第8話 継ぐもの
コテツが転移石というアイテムを使うと、私は眩い光に包まれた。
そして次の瞬間には光は霧散し薄暗い建物の中に私はいた。
淡い青い光が頭上から射している。
見上げると円形のドーム状になった天井に星空が描かれている。その星の一つ一つが輝いているのだった。
「ここは?」
「この石は渡しておくでござる。登録しておいた場所に瞬間移動させてくれる便利なアイテムでござるよ」
コテツは石を私に手渡すと、静かに部屋の一角を指さした。
その先を目で追う私。
そこに異様な存在感を放つ一振りの片刃の剣があった。
全長はコテツの身長をはるか超える。少年姿の私だと刀身とほとんど並ぶほど。
刃幅も人の腕ほどもある。
誰かが悪ふざけで作った、そうとしか言えない代物だった。
「神殺しの剣。この世界に一振りしかないアーティファクトでござる。アイテムレベルは第11位階。アナナス殿の父上の愛剣にふさわしい、まさに最強の武器でござるよ」
そんなことを言われても、私の感想は「こんなもの持てるの?」という疑問だけ。
最強なんだから凄いんだろうねー。そんなもんよ。
コテツは私の正面に立つと、神妙な面持ちでその腰に携えていた武器をゆっくりと抜く。
「我々の戦闘術において攻撃アクションはその軌道から9の型に分けられるでござる。唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突。さらに強弱の別を加えて18の型があるでござる。武器の形状や流派によって名称は違っても原理は一つでござる」
コテツは説明を加えながら、一つ一つの型を実演して見せる。
「そして、ある型に続けて、ある決まった型を続けると『コンボ』が発生するでござる。『コンボ』が発生すると攻撃アクションの威力が上がり、コンボは最大で5連まで連鎖するでござる。コンボを切らさずに18の選択肢から最善の型を選択し続けること。これがこの世界での戦闘技術のイロハのイでござる」
「……」私は沈黙する。
「例えば、袈裟斬りからコンボが成立する方は3種類あるでござる。強弱を誤るとコンボが続かないので注意するでござる」
「……」私は沈黙する。
「次にバフ(強化効果)とデバフ(弱体効果)。それぞれには効果時間があるでござるから、これを切らすことなく、コンボとコンボの間に挟み込むこと。これがイロハのロでござる」
「……」私は沈黙する。
「最後に、リアクション・アビリティ。これは敵の特定のアクションにタイミングを合わせて使うことで、攻撃を防いだり、敵の力を逆に利用することのできるアビリティでござる。適切なリアクション・アビリティの使用。これがイロハのハでござるな。ここまで完璧にこなせれば上級者を名乗って問題ござらん」
「……」私は沈黙する。
そこまでいうとコテツは「さて」と呟き、私が口を開くのを待った。
私は意を決した。
マジな空気は苦手だけどさ。言わないといけないことはちゃんと言おう。
このまま状況に流されるつもりはないのよ。
「ねぇ、コテツさん。私、戦うなんて一言も言ってないよ」
「そうでござるな」
「こうなること、コテツさんは予想出来ていたんじゃない?」
「そうでござるな。あの子はいい子でござるから。我々のことが気になってしょうがないはずでござる」
「もうあの子でいいんじゃないの?」
「そうであればギルドを去ったりはしないでござるよ。リーダーの器でないことはあの子自身よく分かっているでござる」
「じゃあ、コテツさん。貴方はどうなの?」
「拙者は、アナナス殿に戦って欲しいのでござる」
戦う。それはあの氷の女王とだけじゃない。おそらく残りの八廃神。その全てとだ。
その意味くらい私にだって分かる。
「それって私があの親父の娘だから? なになに? おかしいんじゃないの? どこの時代劇よ。時代錯誤もここまでくると笑えてくる。親の跡を子が継ぐとかさ。所詮ゲームじゃない。貴方だって私のことなんて全然知らないよね。ギルドの他のみんなだってさ。なんで私なの。私である必要なんてないでしょ。貴方たちの趣味を否定するつもりはない。そりゃ親父のことは許せないけどさ。ここは楽しいと思うよ。たまにならこうして遊んでみるのもいいかな。でも、はっきりいって私は貴方たちとは違う。私はゲームになんか情熱は注げないし、私にはしなきゃならないことがあるの」
できるだけ冷静であろうとしたけど、ちょっとだけ叫びそうになる。
「ランスロット殿は毎日のようにご自分の子のことを語っていたでござるよ。この15年間、一日も欠かさずに。だから、我々にとって葵殿は知らない赤の他人ではないのでござる。」
「アハハハハハッ! そんなこと言われて私が喜ぶとか思った? なんでそうなるのさ。見ず知らずの皆さんにプライベート晒されちゃって、私ってば超不幸じゃん。何、それがあの親父の愛情だったとでも言いたいわけ。そんな馬鹿な話無いでしょ。だったら、なんで私はこんなにミジメなのさ。ねーミジメでミジメでたまらないの。私は本当に」
「そうでござろうな」
コテツの反応は私の予想とは大きく違った
「なによそれ。挑発してるの? それとも怒っちゃった? だから私を笑うの?」
「拙者は葵殿がミジメだとはこれっぽちも思っておらぬ。葵殿ほどの人物はそうはおらぬと確信しているでござる。しかし、葵殿が自身をミジメだと思うのであれば、それもまた真実」
「どうもありがとう。全然意味が解らないけど」
「拙者はみなが楽しく過ごせる場所を守りたいのでござる。そして、皆が帰ってくることのできる場所を。誰一人欠けることなく、もとの『d4』を取り戻したいのでござる。そして、それができる人物が一人だけいる。拙者は、葵殿に戦って欲しいのでござる」
そういうとコテツは両足を地面につき、額が地面に触れるまで頭を下げた。
ジャパニーズ・土下座。
「ふう。最後に言いたいことは、何かある」
「葵殿が素晴らしいのは、本当に大切なことを知っているからでござる。自身のミジメさを忘れさせてくれるのが、お金なんかでないことを。他人の称賛でもなく、素敵なパートナーでもないことを」
私は見透かされたようなこと言われるのが大っ嫌いだ。
でも、この胸のチクチクとした痛み。それが私にログアウトボタンを押させることを躊躇させていた。
しばしの逡巡。
「ああん。もう、しょうがねーな!」
そういって私は目の前の太刀を握る。
漫画の主人公のようなセリフが超笑えた。