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クマ戦隊 ゴッキュマン  作者: 美音 コトハ
2/5

02.消えたブローチ

 次の日も無事にショーをこなす。だが、昨日約束したおじいちゃんが来ていなかった。


「ねぇ、ホワイト。おじいちゃん、急用が出来ちゃったのかな?」


「気になるよね……。今はほとんど息子さんに任せているけど、確か靴屋さんをやっているって聞いたよね」


「そうそう。赤い看板が目印だって言っていたよ」


「じゃあさ、アイスキャンディーを買いに行くついでに見て来てよ。サインも書いたんだしさ」


「そうだね、行ってみるよ」


 ピンクちゃんと合流し、おじいちゃんに会いたい旨を伝えると快く頷いてくれた。


 通称、『革ずくめ』と呼ばれる通りをゆっくり歩く。えーと、赤い看板、赤い看板……。


「――あっ! あれじゃないかしら?」


 ピンクちゃんの指さす方を見ると確かに赤い看板が。


「さすが、ピンクちゃんです。早速行ってみましょう!」

「ええ」


 ドアベルを鳴らしながら中に入ると、緑のエプロンを掛けたおじさんが迎えてくれた。


「いらっしゃい。あれ? 君達、もしかしてヒーローショーをやっている子達?」


「はい、そうです。突然お訪ねして申し訳ありません。おじいちゃんが来なかったので心配になって来てしまいました」


「そうか、心配かけて済まなかったね。実は親父は友達の探し物を手伝っていてさ」


 その時、僕達の後ろでドアベルが鳴ったので思わず振り返ると、くたびれきった顔をしたおじいちゃんとお友達だった。


「あれ? イエローちゃんじゃないか。どうしてここに?」

「親父、心配して来てくれたんだよ」

「そうか、それは済まなかったね。約束を破ってごめんよ」


「いえ、おじいちゃんが無事ならそれでいいんです。あ、そうだ。これお約束のサインです」


「でも、約束を――」


 遠慮するおじいちゃんに、ちょっと強引に押し付ける。


「いいんです。これはお二人の為に書いたサインなので受け取って下さい」

「ああ、ありがたいね。ほら、カンちゃんの分もあるよ。これで元気を出して」

「こりゃあ、元気が出るね。行けなかったのに、こんな嬉しい物を……」


 涙ぐんでいる姿に慌ててしまう。


「どうされましたか? 何か僕が――」


「いや、違うんだよ。実は親に貰った大事なブローチを失くしてしまってね。一昨日からずっと探していて、今日はサンちゃんにまで手伝って貰ったんだけど見付からなくてね……」


 その沈んだ表情でいかに大事にしていたかが分かる。何とか力になってあげたい。


「イエローちゃん、マネージャーさんに相談してみましょう」


「そうですね。おじいちゃん達、無理にとは言いませんが一緒に来て下さい。僕達がお力になれるかもしれません」


「君達がかい? 今は少しでも人手が欲しい所だけど……」

「カンじいちゃん、行くだけ行ってみなよ。良い知恵が出るかもしれない」

「そうだねぇ、行ってみようかね」

「では、一緒に行こう」

「サンちゃん、済まないねぇ」


 アイスキャンディーは取り敢えず後にして、お二人を一座に連れて行く。


「――マネージャーさん、ちょっといいですか?」

「アイスが買えましたか?」

「いえ、実はまだ。ご相談がありまして」


 おじいちゃん達を手招きすると、見覚えがあるらしくマネージャーさんが丁寧にお辞儀している。


「いつも来て頂いてありがとうございます。何かお困り事ですか?」


「ええ、実は大事なブローチを失くしてしまいましてね。この子達があなたなら良い知恵を貸して下さると言うので、お言葉に甘えて来てしまいました。僅かばかりですが報酬をお支払いします。どうか、探す手伝いをして頂けませんか?」


「成程。では、まずどのようなブローチか、どの辺りで失くしたかの心当たりなど、詳しい情報を教えて頂けますか?」


 舞台前の席に座って貰って話を聞く。沢山歩いて足が痛いのか擦っている姿に胸が痛む。よっぽど大事な思い出の品なのだろう。


「青メノウで出来たカメオで、髪の長い美しい乙女が彫られています。私の拙い絵ですが参考になるかと」


 これで拙いの? プロレベルですよ、おじいちゃん!


