見て判断してあげて下さい。慣れていないピンクでは、自分の限界を見誤る恐れがあります」


「分かりました。ピンクちゃん、辛い時はちゃんと教えて下さいね」

「ええ、分かったわ。イエローちゃん、よろしくね」


 大きく頷き、泉へと向かう。


「取り敢えず、周りを捜索しましょう」


 動物さんが見当たらないので、皆で手分けして周りを探す。僕とピンクちゃんは泉から北へと向かう。


「動物が通ると、草が倒れていたり枝が折れていたりするので、見付けたら教えて下さいね」


「ええ、分かったわ」


 ピンクちゃんと少し離れて僕も手掛かりを探す。その時、ガサガサッという音が聞こえてくる。メェメちゃんかな?


「イエローちゃん、音がしたわ。きっとメェメちゃんよ」


 ピンクちゃんが嬉しそうに近寄ろうとするのを慌てて止める。


「ピンクちゃん、待って下さい。鈴の音がしていません」

「あら、そう言えば――」

「危ない!」


 飛び出してきた白い影の移動線上に居たピンクちゃんを抱き寄せる。


「メェー」


 違う羊だった。でも、ちょっと注意しておかないと。


「いきなり飛び出して来たら危ないじゃないですか! 怪我したらどうするんですか!」


「メェー、メッ、メヘヘェ――――メェー(人の縄張りに勝手に入って来たのはそっちだろう。怪我? 知った事じゃないぜ。さっさとここから出て行きな)」


 更に抗議しようとした僕よりも先に、ピンクちゃんがツカツカと歩み寄って行く。


「ピンクちゃん、危ないですよ!」


「大丈夫よ。イエローちゃんは、そこで見ていてね。ちょっと、あなた。その言い草は酷いわ。私達はあなた達の飼い主である、おじいちゃんから依頼されて、メェメちゃんを探しに来たの。ちゃんと許可は貰っているわ」


 ちっと舌打ちしそうな顔で僕を見てから、ピンクちゃんに視線を戻す。何故、僕だけ睨むのさ……。


「メェー、メェー、メッ――――メェ(ああ、そうかい。ご苦労なこった。あいつを捕まえても、また逃げるんだから無駄だと思うがねぇ。まぁ、いい。あいつなら、ここから更に東に行ったトウモロコシ畑で見掛けたぜ。じゃあな)」


 最後に僕へ、「フン」と鼻を鳴らしてから去って行った。だから、何故、僕だけ……。という事は、ここへ来る時に見たのも見間違いじゃ無かったのか。ガックリだ。


「イエローちゃん。皆の所に戻りましょう。情報を教えてあげないと」

「そうですね、行きましょうか」


 ピンクちゃんの張り切る姿に思わず微笑んでしまう。気持ちが少し明るくなったので、僕も頑張ろう。


「――ああ、戻って来ましたね。遅かったですが、何かありましたか?」

「マネージャーさん、ただいま戻りました。ピンクちゃんから報告をどうぞ」


「ええ。森で会った羊さんに教えて貰いました。ここから更に東に行った所にあるトウモロコシ畑で見掛けたそうです」


「貴重な情報をありがとうございます。レッド達、行きますよ」


 木に登って遠くを見渡していたレッド達が走って来る。足の速いブルーが一番乗りで尋ねる。


「何か情報が?」

「はい。ピンク達が教えてくれました」

「ピンクちゃん、お手柄だね」


「ふふふ、ブルーちゃん、ありがとう。でも、イエローちゃんが居なかったら羊さんにぶつかる所だったのよ」


 ピンクちゃんは、あっという間に皆に囲まれてしまった。仕方ないので、マネージャーさんの横に並ぶ。


「何だか顔が暗いですが、どうかしましたか?」

「はぁ。気の所為かと思っていたんですが、羊が僕を嫌っているみたいで……」

「羊が? ですが、ここへ来たのは初めてですよね?」

「はい。特に何もしていないんですが、鼻でフンって嗤われるんです」

「もしかしたら、色でしょうか?」


「色ですか? 黄色が嫌いなんでしょうか? あっ、でも、トウモロコシを食べていますよね」


「確かに。うーん、それ以外となると思い付きませんね」


 悩む僕の肩にレッドが腕を回してくる。


「ぼけっとした顔がむかついたんじゃないのか?」

「ひ、酷いよ! そんな事ない、筈だもん……」

「レッド、謝りなさい」


 マネージャーさんが厳しい目で言う。ふざけて言った暴言でもマネージャーさんはきちんと叱る。理由を聞いたら、「本気でもふざけていても、言われた人が傷付いているなら関係ありませんよ。それに、自分の暴言は自分に返って来ます。そんな事は嫌でしょう?」と言っていた。


