罪注3
111番街区は海沿いに設営された番街区である。
県道一五号沿いにある倉庫をそのままに利用した作りになっている。
八城率いる八番隊改め、謹慎組と紬率いる仮設十番隊は小さな船に揺られながら中央を出発し待つ事一時間。
船が大きな揺れと共に、港とも呼べない石の集合体に接岸する。
「ほら、付いたわ」
麗が早く降りろと促すように船のオールを持ち上げてみせた。
「付いたって……ここまだ海なんだけど」
「ここなら腰に浸かる位で済む筈よ、悪いけど、この船じゃここまでしか行けないの」
麗からそう聞いた紬は荷物を背負い桜に
「ちょっと!紬さん!よじ登って来ないでくださいよ!」
「桜しっかりと掴む。落としたら承知しない」
「何で私が紬さんを肩車しないといけないんですか〜」
「服が濡れる」
「私も濡れますよ!」
「うるさい。それ以上言うなら私にも考えがある」
「何ですか!そんなの職権乱用です!」
「私が法。他は無い」
「隊長〜こんなのあんまりですよ〜助けて下さいよ〜」
桜は自身の背中にしがみついた紬をそのままに八城に泣き言を吐く。
「俺はお前の隊長じゃないから。お前の隊長はその背中にへばりついている奴だから」
「クソったれ!またパンツまでぐちょぐちょじゃぁねえか!」
一足早く海へ入って行った時雨は長い髪を後ろに結い上げその白い首筋が覗いている。
「お前は本当に何も喋らなければ美女なのにな」
そう言いながら八城も生温い海に飛び込んだ。
「はぁ?私が美女なのは今に始まったことじゃねぇだろうが」
「本当にな、その綺麗な顔から汚い言葉が吐かれる度に俺の信じていた物が少しずつ崩れていくんだよ」
八城は微かだが藤崎時雨というアイドルの顔を知る桜の気持ちが分かった気がする。
何でも卒なくこなすアイドル像が一皮むけばこれなら、成る程発狂の一つもしたくなる。
「おいおい、今の私に何か文句でも言いたそうな口ぶりじゃねえか大将」
「そう思うなら直す努力をしてくれ」
「やなこった!」
べ〜と舌を出してザブザブと波をかき分け、時雨は岸に向かって歩き出した。
八城もそれに続き岸へ向かう。
「慎重に入る。落としたら承知しない」
「分かりま!あわっ!とっとと!」
桜は波に足元を拐われ、凄まじい水しぶきを上げて桜と紬が海に落ちた。
桜は殺気立つ紬から逃げるために岸へ向かい。
紬はそれを鬼の形相で追いかけ回し、海の妖怪と化していた。
そんな事が有りながらも一同は岸へ上がり、休む暇も無く海水を吸って重たくなった服もそのままに一路111番街区へ向かう。
数百メートル歩くと目的の場所に到着する。
白塗りの倉庫が立ち並び倉庫外壁に沿うように高いフェンスが二重に増設されている。
侵入防止柵として十全かと聞かれればそうではないが、無いよりマシだろう。
濡れた服の四人は、フェンス沿いに歩き、111番街区の出入り口に向かう。
出入り口付近で笑顔をこちらに向け手を振る男が一人。
「待ってたよ八城!久しぶり!」
「おいおい!懐かしい顔だな善!元気そうでなによりだ!」
八城に善と呼ばれた二十代後半位の男性は、親し気に握手を交わし、後ろに控える仮設十番隊と時雨に視線を移した。
「紬以外は初めまして、三郷善と言います。111番街区常駐隊隊長をしているものです。みなさんの話は大体中央から聞いているから、大まかな事情は分かっているよ。何でも連戦続きで回廊に入れられるなんて八城もついてなかったね」
善は親しみのある笑みを八城に向け、八城もその笑みに笑顔を返す。
「紬さん、あの人隊長と親しそうですけど、どういう関係なんですか?」
「三郷は元八番隊隊員だった。八城君より腕は劣るけど、相当の使い手」
紬が人を褒めるなんて珍しいこともある。だが桜が最も驚いたのはもう一つ聞こえて来た事実の方だ。
「元八番隊って事はこの人が89の生き残りって事ですか!」
「違う、三郷は89作戦前に常駐隊に移動になった」
「八番隊に居たのに移動したんですか?」
遠征隊は腕利きが集まった精鋭の集まりである。
それは言わずもがな、つい先日もあった遠征など、危険な任務に耐えうる人材が必要とされるからである。
そうした理由から遠征隊が危険なのは勿論だが、その中でもシングルNoの隊員はその任務内容の危険度が一線を画す事が多い。
今現在凍結された八番隊もそうした理由から人手不足が嘆かれていたのだ。
ここに居る桜も生半可な強さで、訓練生から八番隊に入った訳ではないし、時雨の入隊など異例中の異例と言える。
つまりは強い人間はその性格が破綻していない限りは、喉から手が出る程必要とされている。
では何故、紬が認める程の腕利きが111番街区で常駐隊隊長などやっているのか?