「まぁ、とても綺麗。乙女の部分は白くて周りは青いのですね」


「そうなんだよ。それでね、どの辺りで失くしたかなんだけど、その日に行った場所は、いつもの通りにサンちゃんの家に行って、えーと、名前が出て来ない。何だったかな?」


「アイスキャンディーのお店だって言っていたよねぇ」

「そうそう。何だっけねぇ……」


 そういう時ってありますよね。喉の所まで来ているんだけど、出て来なくてモヤモヤしてしまう事。でも、僕が答えを知っているかも。


「もしかして、『マルカ』というお店ですか?」

「そう、それだよ! イエローちゃんは素晴らしいね」


 手を握られてブンブンと握手される。お役に立てて良かった。


「その二軒だけでしょうか?」


「立ち寄ったのはその二軒だけなんだよ。『マルカ』も通り沿いにあるし、一本道で大した距離もないのに見付からなくてね」


「では、我々もその二軒と通りを隅々まで探してみましょう。イエロー達は私達と目線の高さが違いますから、何か気付くことがあるかもしれません」


「お願い出来ますか? 済まないね、イエローちゃん達」


「いいんですよ。きっとブローチもおじいちゃんの所に帰りたがっていますから、早く見付けてあげましょう」


「ありがとうねぇ」


 ハンカチで涙を拭っている。早く安心させてあげないとね。


「ピンク、レッド達を呼んで来て下さい」

「はい」



 ここから近い場所から行こうという事で、マルカ、カンおじいちゃん、サンおじいちゃんの家の順に向かう事になった。


「いらっしゃいませ。あ、昨日の子じゃんか。早速買いに来てくれたのかい?」


「用事が終わったら必ず買いに来ます。その前にブローチが落ちていないか探させて下さい」


「ブローチ? じいちゃん達、まだ見付からないの?」

「そうなんだよ。何度も来てごめんよ」


「それは構わないよ。俺もさっき台を動かして見てみたんだけどさ、見付からなかったんだ」


「そうか……。迷惑を掛けたね」

「いいんだよ。じゃあ、どこに行っちゃったんだろうな?」


 僕達も台を動かさせて貰って隅々まで探したけど、やはり見付からなかった。


「無いか。ご店主、ありがとうございました」


 マネージャーさんがお礼を言って扉を開いた所で、何かが神経に引っ掛かる。何だろう? 扉のすぐ近くにあるのは、壁にしか見えない掃除用具などを入れておく小さな空間だけだ。「一応見る?」と言われてレッドが喜んで入っていた。


「イエロー、どうしました? 行きますよ」

「は、はい。失礼します」

「またね」


 最後尾をピンクちゃんと共に歩きながら、先程の引っ掛かりを考える。……そうだ、どこかで嗅いだ匂いがしたんだ。記憶を探っているとピンクちゃんが僕の肩を叩く。


「イエローちゃん、着いたわよ」

「え? あ、ありがとうございます」

「どうかしたの?」

「いえ、大した事じゃないですよ」

「そう? 何かあったら言ってね」

「はい、分かりました」


 カンおじいちゃんのお家は鞄を作っていた。職人さんにも協力して貰って、ミシンの下にゴソゴソと潜ったりして、工房の中も探させて貰う。


 皮が棚にいっぱい置いてあって、皮独特のちょっと渋い煙のような匂いが薄っすらとする。皮の木というのがあって、樹皮がベロンと上から下まで一気に剥けるらしい。一度、生で見てみたいものである。