「……イエロー、悪い。口が過ぎた」

「うん。謝ってくれて、ありがとう」

「何でお前が礼を言うんだよ。調子狂うぜ」


 照れて後ろに行ってしまった。正直な気持ちだったんだけど、何が駄目だったんだろう?


「イエローはそのままでいれば良いのですよ。あなたは皆を照らす存在なのですから」


 照らす? 僕はピカーっと光ったりしないけど。首を傾げていると、マネージャーさんが笑っている。馬鹿にされている訳じゃないからいいか。褒め言葉として受け取っておこう。


「――トウモロコシ畑が見えて来ましたよ」

「うわー、いっぱい実っていますよ! すごーい!」


 走り寄って畝の間の道に入ってみる。ワサワサの葉を持つ背の高いトウモロコシに囲まれると、より身長が小さくなったように感じる。ファサファサとしたトウモロコシの髭があちこちにあり、ぎっしりと付いた黄色の粒々がここにあるよと主張している。


「ふふふ、凄い。こんなに沢山のトウモロコシに囲まれたのは初めてよ」


「ですよね! 粒がプチンと弾けて、甘い汁が口いっぱいになる想像が止まりません!」


「イエローちゃん、コーンスープが好きだものね。そうだ、今日の夜はコーンスープにしてあげるわ」


「やった! コーンスープを早く食べられるように、メェメちゃんを急いで捕まえましょうね」


「そうね。――ねぇ、鈴の音が聞こえなかった?」


 耳を澄ませてみると、遠くで微かにチリンという音が聞こえる。


「本当だ! ここよりも中に入った所ですね」

「――皆さん、急いで畑の中央に向かって下さい!」


 マネージャーさんにも情報が行ったようだ。ピンクちゃんと手を繋いで走って行く。ああ~、葉っぱが顔に当たるよ~。でも、ピンクちゃんに当たらないように僕が排除せねば。ベシベシと当たって来るのに難儀しながら、中央の開けた場所に着くと、小さな小屋や井戸がある。


「――気を付けろ! 走り出したぞ!」


 レッドの声に警戒を強める。ガサガサという音がこちらに近付いて来ている。


「ピンクちゃん、離れていて下さい。気絶させます」

「ええ、分かったわ」


 安全な場所まで避難したピンクちゃんを確認した所で、メェメちゃんがトウモロコシをなぎ倒しながら僕に向かってくる。目が血走っていて、かなり怖い。


「ンメェェェッーーー!」


 どいた、どいたー! という感じで角の付いた頭を僕に見せつけて来る。だが、これ位で怯むと思われては困る。


「――ハッ!」


 光球を顔面に投げ付ける。


「ンメッ! メヘヘェェェーーー!」


 眩しさで目が一時的に見えなくなり、その場で暴れ始める。繰り出される角や蹴りを躱し背中へと飛び乗る。後は雷の魔法が込められた武器で頭を叩けば――。


「ンメヘェヘェ!」


 だが、それは叶わなかった。猛スピードで一直線に南へと走り始める。


「うおわぁーーーっ! ――へぶっ! ――ぶへっ!」


 振り落とされまいと必死に掴まるが、トウモロコシが僕を容赦なくベシベシと叩いてくる。


「痛っ! わっ、ぶふぉっ、わーーーっ!」


 トウモロコシで仰け反った所で、メェメちゃんが後ろ足で立ち上がったので、堪えきれずに落ちてしまった。


「ンメッ。ヘッヘッヘ(だっせぇ。へっへっへ)」


 視力が回復したメェメちゃんが僕を嘲笑う。……滅茶苦茶、悔しい。メェメちゃん、――いや、もう呼び捨てだ。メェメ、絶対に捕まえてやる! そして、「ごめんなさい……」と謝らせてやるのだ!


