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プラナリア  作者: りんごちゃん
鬼華の残影
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フレグラ6

桃はベッドの上で目が覚めると蛍光灯の光量に目が眩み、軽い頭痛を抑えながらベッドから半身を起き上がらせた。

窓の外を見れば夕日が沈みかけているのが見て取れる。

「桃ちゃん起きたんだ!良かった心配したんだよ〜」

「……大丈夫……だった?」

カーテンを開け真っ先に視界に入って来たのは美月と雛の心配そうな顔。

そして辺りを見渡しこの場所が何処なのかを理解した。

いつの間に111番街区へ帰ってきたのか?

そういえば八城に無理矢理抱きつかれ、そのまま河に落ちて川岸に上がった時に……

「アイツは?」

「アイツって?八城さんの事?大丈夫だよ。八城さんなら怪我の手当を受けて今は違う部屋に居るから」

「そう……」

その言葉を聞いて桃は微かな罪悪感と無事だったという安心感で一先ず胸を撫で下ろした。

桃が無事だった。それはつまり八城の実力を現す指標の一つでもある。

そして美月も雛もそれを知っていた。知らなかったのは自分ばかりだ。

「ねえあいつは何で……」

桃は八城の事を尋ねようと顔を上げた時部屋の扉が開いた。

「桃起きたね」

「お姉ちゃん……」

扉を開けて入って来たのは真壁桜、真壁桃の姉だ。

美月と雛は、桜と二、三言葉を交わし、気を遣う様に医務室を後にする。

二人が居なくなると医務室は途端に静かになった。

水を打った静寂が姉妹の間に重くのしかかる。

だからそれを誤魔化す為に桃は動かしたくもない口を動かした

「お姉ちゃんの技、馬鹿にした癖に、私がおかしくなっちゃった……」

桜はゆっくりと桃に近づくが、桃は何かに怯える様に布団を自分の方に手繰り寄せる。

「こんな情けない妹で、ごめんなさい……」

会わせる顔が無いと、桃が布団に顔を埋め、ギュッと身体を縮まらせた時。

優しい感触が頭の上に乗せられた。

それは四年前から変わらない姉の手の平。

学校で友達と喧嘩した時

一人で寂しかった時

怖かった時

世界がこうなった時も変わらずこうして頭を撫でてくれた。

「桃、頑張ったね」

グチャグチャになった心はただ一人

求めていた人からの言葉が解きほぐしてくれた。

「……お姉ちゃん!お姉ちゃん!おねえぇちゃん!」

流れる涙は止まらず、その胸に抱かれ滔々と頬を流れ落ちて行く。

「お姉ちゃん失格だね……ごめんね、桃が追いつめられてるって気付けなくて……」

寄り添う桃を抱きしめながら、桜も溢れる感情を止める術を持たなかった。

桜が背中を擦りながら落ち着かせて、少しずつ落ち着きを取り戻し、桜は桃の身体から身を離した。

少し名残惜しそうに離れていく体温を愛おしく思うのは桜が家族として桃と向き合っているからだ。

「桃、私ね、ここに来る前まで桃を怒らないといけないと思ってた。でもさっき紬さんに言われたの、もし桃が、フレグラを使って生き残るか、使わないで死んでしまうか、どっちを選ぶか。そんなの答えは決まってるのに……ねえ桃はフレグラを使った事、後悔してる?」

それは聞くまでもなく罪悪感に苛まれている表情がその答えを示している。

小さく頷いて見せ、もう片方のポケットから錠剤の入ったビニールの袋を出して見せた。

「これがフレグラ?」

初めて見るその錠剤の入った袋を、桜は桃から受け取り、蛍光灯の光に当ててみせる。

桜は紫の禍々しい色をまじまじと見つめる。

八城と紬から、話で聞いた桃を作り出したと思うだけで、この錠剤を投げ捨てたくなる衝動に駆られる。

きっと此処に来る直前に紬の話を聞いていなかったなら、桃の行動床の錠剤のことを即座に否定していたかもしれない。

だから桜は自身の言葉で妹に向き合うべきだ家族である桃にこれだけを伝えるために。

「私は桃に出来る事ならフレグラを使って欲しくない」

危ないと分かっている物だ。

どういう経緯であれこんな身を滅ぼしかねない物を使って欲しいとは今も思っていない。

「でももし桃の命が危ない状況で、それがフレグラを使う事で解決出来るのなら、私は桃にフレグラを使って欲しい」

そして桜は桃の手のひらにその禍々しい紫の錠剤を握らせた。

その錠剤に反する感情において、桜は決してその存在は許容出来ない。

だが桜は八番隊に入って知ったのだ。

「桃、人は簡単に死んでしまう」

今でも瞳の奥に焼き付いている。

良の無惨にも切り刻まれた姿、八城のボロボロで子供達を庇う姿。

桜の知る強さの代名詞の二人は、強さを持つあまり、その身を見合った戦場に置き続ける。

その強さに付いて行けなければ、戦場で生き残る事は出来ない。

それを桜はこの二ヶ月、嫌という程思い知らされた。

「生き延びて……どんな手段でもいい。私は桃に、家族に死んで欲しくない」

本当は思ってはいけないのかもしれない。

遠征隊に所属し桜は今、此処に居る。

だから遠征隊としての役目は果たさなければいけない。

遠征隊としての役目とは、その身を替えても住人の安全を守る事だと教わって来た。

だが桜は思ってしまった。

「どんな人間が犠牲になっても、桃だけは生き残って欲しい」

これだけは口が裂けても言えなかった。

言う事など出来ない。

八番隊には、知っている限りで、家族が居る隊員が居ない。

それでも家族の大切さは、きっと誰もが知っている筈だ。

八城は自身の家族ではない桜と桃の為に、盟友である善の言葉を否定した。

紬は桜のために、自身の恥を忍んで桜にアドバイスをくれた。

だから…これ以上の我が儘は言えない。

きっとここで正直な言葉を吐露して、その事を三人に言っても、あの人達は笑って許してくれる。

「家族なんだ、当たり前だろ?」

「桜は本当に家族に甘い」

「くっだらねえ事気にしてんじゃねえよ」

三者三様の言葉を持って私をからかうかもしれない。

だからこれだけは言えないのだ。

もしこの言葉を言ってしまったら私はあの場所に居る三人と、対当の場所に立てなくなってしまうから。

だから……

「だから、お願い桃。強くなって。こんな物に頼らなくても生き残れるように」

今の桃にとって何より残酷な言葉だと知っている。

それでも桜はこれが家族の役目なのだと思った。

誰でもない血を分けた、二人の姉妹。

また一つ雫が落ちて手の甲で弾けた。

堅く、堅く握った桃の手のひらには、あの忌々しいフレグラが握られている。

日は完全に沈み夜の闇が顔を出し始める時間。

風が闇を追い越し、窓を揺らしながらまた海へと返っていく。

切れかけの蛍光灯の明滅する明かりだけが、二人を優しく見守っていた。

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