「イエロー、そちらはどうですか?」

「マネージャーさん、ありません」

「レッド達も見付からなかったようですね」


 首を横に振って戻って来た。次で見付からなかったら外を探し回るしかないな。


 サンおじいちゃんの家も隅から隅まで探したけど無かった。扉を開けるとブルーと灰色を混ぜたような毛色の猫が通りを走り去って行く。


 それを見て、『マルカ』で感じた何かの正体に気付く。僕は慌てて、再びマルカに向かって走って行く。


「イエロー⁉ どうしたんですかっ」


 マネージャーさん達も慌てて僕を追って来る。だが、気が急いている僕は更に速度を上げて走る。


「――マルカさん!」


 扉をバンッと勢いよく開けると、マルカさんの肩が大きく跳ねる。


「うぉわっ! あ、あれ、イエローちゃん? はぁ、びびった……。あのさ、俺の名前はタジハルなんだけど」


「そうなんですか⁉ すみません! え、えっと、聞きたい事があるんです」


 そこへ仲間達もやって来る。


「イエロー、きちんと説明しなさい」

「マネージャーさん、その前に確認だけさせて下さい」


 訝し気にしながらも頷いてくれた。よし、聞いちゃうぞ!


「つい最近、猫がこのお店に入って来ませんでしたか?」


「猫? ――ああ! あった、あった。お客さんが扉を開けた所で、二匹で取っ組み合いしながら転がり込んで来てさ。慌ててほうきで追い払ったんだよ」


「どんな猫でしたか?」


「三毛猫と黒猫だよ。三毛猫は体が他の猫よりもひと回り大きくて、ふてぶてしい顔をしていたよ。黒猫は左耳に怪我していたな。多分、三毛にやられたんじゃないかな?」


「ありがとうございます! 失礼します」


 お店の外に飛び出ると、ピンクちゃんに案内されてゆっくりと歩いて来たおじいちゃん達が到着した所だった。


「ピンクちゃん、おじいちゃん達と一緒に、カンおじいちゃんのお家に戻っていて下さい」


「ええ、分かったわ。頑張ってね」


 詳しく説明しなくても分かってくれる。ピンクちゃんは本当にありがたい存在だ。


「マネージャーさん、走りながら話します」

「了解。レッド達、行きますよ」


 あの匂いはヒーローショーの会場によく来ていた猫の匂いと一緒だった。気ままに会場の椅子の上を歩いたり、何故か僕を見ると薄笑いを浮かべて、「ニャアニャ(ばーか)」と言う小生意気な猫だった。