「イエロー、大丈夫ですか? 怪我は?」


「マネージャーさん、大丈夫です。すぐに追い掛けましょう。あいつをぎゃふんと言わせてやるんです!」


「凄い気合だな。どうしたの?」


「レッド、聞いてよ! あいつに『だっせぇ。へっへっへ』って言われたんだよ! もう、許せないっ」


 足の速いブルーが逃走したメェメを追ってくれているので、僕達も急いで追い掛ける。


 手を繋いで走っていたピンクちゃんの速度が落ちてきている。弱音を吐かずに一生懸命走っていたピンクちゃんは限界のようなので、マネージャーさんに伝える。


「ピンク、来なさい。おんぶします」

「はぁ、はぁ、すみません……」


 ぐったりとしたピンクちゃんを背負ったマネージャーさんは、速度が全然落ちない所か速くなっている。この人って本当に万能というか天才というか。良く思う事だけど、何でこんな凄い人がマネージャーをしているのかが不思議でならない。一人でガンガン成功できそうなのになぁ。


「おい、見えたぞ!」


 レッドの声で前方を見ると、ブルーが水球を撃ち出して走るのを妨害している。


「メェーッ!」


 埒があかないと思ったのか、メェメが僕達の方に走って来る。ピンクちゃんを守らなければと、ホワイトと僕で立ち向かう。


 暫く何も見えない程のフラッシュを僕が放ち、風の網でホワイトがメェメを捕獲する。滅茶苦茶に暴れているが、網は形を変えて締め上げていく。


「メェ、メヘェ! (離せ、離せよ!)」


 そう言われて誰が離すものか! とうとう身動きが取れなくなって睨んで来るメェメに言い放つ。


「大人しくおじいちゃんの元へ帰れ!」

「メェッ⁉ メー、メヘヘェ! (何だと⁉ 黄色の目立ちたがり屋め!)」


「目立ちたがり屋? 僕は元々こういう色なんだから、仕方ないじゃないですか」


「そうよ。カフベ族はカラフルな毛並みの種族なの。イエローちゃんに謝って頂戴」


「メェ、メヘーメェ、メー(けっ、庇われるとは情けねぇ野郎だぜ)」


 ピンクちゃんが言い返そうとすると、マネージャーさんが止める。ひっ、仮面のように表情が無い。あれは相当頭に来ている時の顔だ。


 ホワイトが制御している風の網に手を掛けると、楽しそうに目が細められる。


「あなたには教育が必要ですね。ホワイト、私が闇で縛り上げるので魔法を解除していいですよ」


「はーい」


 粘着質な闇で手足を封じると、マネージャーさんは紐のような闇をくっつけて、ズルズルと引き摺りながらトウモロコシ畑に戻って行く。


「少し待っていて下さい。さぁ、メェメ。お勉強の時間ですよ」


 恐れ慄く僕達はただ首肯し、空気が読めないメェメは口での抵抗を試みている。マネージャーさんには自分の言葉が通じないという事が、頭から抜けているようだ。


「あいつ、終わったな」

「そうですね」


 レッドとブルーが頷き合っている。僕とホワイトは怖いもの見たさで畑を凝視する。


「イエロー、見えた?」

「ううん。葉っぱしか見えないよ」

「この位置じゃ見えないね。もっと近付いてみる?」


「見付かったら、今度は僕達が同じ目に遭うかもしれないんだよ? マネージャーさんは怒らせない方がいいよ」


 残念そうなホワイトの気持ちも分かるが、我が身が大事だ。世の中には怒らせてはいけない人が居ると思う。僕の中で怒らせちゃまずいのは、ピンクちゃんとマネージャーさんだ。


 ピンクちゃんて普段はおっとりしていて優しいけど、結構はっきりと物を言う所がある。嫌われて必要最低限の会話しかさせて貰えない所を想像すると、涙が溢れそうだ。そうなったら、ゴッキュマンを辞めるしかない。あ~、思考が暗い方に流れて行くよ~。想像だけでこれだけ凹むのだから、そんな未来は絶対に来ないで欲しい。


