第2話 アンダーワールドにようこそ
へー薬局の地下に喫茶店があるなんて知らなかったわ。
4人掛けのテーブルが3つとカウンター席だけの小さなお店。
煉瓦模様の壁には額縁に入った映画のポスターが飾られている。
この感じ嫌いじゃないけど、薄暗い照明だけはどうしても許せなかった。
目が疲れるのよね。
「マトウ君?」
どの席にも着こうとしないマトウ君の顔を覗き込む。
用事があるならさっさと済ますよ。
「悪い。奥の席に座って、話を聞いてほしい」
マトウ君。なぜ目を逸らすの。
なんだか嫌な予感。
店の片隅にある奥の席、そこに腰かけている二人の男の姿を見た瞬間、私は自分の運命を悟った。
一人は縞模様の入ったダークのスーツを着こなす大男。薄暗い部屋にもかかわらずいかついサングラスを掛けている。服のセンスも独特で紫のシャツに髑髏の模様の入ったネクタイを締めている。
もう一人は髭面のスキンヘッド。脂汗をかきながらしきりに冷水を口に運ぶ。素人の私にだってわかる。ヤク中の症状だよ、これは。
そう、二人とも明らかのカタギの人間ではない。
導き出される答えは……私は売られるのだ。
恥ずかしい動画をネット上に晒され、とても17歳の乙女が口にできないようなことを強要される。その果て最後に待っているのはアへ顔ダブルピース。
そんなの……ヤダ!
マトウ君がそっと椅子を引く。スーツの男の正面。そこに座れということだ。
「おう、響。手間かけさせたな」
「オジキ、約束は守れよ」
親し気に話す二人。
マトウ君ってヒビキって名前なんだ……ってそんな情報はどうでもいい。
マトウ君とこの男たちはどういう関係?
そのまま彼はカウンターに腰を掛け、こちらを見ようともしない。
見損なったよ、マトウ君。ねぇ、約束って何?
私はいくらで売られたの?10億くらいかな。
やばい。逃げなきゃ。
そう思って入り口を振り返ると、そこには白髪で細身の男が立ち塞がっている。その鋭い眼光は人を殺めたことのある人間のそれだ。
私は諦めて席に着く。
男たちはじっと私を見つめる。値踏みをしているのか。
ならばと私は机に上にそっと眼鏡を置いた。
私は上玉だから、大切に扱いなさいよ。
「曲輪葵さんだね。お父さんには随分と世話になったよ」
「え、あの。借金とか何かですか。それを私に……」
「ハハハ。お嬢さんは何か勘違いをしているようだね」
まさかこんなところでダメ親父の名前が出るなんて思わなかった。とことん不幸だけを呼び寄せる男だ。
スーツの男はあらたまって言う
「むしろ、お父さんは財産を君に残したんだよ。そうだな、まず住居が6件……」
なんだそれは。クソ親父に遺産があったって?
そんな話始めて聞くぞ。
これには少しだけ、私の石のハートも鼓動を強める。
「それと、現金がざっと154億……」
え、なに。私は夢でも見ているのだろうか。いやドッキリカメラか何かの撮影ではないの。
隠しカメラはどこ?
150億って、それだけあればもう働く必要ないじゃん。受験もいらない。素敵。
まさかこんな奇跡のようなことが現実にあるなんて。
ありがとう神様。
「……5900万ゴールド」
「ごぉるど!?」
「ゴールド」
私の全身を覆っていた熱がすうっと引いていく。
ああ、これはダメな奴だ。
私は再びレディ・ストーンハートに逆戻り。
ヨド〇シゴールドポイントなら、うれしいのだけど。150億は貯めすぎだろ。
「ゴールドって何ですか!!」
「ゴールドはゴールドだよ」
「1ゴールドは帝国金貨1枚です。金の含有率は97%。1枚当たり1/50ポンドです」
初めて隣の禿がしゃべった。その内容は意味不明だが。黙っとれ。
「あのう、もしかして、そのゴールドとかいうのはゲームの中の話じゃ……」
「ゲームじゃありませんよ。ゾディアックオンラインです」
「ゲームですよね。6軒の家というのもゲームの中の話じゃないんですか?
「ゲームじゃありませんよ。ゾディアックオンラインです」
「ゲームですよね」
「ゾディアックオンラインは人生……」
禿がまた訳の分からないことを。
何なんだ、こいつら。
おい、マトウ。さっさと説明しろ。