「そいつなら私も見掛けました。三毛のふてぶてしい猫……ああ、そういう事ですか」


「はい。あいつは光り物が好きで、お客様の宝飾品をギラギラした目でよく見ていました」


「どこに居るか分かるのか?」


 レッドが僕の隣に追いついて聞いてくる。


「僕が鞄を直して貰ったお店のすぐ脇が行き止まりの通路になっていて、猫のたまり場になっていたんだよ。そこにボスみたいな感じであいつも居たよ」


「そっか。よし、急ごうぜ!」


 ショーの会場近くまで戻って来た所で、黄色い手提げ鞄の形の看板が見えて来る。


「あの黄色い看板のお店の脇だよ」

「了解! 逃げられないように横一列で立とうぜ」


 行き止まりの路地に並ぶと、猫が一斉に目を光らせて僕達を睨んで来る。


 建物の影になっているので薄暗く、木の四角い箱が幾つも積まれている。その一番高い所に、ふてぶてしい三毛猫が居た。


「ニャー、ニャーニャー(何の用だ、さっさと消えな)」


 手下と思われる真っ白い猫が、そう言いながら歩いて来る。


「聞きたい事があるんです。髪の長い美しい乙女が彫られている、青メノウで出来たカメオを見掛けませんでしたか?」


「ニャーニャニャニャー(知る訳ないだろ。さっさと帰んな、クマ公)」


 むっかー! 誰がクマ公だ、このネコ! だが、ここは冷静に。はい、深呼吸、スーハー……。ニッコリ笑顔でもう一度挑戦だ。


「他の皆さんは知りませんか?」


 全員そっぽを向いてしまった。何なの、その態度! 『気を付け!』と言ってやりたい。


「……ニャー、ニャニャニャニャー?(何でそんな事を知りたいんだい、兄ちゃん?)」


 お、三毛が喋った。取り敢えず話をしてくれるようだから、怒りは横に置いておこう。


「あのカメオを探している方が居るんです。親御さんから貰ったとても大事な物なんです」


「ニャー、ニャニャ。ニャニャニャー(さぁ、知らないね。帰ってくれ)」


 更に言い募ろうとすると、マネージャーさんに止められる。


「帰りましょう」

「でも――」


 ブラウンが僕の腕を掴まえて強引に引っ張って行く。


「ちょ、ちょっと、ブラウン!」

「マネージャーさんの命令は絶対だ」

「……分かったよ」


 渋々とカンおじいちゃんの家の方向に歩いて行く。


「ここまで来ればいいでしょう。ブルー達は周りの警戒をお願いします」

「了解です」


 マネージャーさんが手招くので近付く。何がいいでしょうなのかな?


「あの猫は嘘を吐いています。カメオの話の時に、手に落ち着きがありませんでした。もしかすると、あの箱のどれかにカメオが入っているのかもしれません」


「え⁉ 全然気付きませんでした」

「ブラウンが真っ先に気付いてくれたのですよ」


 ブラウンが頷いて周りの警戒に戻る。ブラウンって頭が良くて、細かい事によく気付くんだよね。無口だけど優しくて、とても頼りになるのだ。


「ですので、夜中にもう一度行ってみようかと思います。夜になれば猫たちは家の中に居ますからね」


「了解です。明日出発予定でしたけど、大丈夫ですか?」


「構いませんよ。次の公演まで余裕がありますから、他の皆さんにはいい骨休めになるでしょう」


 カンおじいちゃん達に説明すると、自分たちも行くと言って聞かないので、一緒に行くことになった。



 夜になりサンおじいちゃんの家に行くと、しっかりした体つきの男性が増えていた。マネージャーさんが質問するようなので、僕は黙っておこう。


「何故、兵士の方が?」


「知り合いでね。老人と熊さんだけでは危ないからと、息子が連絡してくれたんだよ」


「そうでしたか。ありがとうございます」

「いえ。では参りましょうか」


 辿り着いて路地を覗くと、街灯の明かりは奥まで届かず、昼間よりもなお暗くて不気味だ。でも、マネージャーさんの予想通りに猫は居なかった。


「イエロー、魔法の光をお願い出来ますか?」

「了解です」


 スイカぐらいの大きさの光を浮かべると、手元までちゃんと見える。一個で大丈夫かな。


「手分けして探しましょう。レッドとブルーと私は右上を。ブラウンとホワイトと兵士さんは左上を。カンさんとサンさんは左下を。イエローとピンクは箱が一番少ない右下をお願いします」


 路地の中を大まかに四つに区切って探し始める。一番箱が多い所は体力があるレッド達が担当だ。


 僕達が担当している部分は空っぽの箱ばかりだったので、早々に終わる。


「おじいちゃん達を手伝いましょうか」

「そうね。そうしましょう」


 声を掛けようとしたら、こちらも空っぽの箱ばかりだったらしく、「終わりだねぇ」と言っている。


「ホワイト、そっちはどう?」

「空ばっか。時々、空瓶の箱があるだけだよ」


 レッド達はと見ると、マネージャーさんが重い箱を担当しているようだ。


「ピンクちゃん、レッド達を手伝いましょう」

「ええ」


 渡された箱からゴソゴソと中身を出す。


「梱包材かな?」

「そうね。紙が細く切られているわね」


 ブローチが紛れ込んでいないか慎重に探す。うーん、無いなぁ。


「カンちゃん、そっちはどうだい?」

「梱包材ばかりだねぇ。ここじゃないのかねぇ……」


 落ち込んで来てしまった。早く見付けてあげなきゃ。


「イエロー、次はこれをお願いします」

「はい」


 マネージャーさんが次々と箱を割り振ってくれるので、黙々と確認していく。


「これで最後だな」


 レッドが最後に開けた箱は空っぽだった。ここじゃなかったのかな?


