鬼影4
八城は見るからに体調の悪そうな……というか、腹を抑えて調子が悪そうに呻く篝火雛を見つめていた。
「美月そいつどうしたんだ?」
「えーっと、その……どうしたんでしょうか……」
全体の集合地点に現れた美月は後ろに雛を背負って現れたのだ。
「雛あんた何でおんぶされてんのよ」
桃も気になってか、雛の様子を確かめている。
「お腹痛い……でずぅ……」
「生水でも飲んだのか?」
尋ねる八城に雛はフルフルと首だけを動かし否定する。
「美月、替わる。桃と美月はそっちの物資を持ってくれ」
美月達は殆ど見つける事が出来なかったが、八城と桃は規定通りに必要な物をかき集めていたため、一人で持つにはいささか重い。
二人は物資を二つに分け、袋を固定し背中に回し後ろから背負う。
八城も、雛を背負い、111番街区へ向かって行く。
「あんまりぃ……揺らさないでぐだざぃ……出ちゃうぅ……」
「マジでやめろよ……てか、お前本当に何したんだよ!」
何故かボロボロになっている雛は八城の背中にしっかりと掴まり
しっとりと汗ばんだその背中に顔を埋めたのだった。
三郷善は夢を見ていた。
左目と左腕の感覚を失ったときの夢。
まだリンと呼ばれる少女が生きていた頃の夢。
まだ僕が八番隊だった頃の夢。
叶う筈が無く、敵う筈が無かった夢。
本当にこの世界ではよくある出来事の一つ。
珍しかったのは僕が生き残った事の方だろう。
リンまでの距離は目と鼻の先だった。
腕も指の先まで伸ばし切った僕は、それ以上の距離に近づく事が出来なかった。
だから、こんなにも近くて、果てしなく遠いこの距離を、僕は一生恨む事になる。
僕が初めて恋をして、結ばれて、散って行った恋の顛末。
彼女は最愛で、僕の全てだった。
欠落した穴を埋める手段も、今の僕には無かった。
失った片腕と失った左目は、喪失した物としては、随分と皮肉が利いているじゃないか。
もう伸ばせる腕は半分しか無い。
見える視界も半分しか無い。
だからその事実を知った時僕はどう思った?
野火止一華
名前でしか知らないその人物を見たとき僕は歓喜した。
その人物がもたらした情報に僕は歓喜した。
そして僕はもう一度、片腕を手に入れた。
正真正銘の力だ。
此れなら今度こそ助けられる。
失った物は戻らない。
だから今度こそ手を伸ばそう、次は決して違えない。
そして三郷善は目を覚ます。
「八城、僕は君を絶対に諦めない」
それはよく晴れた朝の出来事だ。




