表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラナリア  作者: りんごちゃん
鬼華の残影
80/386

篝火雛

翌日

「最高かよ!クソったれ!」

クソなのか最高なのか分からない時雨の一言で、八城も目を覚ました。

というのも昨日の時点で善の部屋移動が終わり、八城、時雨の両名は冷暖房完備の部屋に移動となった。

冷房を付けた瞬間、二人は神の啓示を得たとばかりに、涼しい風を送り出して来る送風口に祈りを捧げ、人類の英知を感じながら眠りに落ちた。

「汗で服が張り付いて起きる日常からの脱却」

それは何処からか、満足げな紬の声。

真向かいのベッドには桜と紬が横たわるベッドが設えてある。

つまり八番隊全員が同じ部屋に移動となった。

「あ〜最高です〜涼しいです〜」

桜はまだ余裕のある時間を見て、枕に顔を埋めゴロゴロと転がりながら時間を潰している。

仮設十番隊である二人はまだ時間ではないが、謹慎組はもうすぐ教官としての責務の時間が差し迫っている。

「そういえば、お前ら二人はこれから何をするんだ?」

別行動をしている紬と桜の行動に関して八城は何も分からない。

「私達は基本的に見回りですね。怪しい人が居ないか、ここの常駐隊の人と一緒に見回る感じです。ただ、午後からは人員交代で暇なんですけどね〜」

桜は冷房の吹き出し口の前に座り込み、気の無い返事を返す」

「じゃあ暇になったらお前の妹に会いに来てやれよ。随分会いたがってたみたいだぞ」

「え……?ここに桃が居るんですか?」

「居るもなにも俺が教えるチームに居るけど。後、ついでに美月も居るぞ」

美月という言葉に紬は寝返りを打ち八城へ向き直る。

「美月が居る?」

「居る居る」

「元気?」

「元気元気」

八城は身支度を整えながら、紬からの質問に気のない返事を返していく。

「それを先に言うべき。時間が空き次第行く」

やる気がないのは紬も同じなのか、それだけ言うと一度寝返りを打ち、壁側を向いてしまった。

「じゃあ行くか時雨、仕事の時間だ」

「はぁ……面倒くせぇなずっとこの部屋でゴロゴロしてぇなぁ」

「お前のせいだけどな」

「大将、それは言わねえって約束だろうが!」

「そういえば、約束といえば昨日の賭けは覚えてるか?」

昨日の約束。

それは、自分の担当した訓練生の勝ち星で相手に言う事を聞かせるという賭けの様なものだった。

結局八城の勝ちとなり、八城は時雨に 何でも言う事を聞かせられる権利を手に入れた。

「なんだ、大将?私の乳が揉みたいのか?」

「お前の乳には一切の魅力を感じないからなぁ、それはあんまり興味ないな。だけどその前に、一つ気になった事があるんだよ」

何故あの時時雨はこんな提案をしたのか。

それも自分の乳を揉ませるとまで豪語してまで勝とうとしたのか。

「時雨?お前俺に勝ったら何を要求しようとしたんだ?」

「大将……てめえ」

「何でも言う事を聞くんだろ?」

「他じゃ駄目なのか?」

八城は時雨のこの様子から大体の理由を把握していた。

「じゃあ他にするか」

時雨はその言葉にホッと息をついたが、八城は決して要求を諦めた訳ではない。

だから伝えるべき言葉は生きている内に伝える。

「お前は気にしなくていい。今の状況は時雨のせいじゃない」

「なっ!」

「だからお前は気にするな。お前は今のままでいい」

見透かされたような言葉に時雨は柄にもなく言葉に詰まる。

「おまっ……馬鹿!八城!」

「何だよ?急に名前なんか呼んで、そんなに焦ってどうしたんだ?時雨」

時雨は賭けという回りくどいやり方で八城に謝罪をしようとした。

それは時雨らしくもあり、彼女の不器用さを表す行動原理でもある。

「バッバカじゃねえの!違うし!」

誤魔化しともならない言葉に八城は適当に返事をして先を進む

「はい、はい。分かった、分かった、お前も早く自分の訓練生が居る場所に行った方がいいんじゃないのか?」

「だから!違うし!八城!待てって!勘違いすんなよなよ!おい!」

「何が勘違いなんだ?」

正直八城からすれば今の言葉が合っていようなかろうがどちらでも良かった。

時雨の慌てようからすると、どうやら正解だったらしい。

「もう助けてやらねえからな!大将!」

「俺は助けてやるから安心しろ」

八城は背中に時雨の熱い視線を受感じながら階段を上がり、三人が待つ三階へと向かう。

「あっ……あの!」

昨日と同じ教室に入ろうとした所で八城は後ろから声を掛けられた。

「お前は確か、かがりび?そうだ!篝火雛だ!それで?こんな所でどうしたんだ?」

「あの……八城さんは、覚えてますか?」

必死な表情から、ただ事ではない事だけは伝わって来る。

「……何を?」

「私の事……覚えてますか?」

期待と不安が入り交じったその視線は泣きそうにも嬉しそうにも見える。

「覚えてるかって聞くって事は、俺はお前と何処かで会った事があるって事か?」