「無かったねぇ。――皆さん、夜中に集まってくれて、どうもありがとう。もう探すのは諦めるよ」


 ――悔しい。こんな悲しそうな顔をさせたまま終わりを迎えるなんて、ヒーローとしてあるまじき行為だ。


「待って下さい! 箱以外にも探す所はあります」


 僕は地面に這いつくばって探す。あいつの匂いが濃い所とか、足跡や毛がいっぱい落ちている所などは、何かあるかもしれない。


「イエローちゃん、もういいんだよ。そんな事しなくても――」


「よくありません! 親御さんに貰った大事な物なんですよね? 僕はショーの間だけとは言え、ヒーローなんです。お客様を悲しい顔のまま帰すなんて有り得ません!」


「――そうだな。俺も探すぜ」


 レッドも這いつくばって探してくれる。


「私も探しますよ。レッド達だけに良い恰好はさせませんよ」


 ブルーも隣に並ぶ。ブラウンとホワイトも諦めずに、レンガ積みの壁を確認してくれている。


「みんな……ありがとう」


「何でお前が礼を言うんだよ。俺達は自分の意思でやってんだよ。ほら、お前も探せ」


「うん!」


 マネージャーさんと兵士さんは、探しやすいように箱をどんどん移動させてくれる。


「皆にお任せしましょう。私たち獣族は鼻も目もとってもいいんですよ」

「私の為にこんなに土で汚れてしまって……。やはり、私も!」

「カンさん、足が痛いのに無理しちゃ駄目ですよ。一緒に見守りましょう?」


 ピンクちゃんが、おじいちゃん達をしっかり励まして見ていてくれるので安心だ。


 レッド達と横一列になって地面をくまなく探していく。いま探しているのは、三毛が居た箱の裏側あたりだ。


 ん? ここは地面が少し盛り上がってフカフカしている気がする。それにあいつの匂いが非常に濃い。手で土を払いのけて行くと、光り物がジャラジャラと出て来た。


「皆さん、来て下さい!」


 魔法の光を近くに持って来て照らして見せる。


「うぉー、高そうな物がいっぱいじゃん!」


 レッドが興奮して声を上げると、皆が周りを囲む。


「イエロー、カメオは有りますか?」


 マネージャーさんはいつでも冷静ですね。僕も見習わないと。


 木の箱の上に指輪やネックレス、時計などを一個ずつ並べていく。


 そして、出て来た楕円形のブローチ。後ろ向きだったそれをひっくり返すと――。


「そ、それだ! 私のブローチだ!」


 カンさんが喜びの声を上げてサンさんと肩を抱き合う。


 魔法の光に照らされた綺麗な乙女の横顔が、僕の手の中で微笑んだ気がした。カンさんの元に帰れて良かったね。


「良かったねぇ、カンちゃん! イエローちゃん、お手柄だよ」


「えへへ。僕だけじゃないです。皆が協力してくれたからですよ。はぁ~、良かった……」


 力が抜けて地面にペタンと座り込む。僕が持っていると土が付いてしまうので、マネージャーさんに渡しておこう。


「すみません。その穴の中にあるものを全部出して頂けませんか?」


 兵士さんが難しい顔で穴を見つめている。そっか、これも探している人が居るよね。


 その後もピアスに金時計、腕輪、髪飾りなどが出るわ、出るわ。あの三毛は泥棒していたのかな? それとも拾い集めていたのだろうか?