理由は様々あるが一番多い理由としては新たな家族が出来た等が上げられる。雨竜良などはそのタイプの人間だ。
そしてもう一つ。
「桜、三郷の目と腕をよく見て」
紬は桜にだけ聞こえる様耳元で囁いた。
桜は目そして腕を見るとその違和感に気付いた。
「あの人、片方見えてないんですか?左の腕も動いてません」
濁った左目と所作に遅れる左腕が目に付く
「そういうこと。八九作戦前に三郷は片腕と瞳を失った。だから111番常駐隊に移動になった」
淡々と真実だけを喋る紬の言葉には何の感情も乗ってはいない。
その言葉と続けざまに紬は喋る。
「よくある事」
紬はもう三郷善という人間には興味が無いと言わんばかりに脇を抜け建物奥へと向かって行ってしまった。
桜も紬を追いかけようとして善の前で一旦立ち止まり会釈をして再度紬を追いかける。
そんな様子を見て三郷は人のいい笑顔を向ける。
「紬は相変わらずなんだね」
「あいつは相変わらず馬鹿なんだ。気にしないでくれ」
「そうかつむぎは相変わらずか、そういう八城も相変わらずみたいだね」
「俺の事はいいだろ、それより紬を行かせて良かったのか?」
「紬は今現在僕より階級が上だし、僕の身体じゃ紬を止められないよ。それに紬の担当は僕じゃないしね」
善は半笑いで八城を見つめている。
「俺の担当でもないけどな」
「あはは、そうか。来て早々大変だったみたいだし、立ち話もこれくらいにして早速中に入ろう。そこのお嬢さんも大分ご機嫌斜めみたいだし」
会話に入れず不貞腐れている時雨を視線で指名しして人のいい笑い顔を貼付け二人を先導するように建物の中へ入って行く。
一階を上がり二階そして三階へ。
「今回二人は、かなり微妙な立ち位置みたいだけど、何をやったらシングルNo.の君がこんな辺境まで飛ばされることになるんだい?」
三階西の夕日を見ながら善は八城に問いかける。
「普通に緊急召集を無視して、普通に住人を脅してたらいつの間にか回廊に閉じ込められてたんだよ」
「それは普通じゃないね。八城はいつも、いつもやる事が極端なんだよ。それで謹慎処分に八番隊が凍結ってことなんだね」
「仕方ないだろ、うちの利かん坊は頭がおかしいんだから!」
「おい大将!頭がおかしいってのは、もしかしなくても私の事じゃないだろうな!」
「もしかしなくてもお前のことなんだよ!」
廊下で歩きながら睨み合う八城と時雨
「まあまあ二人とも落ち着いて、もうここまで来ちゃったんだ。いがみあっても仕方ないよ。それよりほら、ここが二人の部屋だよ」
善は見るからに使われていなさそうな部屋の前で立ち止まった。
「中央も、もっと早く連絡をくれていれば良かったんだけどね。何せ、急だったものだから、こんな部屋しか用意出来なかったんだよ」
善は部屋を開け内部の電気を付ける。
その部屋に窓は無く、四方剥き出しのコンクリート。
二人が来る事で急造に設えた新品の二段ベッドが六畳より少し狭いスペースにポツンと設えてある。
「いい部屋じゃないか」
「だな、こんだけ用意されてりゃ最高ってもんだ」
善は二人の反応が想定外だったのか人いい笑顔に亀裂が入る。
「え?いい部屋かい?」
「トイレが部屋の中に無いのは何より快適だな」
「それにこんだけコンクリートがありゃ、どこでも涼めるってもんだよな大将」
回廊で過ごした日々は二人の感覚を狂わせるのに丁度良い時間だった。
「少し待ってくれれば、別の部屋を用意出来るから、今日は二人でここの部屋を使ってもらう事になるけど…その様子だとあんまり気にしてないみたいだね」
八城は悟った顔で善の肩を叩く。
「お前も人間じゃない女と一つ屋根の下一週間も暮らせば同じ結論に至る。そう…大切なのは性別じゃない、人間性だって」
「大将はまた私の子守唄が聴けて嬉しいんだろ?なあ嬉しいよな?こんな美人とまた同じ屋根の下だ!嬉しくねえ男が居ねえ筈ねえもんな!」
うきうき顔で部屋に入り上のベッドを占領し始めた時雨を見て善は顔を引きつらせた。
「八城、僕が抜けてから八番隊はどうなっているんだい??」
「俺だって分かんねえよ」
八城は短く言葉を交わし、善は少し老けた様な八城の背中を見送ったのだった。




