訓練2
「よう大将!冷房は効いてねえが、会っちまったな」
扉の向こう側に居たのは回廊からずっと一緒に居た人物。
「みたいだな。時雨がここに居るって事は、こいつらの訓練相手はお前の担当してる訓練生ってことか?」
蒸し暑い室内には疎らに物が散乱しており、そのオブジェクトは壊れかけの机であったり、傷だらけのロッカーであったり、学校を模した作りから、その場所が敢えてそういう仕様になっている事が伺えた。
「大将、今の訓練はチャンバラをやるのが主流なのか?」
「まぁ奴らが相手だと、万が一の可能性があるからな」
この場所を一言で表すのであれば訓練室といった所だ。
対人相手に刀を振るい、実戦に近い経験を積ませる事を目的とした訓練なのだろう。
「だから桜みたいなのが出るんだろうけどな」
八城は配属されたばかりの頃の桜を思い返す。
お行儀のいい刀捌きに、綺麗な型。
それが悪いとは言わないが、奴ら相手に振るう代物ではない。
今の桜は対奴らへの実戦向きに改良されつつあるが、未だにその癖が抜けきっているとは言いがたいのが現状だ。
その点、目の前の時雨はハナから型を諦め、時雨の経験と自身に合うバトルスタイルを選び、大雑把ながらも臨機応変な戦闘をしていた。
「おいおいなんだよ、急に見つめて、欲情しちまったのか?」
「お前で欲情出来るなら、俺は今頃、爪切りにも欲情してるだろ」
「私の魅力は爪切りと同等かよ!」
「むしろ爪切りの方が使えるだろ、下品な事言わないし」
「ハッ!上等じゃねえか!おいお前ら!」
時雨は後ろに控える訓練生四人に振り返る。
「お前らが大将に勝ったら私の乳、好きなだけ揉ませてやるよ」
「おいおい!どうした時雨!暑さで気でも狂ったか?」
途端時雨担当の訓練生四人はざわめき出す。ついでに八城もざわめいた。
そして代表の男子が一人前に歩みでる
「本当ですね?」
男子訓練生はもう時雨のおっぱいしか見ていない。
「藤崎時雨の名に掛けてマジだ。おい大将!賭けをしねえか?」
「賭け?何を賭けるんだよ?」
「賭けだ。私の訓練生が勝ったら大将は私の言う事を何でも一つ。もし、万が一にも大将の方が勝ったら大将の言う事を私がきく、どうだやるか?」
賭けそれはなんと危険な言葉なのだろうか。
時雨からの要求が分からない八城としては慎重になってしまう。
「何でも言う事をきくの範囲が曖昧だな、範囲をはっきりさせよう。例えば……そうだな。例えばの話だが、俺がお前の胸部をその四人の代わりに揉み込むっていうのでもアリなのか?」
何時にも無く真面目な顔をした八城の問いかけに時雨は自身の胸の大きさを誇示する様に張り一歩前に
「いいぜ、いつだってこの胸、大将に貸してやるぜ!その代わり、大将が負けたらその時は私の言う事をきいてもらうからな」
「分かってるさ、お前もその下に付けてるブラを外すのを忘れるなよ。そうだ、こっちは三人しか居ないけどそっちは四人。どうする?俺が一人として入るか?むしろ俺が全員の相手をするとか?」
「おい大将!ガチで勝ちに来てるじゃねえか!大将が入っても怪我人が増えるだけだぜ!そっちの三人の勝敗でいいじゃねえか?」
「分かった。よしお前ら……」
そう言って振り返った八城が見たのは軽蔑の表情を浮べた三人だった。
先方は桃、中堅が雛、そして大将が美月という順番になった。
刃が潰された刀を引っさげ、桃が前に出る。
開始という合図と共に決着がついた。
「相手にならないわ」
そう言って帰って来た桃の試合は確かに相手が可哀想になる試合内容だった。
そして次この隊の問題児雛の試合。
雛は刀を抜き正眼に構え相手の男子も正眼に構える。
打ち込み、切り返し、鍔迫り合いからの押し込みで雛は後ろに押され障害物に足を取られ転びそれが決定打となり試合が終わる。
「雛!あんたね!何やってんのよ!」
「でも…相手も…強かったよ…」
負けて帰ってきた雛を叱責する桃。
八城の目から見ても雛の試合がお粗末であったのは事実だ。
成るべくして、なったという印象だろう。
そもそも骨格で恵まれているわけではない雛が、単純な力技で男子相手に勝てる訳が無い。
終始力で押し切ろうとするなら結果はこうなる事は分かっていた筈だ。
だからこそ八城は雛に疑問の視線を向けた。
そんな単純な事が分からないなら、とうの昔にここを追い出されて居る。