 書類と貴金属を交互に見ていた兵士さんが声を上げる。


「これは失せ物の届けが出ていた物ばかりだ! これらはこちらで保管させて頂きますね」


 皆も一生懸命探して見付からなかったんだろうな。早く持ち主さんの所へ帰れるようにお祈りしておこう。神様、お願いします……。


「こちらをどうぞ。土は払ったんですが、まだ付いているかもしれません」


「ああ、済まないねぇ。水で洗うから大丈夫だよ。はぁ、これを持っているとホッとするよ。皆さん、本当にありがとう」


 改めて頭を下げてくれるカンおじいちゃんに、僕達も頭を下げる。


「遅いですから送って行きます。参りましょう」

「マネージャーさん、済まないね。家に付いたら報酬をお渡ししますよ」


 兵士さんはそのままお城に行くそうなので、僕達はおじいちゃん達とゆっくり歩いて行く。


「鼻にまで土が付いているよ。うちのお風呂に入って行くかい?」

「サンさん、大丈夫ですよ。僕達は公衆浴場に行きますから」


「そうかい? 遅くまで悪かったねぇ。イエローちゃんの諦めない強い心があったから見付かったんだよ。やっぱり、ヒーローは違うねぇ。ありがとう」


 そう言われて今更ながらに恥ずかしくなる。僕はかなり恥ずかしい事を言っていなかっただろうか?


「ふふふ、イエローちゃん、恰好良かったわ。まさしくヒーローね」


「ピンクちゃん! これからもヒーローとして恥ずかしくないように頑張ります!」


 ピンクちゃんに恰好良いって言われた! ピ・ン・ク・ちゃ・ん・に! あ~、幸せで溶けてしまいそうだ。


 ん? いま何かが引っ掛かった。溶ける、溶ける……。


「あーーーっ! アイスを買うの忘れた! わーん、皆に怒られる~」


「急に叫んでどうしたのかと思えば……。明日、行けばいいでしょう。午前いっぱいは居ますよ」


「本当ですか⁉ あー、良かった……」


 みんな食い意地が張っているから、買い忘れたと言ったら、どんな目に遭わされる事か。技をかけられなくて良かった……。


 サンさんは途中で息子さんが迎えに来てくれたので、カンさんの家の前でお別れだ。


「皆、ありがとうね。またショーに来てくれた時は絶対に行くからね。楽しみに待っているよ」


「はい。おじいちゃんのご声援のお蔭でいつも元気になれました。また公演に来るので、元気いっぱいの姿を見せて下さいね」


「勿論だよ。カンちゃんと一緒に大きな声で応援させて貰うよ」


「そうだとも。すっかりゴッキュマンのファンだからね。今度は必ず全部見に行くよ」


「えへへ、楽しみです。またサインをお渡ししますね」

「先の楽しみが増えたねぇ。それじゃあ帰るよ、元気でね」

「はい。サンさんもお元気で」


 手を振って見送っていると、カンおじいちゃんの家の扉が開き、白髪をお団子にした可愛らしいおばあちゃんが出て来る。


「皆さん、お茶でもいかかですか? 疲れたでしょう」

「いえ、僕達は土がいっぱい付いているので」

「あら、大変。お風呂に入って行く?」


「お気遣いありがとうございます。これから皆で公衆浴場に行きますから大丈夫ですよ」


「そう? あ、クロ待ちなさい。出ちゃ駄目よ」


 黄色い目をキランとさせながら黒猫が歩いて来る。左耳を怪我しているようだ。……まさか。


「三毛猫と争ったのは君ですか?」


「ニャ。ニャーニャーニャン――(はい。ご主人様の落としたブローチをあいつが持ち去ったんです。返せって言ったんですけど聞いてくれなくて、とうとう喧嘩になってしまったんです。でも、僕では勝てなくて……。ご主人様の力になってあげられなかった……)」