雛は八城の言葉に不安気に頷いて見せる。

八城は居心地の悪いのを感じていた。

というのも八城は雛と会ったのは先日が初めてだと思っている。

「あ〜……悪い、俺は覚えてない。俺はお前と何処で……」

その言葉を聞き終わる前に雛は瞳の涙を拭い、八城を押しのけ教室に入って行く。

「遅かったじゃない……って!雛あんた何で泣いてんのよ!」

「どうしたんですか!もしかして何処か具合でも悪いんじゃ……」

教室に先んじて来ていた二人が、一早く雛の変化に気付く。

「なっ……何でも……ない……から……」

それでもポロポロと零れる涙は収まらず次から次に溢れている。

「何でもないって!朝から大泣きして入ってきて、何でも無いはないでしょ!」

「そうですよ!私達はチームなんですから何でも話して下さい!」

「わっ……すれて……た……」

美月の優しい言葉に雛は声をすすり上げながらも言葉を絞り出す。

「すれて?何ですか?」

「八城さん……私の事忘れてた」

美月と桃は、また泣き始めた雛に困ったように肩をすくめる。

「……あ〜いいか?」

そろりと部屋に入り、八城がボードの前に立つと、女子二人からキツい視線を浴びせ掛けられる。

「八城さん……」

「あんたね……」

口を揃えて出る言葉は呆れを通り越して怒りが込められている様にも見える。

こちらに背を向けて目元を拭う雛。その雛を庇う様にして立つ二人。

「あんた昨日の話聞いてなかった訳?雛はあんたのファンなのよ?少しのリップサービスぐらいしてあげなさいよ。」

「あの、少しぐらいは人の気持ちを考えてあげて下さい」

地味に美月の言葉が胸に刺るのは、気のせいではないだろう。

だが八城にも言い分がある。

「覚えてないのに、覚えてるって言う方が傷つくだろ」

「あんたね!本当に覚えてないの?あんたが来るまでこの子が避難所で持ち堪えて立って話じゃない!」

「……それって本当に俺だった?」

「ほら雛!言ってやりなさいよ!あんたが同室になってから何十回と私達に聞かせたあの話!」

雛は後ろ向きにイヤイヤと首を振り、目を執拗に擦り続ける。

「ちょっと!あんたが喋らないなら私から喋るからね!それでもいいの!」

それも雛はイヤイヤと首を振って返す。

「首振ってるだけじゃ分からないでしょう!」

「……桃ちゃんには、分からないよぅ」

「分かりたくもないわよ!ほら!来なさい!」

「いやだよ〜やめてぇよ〜」

雛は後ろから引っ張り出され八城の前に立つが、真っ直ぐに視線が合わさらない。

「わっ……私、八城さんに……避難所で助けられて、そのぅ……」

「ちょっと待ってくれ、避難所か?」

「はいぃ……避難所でぇ……」

避難所という言葉に八城は違和感を覚える。

その言葉は少なくとも一年前には使われなくなった言葉だ。

「篝火、俺がお前を助けたのって何年前の話なんだ?」

「……多分三年前……?ぐらい、です」

「「……は?」」

三年前という言葉に、八城は桃と言葉が重なり、美月は苦笑いを浮べている。

「あんたね!そんな昔の事覚えてる方が異常でしょうが!」

「でっでも!八城さんに……助けて貰ったもん!」

「篝火、俺がその時どんな格好してたか覚えてるか?」

この質問の答えで大体の期間が推定出来る。

「あの時……八城さんは学生服を着てました」

学生服。それはこの世界で最初の一年間だけ着ていた服装だ。

つまり雛が八城と出会ったのは確かに今から三年前だろう。

「お前……俺の事なんかよく憶えてたな」

当時の事は否が応でも思いだしてしまう。

武器鋳造が出来る訳も無く、有り合わせの物を使い奴らと戦っていた。

戦闘に出る度に誰かが居なくなる。

それでも次の日にはまた奴らを倒す為に街に出る。

それが野火止一華と共に行動していた三年前の日常だった。

「覚えてます。奴らを前に、一歩も引かない。あの時の八城さんは凄く強かったです」

真正面から言われるとこそばゆい。

「って言ってもな、本当に申し訳ないんだが、俺は全く覚えてないんだよ」

「私もすぐ近くで戦ってたんです……よ?」

八城はこの篝火雛の顔をもう一度見るが、昔の記憶の中には全く存在しない。

八城の申し訳ないと謝ると雛は暗い雰囲気を更に暗い物にする。

「多分私が……弱かったからぁ……思いだせないんですぅ……」

「俺は戦闘民族かよ」

とは言いつつも、雛のその言葉は間違いとも言い切れない。

一華の様な戦闘能力があったのならきっと記憶の端にでも引っかかって居た筈だ。

現に直近で出会った人物以外で頭に思い浮かぶのは殆どが手練の者達ばかりだった。

「御免なさいぃ……取り乱してしまいました……もう大丈夫ですぅ……からぁ」

擦り過ぎた目元は赤みが差し痛々しいが、訓練生の三人には、やらなければいけない事が山ほどある。

「じゃあ、今日の訓練を始めるか」

そう言って八城は三人を連れ訓練場に向かって行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