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第3話 女の闘い

「君の父親は伝説の勇者なんだ。名をランスロット・フォン・グランダルメという。ゾディアックオンラインのサービス開始から15年間、一度もログアウトをしたことがないという廃神の中の廃神だ。いや、だったというべきかな」


「すいません。チョコレートパフェ貰えますか?」


店の入り口に立っていた例の白髪の男は、実のところ買い出しから帰ってきた店のマスターだった。

そしてスーツの男、仙石さんはこう見えて弁護士。

禿の人は生駒さん。小さなソフトウェア会社の社長。

3人は、私の父親が作ったギルド『ダイナスト・ドラゴン・アンド・デイドリーマーズ』、略して『d4』の創設メンバーなのだそうだ。

 私を置いてけぼりにしてオジサン3人は親父との昔話で盛り上がっているが、私の興味は目の前のパフェにしかない。だって、この人たちの使っている言葉は理解不能なんだもん。

 すごく大きなバナナだ。ジャイアント・キャベンディッシュ。いわゆるフィリピン・バナナ。半分に切断された実が豪快にアイスクリームの谷間に突き立てられている。雄々しく反り返り天を突くようにそびえたつ。

 私はフォークを突き立てると、生クリームを全体にまぶして一気に口に放り込む。

 うまうま。

 パフェの語源は、フランス語のパルフェ。英語でいうところのパーフェクト。

 パイナップルの花言葉は完全無欠。

 この世界に完璧なものがあるとすればそれはパイナップルのパフェだってことね。


「葵ちゃん。君のお父さんはね、オムツァー界の王、オムツァードラグーンとも呼ばれていたんだよ」


 禿の生駒さんが満面の笑みで口をしたその言葉が私を現実に引き戻す。。

 はぁ?お前何言ってんだぁ。

 オタクたちの独自言語は意味不明だけどオムツァーというのが碌でもない意味だってことくらい私にだって分かるんだぞ。

 ガールズ・アンド・オムツァー。パンツじゃないから恥ずかしくないもん!ってそれじゃあただの変態だぁ。

 私が怪訝な顔をしていると生駒さんは空気も読まずに言葉を繋げる。


「嘘だと思うのなら、ニコ○コ大百科でも、ピク〇ヴ辞典でも調べてみるといいよ。ランちゃんは有名人だからさ!」


 もうやめて!これ以上家族の恥を世界中に晒さないで!

 世界はなんて残酷なのだろうか。

 はぁ、一瞬でも奇跡を信じそうになった自分が恥ずかしい。

 私の母親の産道には確かにこう書いてあったのだった。

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と。すっかり忘れていた。


 私はパフェを食べ終えると、この地獄のような場所から逃げ出すことにした。


「父が皆さんのお世話になったことはよくわかりました。母にも伝えておきます。私は勉強がありますので、これで失礼します。」


 勢い良く立ち上がると深々と頭を下げた。


「いや、待ってくれ。本題がまだなんだ。手短に説明するから座って」


 仙石さんが声をあらげて引き留める。私は立ったまま彼のほうを見る。


「お願いがある。君にお父さんの跡を継いでほしいんだ」


 唐突な話に私は絶句するしかない。


「君の父親がゾディアック内に所有するすべての権利・財産は、その唯一の法定相続人である君が承継する。これは運営会社にも確認したことだ」


「そして、君が承継する権利には我々のギルドマスターとしての権限のすべてが含まれるんだ」


「大の大人が何を言ってるんですか。父は父。私は私です。私には受験があるんです。ゲームなんてやってる時間ないんです!」


 あの親父のモノなんか何一つ引き継ぐつもりはない。DNAだっていつかそのうち遠心分離器にかけてすべて返却するつもりなのだ。


私が立ち去ろうとすると、なおも引き留めようとするオジサンたち。

それを遮ったのは、今まで存在自体忘れていたマトウ君だった。


「オジキ。約束だろ。本人が嫌だといったら、素直に手を引く」


「それはそうだが。彼女はまだ十分に理解していないだけだ」


 睨みあう二人。


「あの、マトウ君と仙石さんってどういう関係なわけ?」


「ああ。俺の叔父さんだよ。母の弟。あと一応、俺もギルドメンバー」


 マトウ君は恥ずかしそうに人差し指で顔を掻く。

 ふーん。そういうことか。マトウ君がゲームって意外だな。

 あの親父とマトウ君が一緒にゲームをしてたってこと?

 なんだか想像できない。

 マトウ君に興味がわいてもきたけれど、それでも私の心が動くことはない。医学部に行って資格を取って安定した生活を送る。それが私の人生目標なの。

 ゲームなんてオタクの趣味に付き合ってられないよ。


 店から出ていこうとする私をもう誰も引き留めようとはしない。

 さようなら、皆さん。もう会うこともないでしょう。あ、マトウ君は別だよ。


「ま、待ってくれ。とりあえず少しだけでもいいゾディアックの世界へ来てくれないか。暇な時だけでいい。そうだ。お金を払おう。1時間あたり900円、いや950円……」


 なんですって……人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ。

 仙石さんの言葉は私を本気で怒らせた。

 踵を返し、彼の目の前に戻ると勢いよく啖呵を切る。


「ふざけないで下さい。東京都の最低賃金は985円です。私を雇いたいなら1時間1800円は支払っていただかないと!それに夏休みが始まる7月までです」


「グッド!商談成立だ!!」


 マトウ君。やれやれだぜ、と言いたげな目で私を見つめるのはやめて。


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