 訝し気な顔で聞いていたおじいちゃんに通訳してあげると、クロ君を優しく抱っこする。


「何を言っているんだい。私の為にこんな怪我をしてまで頑張ってくれたんだろう。お前の優しい気持ちだけで十分だよ。いつも側に寄り添ってくれて、ありがとうね」


「ニャ~」


 泣きそうな声で鳴くと、胸元に頭を擦りつけている。


「こらこら、耳の怪我に障るよ」


 おばあちゃんにクロ君を渡すと、僕達に深々と頭を下げてくれる。


「本当にありがとうございました。しかも、クロの言っている事が分かるなんて、とても嬉しかった。本当に君達は私のヒーローだよ。ありがとう、ゴッキュマン」


 全員で目を合わせて頷き合い、手を重ねていく。今日は人数が多いから円陣だな。


「おじいちゃん達、手を重ねて下さい」

「おっ、あれだね!」


 きちんと分かってくれた。流石、常連さんだ。おばあちゃんがクロ君の小さな手を一番上にちょいっと載せる。えへへ、最高です。


「我ら『クマ戦隊、ゴッキュマン』は必ず悪を討つ! この地を平和で満たせ!」


「おーっ!」


 夜中なので小さめな声だが、思いっきり気持ちを込める。手を下に押し合ってパッと離すと、全員が良い笑顔だ。


「いいねぇ、これに参加出来るなんて思わなかったよ。サンちゃんが悔しがるだろうなぁ」


「ふふふ、私も初めて参加しました」

「そう言えば私もですね」


 そっか、ピンクちゃんとマネージャーさんも初めてなんだっけ。僕にとっても良い思い出だな。


「これで失礼します。お元気で」

「またね」


 マネージャーさんの別れの挨拶に合せて全員で礼をする。いつまでも見送ってくれるご夫婦に何度も手を振りながら帰った。





 次の日、ピンクちゃんと共に念願のアイスキャンディーを買いに行く。


「お、いらっしゃい。聞いたよ、おじいちゃんのブローチを見付けたんだってね」

「もう知っているんですか?」

「ああ。おじいちゃんが開店と同時に来て教えてくれたよ。本当に良かったよね」

「お役に立てて良かったです。これで安心してこの町を出られます」

「え、行っちゃうの?」


「はい、午後には出発します。なので、絶対にアイスキャンディーを買って行かないと、僕はボッコボッコにされてしまいます」


「そ、そっか。激しい一座だね……」


 ちょっと引いているタジハルさんに気付かず、真剣に自分のアイスを選ぶ。あ~、いっぱいあって迷っちゃうよ~。


「私はこれにするわ」

「ピンクちゃんはオレンジですか?」

「ええ。とっても美味しかったから同じものにするわ」

「んー、じゃあ僕はパイナップルにします!」


 イチゴとブドウも捨てがたいけど、これに決めた!


 メモを片手に探していると、タジハルさんがひょいっと抜き取ってしまう。


「あっ!」

「俺が探してあげる。これでも店長だから早いよ?」


 ニヤッと笑うと凄い勢いでカゴの中に入れて行く。うわぁ、僕達とは段違いのスピードだ。


「えっと、このレッドお任せって言うのはどれにする?」

「チョコレートでいいですかね?」


「レッドちゃんがチョコを食べる所はあまり見ないから、果物系が良いと思うわ」


「ん~、タジハルさんのお薦めはありますか?」

「レモンなんてどう? 甘過ぎずにサッパリしているよ」

「酸っぱくないんですか?」

「うん。ガツンとくる酸味じゃなくなっているから大丈夫」

「じゃあ、それでお願いします」


 保冷剤を多めに入れて貰ったので、歩いている間に溶けてしまったりはしないだろう。


「お幾らですか?」

「もう貰ってあるよ」

「え、どういう事ですか?」


 僕はマネージャーさんから貰ったお金をまだ出していないよね?