 マネージャーさんが消えた方からは、断続的にメェメの悲鳴のような声が聞こえる。言葉でズッタズッタなのか、拳なのかは分からないが、この世の終わりを見せられていそうだ。僕達は怯えて待ちながら、『マネージャーさんは敵に回すな』という事を、より強く認識したのだった。


「お待たせしました。さぁ、メェメいらっしゃい」

「メェ……。(はい……)」


 優しく声を掛けるマネージャーさんに、気力や体力を根こそぎ奪われたようなメェメが従順に従う。それを見た僕とホワイトは震えながらブラウンに抱き付く。


「ホワイト、メェメ、ひと回り縮んでない?」

「僕もそう思った。足がヨレヨレしているよ」


 二人でコソコソ話していると、マネージャーさんが穏やかに微笑む。


「きちんと理解を得られましたので、二度と脱走する事はないでしょう。そうですね、メェメ?」


「メェッ、メェッ!(はい、はい!)」


 言葉は分からない筈なのに、「良いお返事です」と満足気だ。……本当に分からないのかな?


「では戻りましょうか」


 促すようにマネージャーさんがメェメの背に触れると、ビクッと体が跳ねている。一体、どれだけの恐怖を味わったのだろうか? 僕らを見回すメェメの目が同情に溢れている。もしかして、僕達は可哀想な人だと思われている?


 マネージャーさんは普段は優しいと言っても信じて貰え無さそうだ。だって、怖い所が体から消えた訳じゃないもんね。それをひっくるめてマネージャーさんという人なので、諦めるか丸ごと受け入れるしかない。僕だって色々内包しているだろうし、お互い様だ。


 マネージャーさんを先頭に僕達は大人しく続く。ピンクちゃんの手を引きながら、長閑な牧場の景色を楽しむ。何故だか羊が僕に「フンッ」と言わなくなった。メェメが大人しく従う姿に衝撃を受けたのだろうか?


 戻って来ると、おじいちゃんが牧羊犬を撫でながら、外のベンチに座って待っていた。


「ただいま戻りました」


「おぉ、皆さん、お帰りなさい。メェメもお帰り。ん? 何だか元気が無いねぇ。疲れたのかい? ――ははは、くすぐったいよ。寂しかったのかい?」


 メェメが頭を擦りつけて、全力でおじいさんに甘えている。世の中には怖い人も居ると学んだから、優しいこの人の側から離れる事はもうないだろう。


「メェメはどこに居ましたか?」

「トウモロコシ畑です。一つ質問なのですが、羊は黄色が嫌いなのですか?」


「黄色が嫌いだというのは聞いた事がありませんねぇ。黄色い羊なら居ますよ。ほら、あの一角に」


 大小の石がある所で、黄色い羊が五頭、前足を載せて恰好つけている。口にはその辺りで摘んで来たのか、ピンク色の花まで銜えている。


「……いつもああなんですか?」

「ええ。前足を載せるのが楽しいようなんですよ」


 マネージャーさんは頭が痛いのを堪えるような表情で僕を見て来る。


「イエロー、話を聞いてきなさい」

「えっ、あの一団に⁉」


「そうです。一人が嫌なら、ワクワクした顔をしているホワイトを連れて行きなさい」


「よし、行こう!」


 ホワイトに無理矢理連れて行かれる。あの集団には近付きたくなかった……。


「こんにちはー。ポージング決まっていますね~」


「メェ、メヘェイ⁉ ――――ンメェ?(おお、分かるかい⁉ 他の羊なんて全く理解しないから嫌になってしまうよ。なぁ?)」


「メェメェ。メヘへメェ――――メェー(そうそう。何度言っても馬鹿にしたような態度でね。この目立ちたがりとか言うんだ)」


 原因はこの羊たちか。僕は単に巻き込まれただけのようだ。


「誰に教わったんですか? それとも独自に?」


「メェー、メェメヘェ――――メェ(最初はメェメがこんな感じでやっていたんだよ。それを見て恰好良いと思ったんだ)」


 またしてもメェメか。今日はあいつの所為で散々な目に遭った気がする。だが、終わりよければ全て良し! マネージャーさんによって更生したからいいんだ! そう思わなきゃやっていられない。


