第9話 敗北
再び中庭に帰還した私。
その手には、例の巨大な剣が握られている。
クラスはバーバリアンを選択した。コテツ曰く、神殺しの剣と最も相性のいいクラスとのこと。
「神殺しの剣のご登場ね。貴方に使いこなせるかしら」
対する氷の女王は右手に長剣、左手にカイト・シールドを構えている。
「氷の女王のクラスはパラディン(LV200)でござる。防御能力に特化したクラスでござるな。本気ではないというアピールですかな」
「もちろんですわ。プレイ時間5時間未満の素人相手ということは、忘れてないから安心して」
氷の女王のメイン職はエレメンタラー。魔法による範囲攻撃を得意とするバリバリの攻撃職である。
しかし、それを使ってこないだろうというコテツの予測も的中。
案外分かりやすいやつじゃないの。女王様。
私はコテツの言葉を思い出す。
「神殺しの剣にはいくつかの特殊能力がござりますが、この戦いで最も重要なのがクリティカル倍率×10の能力でござる。クリティカル・ヒットとは数パーセントの確率で起こる大当たりのようなもの。それがこの剣の場合、通常の10倍という超強力な一撃になるのでござる。とにかく手数で攻め、クリティカル・ヒットが出ることに期待するでござるよ」
戦いは、女王の挑発からスタートした。
「これは自分に攻撃を集中させるアビリティでござる。1対1ではまったく意味をなさない技。つまり、これこそ本当の意味での挑発でござるよ!」
コテツは解説役に就職が決まったようである。
うるさいだけなので止めてほしい。
私は、コテツのレッスンを思い出して、武器を振るう。
1、2、3,4,5。1,2,3,4,5。
「コンボルートを一つに絞って、確実にコンボを成功させる作戦ね。とっても健気で可愛いわぁ。でも、攻撃と攻撃の間隔に無駄が多い。0.1秒単位で無駄を削りなさい」
私の攻撃はほとんど敵の盾に弾かれてしまっている。その間を縫って襲ってくる敵の攻撃。これには為す術もなく、私のHPは少しづつ削られていく。
「あら、意表をついて太刀筋を変えてみたようだけど、コンボが途中で途切れてしまってますよ。ふふふ」
お手本とでも言いたげに、高速の剣撃が襲いかかる。私よりもずっと早い。
しかも、その攻撃パターンは多彩で次の攻撃が全く読めない。
だけど、その大量の被ダメージによって奥義ゲージがいっぱいになった
ここで奥義の発動!
「奥義ゲージを確認するようでは本当の素人でしょ。目の動きでわかるんですよね」
私が放った奥義は、女王のリアクション・アビリティにより無残にも防がれ、ほとんどダメージを与えることができない。
私は我武者羅に武器を振るう。そしてコテツのアドバイスを思いだす。
クリティカル、クリティカル、クリティカル……
手数を増やそうと努力するものの、HPを削られていくのは私のほうだった。
「ダメでござる。アナナス殿の攻撃のすべてに、リアクション・アビリティを合わし、ダメージを反射しているのでござるよ」
理屈は分かるけど、私の攻撃タイミングをすべて見切っているってこと?
コテツとのレッスンでは私のリアクション・アビリティが決まることは一度もなかった。
練習でさえそうなのに、本番でそれを使うのは無謀が過ぎる。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ」
続いて私は激怒アビリティを発動した。怒りの力を爆発させ、ステータスを大幅に増強させるのだ。
「ふふふ。奥の手とでも言いたそうですが、1対1なのですから、そういうのは開幕から使うのがセオリーでしょう。」
女王も私の動きに合わせてアビリティを発動する。
「防御の構え」
「むううう。これは攻撃力を増す激怒の対極、防御力を高めるアビリティでござる。しかも、効果中は徐々にHPが回復するというおまけつき。これは苦しいでござる」
解説ありがとう。
攻めに特化した私のクラスに対して、防御特化のクラスをぶつけてくるとか、実は全然手加減する気ないんじゃないの?これって。
でもやるしかない。作戦はコテツの言うとおり神殺しの剣に頼るしかない。たとえ徹底した防御があっても、この剣の能力ならそれを上から粉砕できるはず。
「電光石火!!」
私はとっておきのとっておきを使うことにした。再使用まで10分が必要となるスペシャル・アビリティ。一定時間、攻撃間隔が半分になるという代物だ。
とにかく手数で押し切るのみ。
「うららららららららららぁぁぁぁぁぁぁ」
もう頭を空っぽにしてとにかく剣を振るう。
この際コンボルートは無視
素人のでたらめな攻撃なら、逆に相手もリアクション・アビリティを合わせることもできないでしょ。
でも、その考えは甘かったようだ。
まぐれ当たりはあるものの。かなりの確率で私の攻撃は反射される。
「思考を読むことなど、ゾディアックでは初歩の初歩ですよ」
優勢だからって好き勝手言いよってぇ。絶対そんなの嘘でしょ?頭の仲が読めるはずないじゃないのさ。
「はぁ。本当に退屈です。そろそろ終わりにしましょうか。ちなみに私は無敵というスペシャル・アビリティを残しています。一定時間、被ダメージを95%カットし、さらにクリティカル無効というもの。これを使ってしまうと万に一つの勝ち筋を封じてしまうので、貴方には使いませんけどね。まぁそういうわけで実力差は十分ご理解いただけたかと」
電光石火の効果時間が切れた。
もう私にできることは、やみくもに剣を振りまぐれ当たりを期待することだけ。
まー元々無理げーなところ十分頑張ったでしょ。
私の顔に安堵にも似た諦めの表情が宿る。
私の最後の攻撃は、無残にも反射され
女王は大きく剣を振りかぶる。
なーんちゃって。私の顔芸もまんざらではない。
よし、この瞬間よ。
あー人を騙すのって、楽しいぃぃぃぃぃぃ!!!
私は一度も使わなかったリアクション・アビリティ、『カウンター』を放った。
敵の攻撃のタイミングに合わせることで、攻撃間隔を無視して攻撃することができるのだ。
開幕からこの瞬間まで、あの電光石火の効果中でさえ、私は微妙に攻撃の間隔を遅くしていた。素人のたどたどしい操作を演出し続けたのだ。
プロ相手に勝つなら、チャンスは1回だけ。そのときに畳みかけるように全勢力をぶつけるしかない。
女王様がリアクション・アビリティを連発してくれたおかげで、なんとなく私もタイミングがつかめていた。
「あんたが私のタイミングを見極めたように、私だって同じことをしてたんだからね」
CLITICAL HIT!!!の文字が飛び出す。
カウンターが運よくクリティカル・ヒットを放ったようである。
予想外のカウンターに女王はひるんでいた。この瞬間にもう一撃を加えるよ。
再びCLITICAL HIT!!!
これは本当にただの幸運。一泡吹かせるだけのつもりが、みるみる女王のHPが削られていく。
ひょっとしたら?
そんな思いで私は剣を振る。
三連続クリティカル。そんな馬鹿みたいなことがもし起こったら……
「無敵!!!」
女王は、叫んだ