「カンさんがね、君達が買いに来るだろうから、お金は自分が払うって言って置いて行ってくれたんだよ」


 おじいちゃん……。昨日の僕の言葉を気にしてくれていたのか。何だか申し訳ない気分だ。


「落ち込む必要はないんじゃない? そうしたくなる程の事を君達がしたって事でしょう。胸張ればいいじゃん」


「ふふふ。そうしましょうよ、イエローちゃん。私達、頑張ったでしょう?」

「……はい! 感謝して頂きます」


「うん。俺の作ったアイスは笑顔で食べて欲しいからね。さぁ、溶けない内に帰りな」


「はーい」


 おじいちゃんの家の方に一礼してから、何とも言えない達成感と嬉しさを胸に一座へ帰った。



 アイスを食べて元気を充電し、旅立ちの時だ。


「いい町だったわね」

「はい。また必ず来ましょうね」

「勿論です。ヒーローは約束を守らないといけません」

「はい」


 マネージャーさんに頷いた所で、聞き覚えのある声が小さく聞こえてくる。


 走る馬車の窓から顔を出すと、カンさんとサンさんが大きく手を振って、見送ってくれていた。


「元気でね~。また来るんだよ~」

「ブローチ、ありがとう! また来ておくれ~」

「はい! お二人もお元気で~。また必ず来ます!」

「アイス、ご馳走様でした~」


 レッドが大声で叫ぶ。そう、三本も食べたから、いっぱい感謝しないとね。


 見えなくなるまで手を振ってくれた。思わず涙ぐんでいると、そっと花柄の可愛いハンカチが目の前に差し出される。


「イエローちゃん、使って」

「ピンクちゃん、ありがとうございます。はぁ~、寂しいですね……」


「ふふふ、また会えるわ。それに、この先にはまだまだ沢山の出会いが待っているのよ。ドキドキワクワクの毎日を送って、おじいちゃん達にいっぱいお話しましょう」


「……そうですね。うん、元気出します!」

「ふふふ、その意気よ。さぁ、次は緑の国よ!」

「いざ進めー!」


 賑やかな馬車はガタゴトと進む。出会いと別れを繰り返し、またここに戻って来る。皆が僕達を求めてくれる限り――。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 三毛猫たちのその後――。


 泥棒はしていなかったが、落とした物を確実に拾う為に、手下を攪乱に使ったりしていた事が、獣族の取り調べにより発覚。手下共々、嫌いな水に囲まれた場所で、嫌いな音を二時間にわたり聞かされる刑を受ける。


 ヘロヘロで帰って来た後も飼い主さんにみっちり怒られ、一ヶ月の外出禁止を言い渡される。


 ――そして、彼らは更生した。


 『案内します。行きたい場所を言って下さいニャ』と背中に書いてある服を獣族に作って貰い着用している。猫ほど道に精通している者は居ないのだ。


 手下がゾロゾロと戻ってくる。もう夕方か。今日もそろそろ仕事終了の時間だな。


「ニャ、ニャニャニャ(親分、案内して来ました)」


「ニャ、ニャーニャニャ。――ニャ? ニャウニャ! ニャウウー(よし、良くやった。ん? 迷子発見! 兵士の元へ案内しろ)」


「ニャ! (了解!)」


 こうして俺達は迷っている人を案内したり、悪者を兵士さんに知らせたりして、町の為に働く事で有名になった。


 俺が毎日ヒーローショーに通っていたのは、本当はヒーローになりたかったからだ。自分の外見が悪者のようだとは理解しているし、あの時は中身も悪い奴だった。だから、いつも楽しそうで可愛いらしいイエローに会うたびに、妬ましさから悪口を言ってしまった。


 だが、ゴッキュマンがこの町にまた来た時には、きちんと謝って友情を育みたい。それが今の俺の目標だ。それまで恥じぬ生き方をしようと思う。心もヒーローに近づけてみせるのだ。




ちゃんとブローチを見付けられました。皆、よく頑張った。

三毛猫と手下の道案内には黒猫も時々混ざります。今ではすっかり仲良しです。

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