 楽しそうに会話していたホワイトが、羊の真似をして片足を岩に乗せる。僕はもう帰ってもいいだろうか? 一緒にやろうと言われる前に逃げ出したい。


「えへへ~、満足~。イエロー、戻ろう」

「う、うん。皆さん、ありがとうございました」


 お誘いかと思ってドキドキした。気が変わらない内に戻らなければ。


「どうでしたか? 原因は分かりましたか?」


「あの恰好良いポージングが、他の羊には理解出来ない所為でした。メェメちゃんが最初に始めたらしいですよ」


「メェッ、メヘェッ! (あいつら、余計な事を!)」


 マネージャーさんをチラチラ見ながら、メェメが後退る。ホワイトは気付かずにご機嫌で話を続ける。


「成程。それで黄色は目立ちたがりと言われてしまうのですね。イエロー、良かったですね。あなたには何の原因もありませんでしたよ」


「はい、本当に良かったです。そろそろ出発しますか?」


 今日はもう休みたい。羊はしばらく懲り懲りだ。


「そうですね。お爺さん、私達はこれで失礼しますね」


「おや、もう行かれてしまうのですか? 残念ですが仕方ありませんの。今日は本当にありがとうございました。この近くに来た時はまた寄って下さい。妻の作るアップルパイは最高なんですよ」


 食べ物の名前を聞いてお腹が空いて来る。夜のコーンスープが待ち遠しくて仕方が無い。もう毎食でも構わない、粒々コーン!


「ふふふ。大鍋いっぱいに作るわね、イエローちゃん」

「へ? ピンクちゃん、なんで分かったんですか?」

「顔を見りゃ一目瞭然だろ。目がコーンになってるぞ」

「ええーーー⁉」


 慌てて顔をペタペタ触るけど、いつもと変わらない。黒目がコーンになってるのかな? 鏡をゴソゴソ探していると、ブラウンに止められる。


「例え。ちゃんといつも通りのイエロー」

「そっかー。もう、レッド酷いよ~」

「真に受けるとは思わねぇだろ。ほら、行くぞ」


 レッドにおんぶされて馬車まで運ばれて行く。


「おぉ~、速い~」

「だろ。光の国まで飛ばすぜ」


 レッドなら本当にやってしまいそうだ。馬車に乗り込み、全員で手を振る。


「おじいちゃん、お元気で~」

「メェメちゃん、もう脱走しちゃ駄目よ」

「じいちゃん、またな~」


 おじいちゃんはにこやかに手を振り、メェメはじっと見ているマネージャーさんの視線を避けるように、おじいちゃんの後ろに隠れている。僕と目が合うと、「メヘェ、ンメヘヘェ~(黄色いの、生き延びろよ~)」と同情たっぷりに言われた。僕はいつから死と隣り合わせの日常になったのだろうか? 隣のマネージャーさんを見上げると、ニコリと笑みを返される。味方の内は最強の守護じゃなかろうか?


 ガタゴトと進む馬車の中は賑やかだ。今日のおかずは肉か魚で意見が割れているらしい。御者台にマネージャーさんと居る僕は、コーンスープさえあればいいので呑気に聞いている。


「マネージャーさんはどちらがいいですか?」

「私ですか? ……羊肉、でしょうか?」


 クスクスと笑うマネージャーさんに戦慄したのは、僕だけじゃないらしい。話し声はピタッと止み、柵の側に居た羊が最速スピードで逃げて行く。


「――おや、どうしました? 冗談ですよ、冗談。ふふふ……」

「は、はは、ははは……」


 マネージャーさんの冗談は心臓に悪い。新たな一面が僕の心のメモに赤字で追加された。





――その頃のメェメ。


「メヘェッ⁉ (寒気が⁉)」


 ブルリと大きく身を震わせると、一目散に優しいおじいさんの元へ走り寄るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その後、メェメは常におじいさんの側で過ごし、脱走する事はなくなったそうな。その激変の理由を問うと激しく震え、他の羊に語る事は一切なかった。


 『マネージャーさん』。その男には気を付けろと、緑の国の羊たちの間で有名になったのは余談である。


ぎゃふんと言わせたのはマネージャーさんでした(笑)。イエローがプンスカ怒っても大した迫力はありませんからね~。ブラウンやピンクの方が怒ると迫力大です。


地道に今後も更新していきますので、よろしくお願いします。お読み頂きありがとうございました。

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