111番街区訓練所で育成されるのは遠征隊になる為の人員である。
つまりここに居るという事は、訓練生の個としての強さを見出されたからに他ならない。
こんなご時世だ。多少の問題は目を瞑るが、それでも雛は問題児として認定されている事はこの記述から間違いない。
八城の目線築いた雛はその視線から逃れるように桃の影に隠れてしまった。
「じゃあ次は私ですね!」
正直、美月に戦力として期待しているかと聞かれれば、それは否定的な言葉が出る。
実際に美月が戦っている場面を八城が見た事は無い。
それにこの少女が力強く男子を圧倒する事が想像出来ないというのが大きな理由だ。
しかし八城の予想は大きく外れる事となる。
「お願いします」と礼儀正しく美月が挨拶を交わし、一呼吸、瞳を閉じ。ゆったりと拳を握り込む。
相手方の男子は刀を構え剣先を美月に向けるのに対し美月は軽く握った拳を前に出し身体を半身にさせる。
拳を構えただけの美月に一瞬の躊躇いの後男子が美月に斬り掛かる。
半身ギリギリで模擬刀を躱し、刀を持つ腕を右手で取り、左肘を男子のみぞおちに滑り込ませる。
男子訓練生の肺腑から息が吐き出され、刀を取りこぼし踞る。
「え?」
八城の驚きとは裏腹に桃、雛はさも当然とその光景を見ていた。
「何時見ても鮮やかね」
桃の言葉に照れ笑いを浮べながら、戻って来る美月。
「八城さん!私どうでしたか?」
「え?ああ、そこはかとなく良かったんじゃない?相手とか動けなくなってるし」
相手は三人掛かりで踞っている男子生徒を引きずって部屋の隅に移動させていた。
なんなら手加減を心得ている桃の方がまだ可愛い試合だったと言える。
八城の心境を一つで語るのであればこの少女を敵に回さなくて良かったということだ。
「えへへ、子供達を守る為に同じ避難所に居た自衛官の方から教わったんです」
「やけに実践慣れしてるんだな」
「はい、使う機会が多かったので」
「そうか……」
この世界の弊害ともいえる実力が彼女の歪さを際立たせる。
だが歪さが彼女の尊厳を守って来たのは事実だ。賞賛があれど、否定など出来よう筈も無い。
「でもちゃんと銃火機と刀は使えるようにならないとな、それじゃあ人は倒せても奴らは殺せないからな」
「バレてましたね」
「まあな、刀相手に自分の獲物を抜かない理由が無いからな、だがそれだけ体術が使えるなら近接で拳銃をゼロ距離でぶち込めば……」
そこまで言って、その戦い方が一人の人間を思い起こさせ言葉が詰まる。
だがそんな事を美月が知る筈も無い。不思議そうな顔をして八城を見つめ次の言葉を待つ。
「撃ちこめば?なんですか?」
「いや、近接は奴らとの距離が近い分噛まれ易いからな、紬みたいに遠距離からの支援が出来る様にした方がいいだろ」
八城の言葉に素直に頷く美月から八城はおもむろに顔を背けた。
八城は何時か、記憶の二人から受けた言葉を思いだす
一つは谷川から受けた言葉
それは39作戦の要ともいえる全員の結論だった。
「未来の担い手を何もせず失う事が無い様に」
八城はそのためにあの学校に行った筈だ。
そして四年間慕って来た人物。
そしてもう一つ、雨竜良が残した言葉
「八城自身も未来の担い手だという事、そして未来の為に生き残れ」
今奴らが蔓延るこの世界を生き残る為には力が必要だ。
だが今目の前の少年少女に力を与え中央がやらせようとしている事は奴らと戦う為の戦力としての教育だ。
つまりは強度のある兵士の製造でしかない。
すぐ壊れてしまわないように年端もいかない子供に化物を殺す術を仕込んでいる。
前回の遠征そして、ツインズ挟撃作戦でも沢山の人間が死んでいった。
そう訓練をしていたとしても、あんなにもあっさりと人が死んでいる。
それが意味する事は一つ。
八城自身が未来の担い手を殺す手伝いをしているのではないか?という疑問だ。
考えてはいけない。そう自分に言い聞かせるが、それ故此処まで生き残ってきた八城だからこそ考えずにはいられない。
勝ち筋の無い戦いは結局の所勝つ事が出来ない。
勝つ事が出来なければ戦いは終わらない。
戦いが終わらなければ人が無意味に死んで行く。
この四年間繰り返されて来た事だ。
「どうしたんですか八城さん?」
「いや何でも無い、次は集団演習だろ?」
「はい!」
八城は元気よく返事を返す美月に歪な笑顔を返す事が今出来る精一杯だった。




