灯火
八城は開けて行く視界の中で良を思う。
世話になったでは、片づける事ができない思い出の中に良が居る。
こんな世界になって自分が生き残ってこられたおかげの中に良が居る。
良から学んだ事は数知れない。
助けられた事も数えきれない。
「良さんをこんな所で寂しく死なせない」
「良さん」と八城が敬称をつけるのには意味がある。
いつだって良は人の為に行動していた。
こんな世界になった時から家族を守り、八城を守り、そして他の人々も守っていた。
だから、そんな良だからこそ八城に隠し事をして、悪巧みをしている事が分かっていたとしても、八城は見て見ぬ振りをした。
悪い様にはならないと楽観視していた。
それが、甘かった。
もっと早くに気付いていれば。
良は自分の事を誰かに相談する人間ではない。
そしてそこに八城への罪悪感と自身の命の短さが拍車を掛けた。
誰にも打ち明ける事が出来なかった。
誰よりも優しい良の事を分かっているようで、最後までは分かりきっていなかった。
「クソ!」
バイクはスピードを上げる早く良を家族の元に届ける為に。
一五分後。
八城は5番街区に到着していた。
受付に通り冴子に繋ぐとすぐさま冴子は受付に駆け下りて来た。
「良!嘘!なんで……」
弱り切り、真っ白に染まった髪がより弱々しさを印象づける。
割れ物を扱う様に良の頬を撫でる。良と八城を括り付けているロープを外し冴子に良を預ける。
「よう……冴子か?」
良の目の焦点はもう何処にも定まっておらず、フラフラとその手のひらが虚空を彷徨う。
冴子はその手がどこにも行かない様に胸に抱く。
「良?良!しっかりして!私はここに居るわ!」
「きこえてるっちゅうに……しかし八城は本当に叶えてくれたんだな」
「なんで!良、なんで?こんな事に!」
「ちょいと一年前に下手こいちまった……それより冴子、今ここに望は居るか?」
望とは良と冴子の一人娘の事だ。
「望は今は学校に居るわ……」
冴子と八城は良の言葉に一つ頷き合い、両肩で担ぎ上げる。
「今会いに行けますから。もう少し楽になるのは我慢して下さい良さん!」
居住区までは数百メートル。
子供達は今勉強をしている時間だ。
八城は子供達を教えている大人に話を通し、望をその教室から連れ出す。
「お兄ちゃん誰?」
「良さんが君を呼んでる」
廊下を歩き、その部屋の扉に手を掛けた。
重く鍵の掛かった扉は開かない。
「良さん!娘さん連れて来ましたよ!ここを開けて下さい!」
中には冴子も居る筈だが一向に動く気配が無い。
「望をびっくりさせたくねえんだ。扉越しだが、これでいい」
冴子は扉向こうで声を押し殺して泣いている。
「お父さん!帰って来たんだね!」
望は父親の声聞きその声に向かって無邪気に喋り掛ける。
「おう……元気だったか?」
「うん!元気だよ!」
「そうか……望悪いんだが、お父さん、これからまた、随分遠い場所に行かなにゃならんことになった」
「……え?」
「望……これからはお母さんと二人で」
「いや!嫌だよ!何で!?わかんないよ!今そこに居るでしょお父さん!」
そう言って望は閉まったままの扉を叩く。
「ごめんな……望本当に、ごめんな」
良の言葉が濁る。
良だって娘にきっと会いたい筈だ。
それでも娘に今の自分を見せない為に良は精一杯の見栄を張り続ける。
「お父さんいつ行っちゃうの?」
空かないと分かって望は項垂れる様にその言葉の続きを求める。
「今日には行かなくちゃいけねえだろうな」
僅かな沈黙の後望は良の面影のある顔を上げる。
「……うん!分かった!でも帰ってくるんでしょ?」
いつもの通りの仕事だと思うのも無理は無い。
「すまない望。お前をまた抱きしめてやれる日が来たら……その時は皆でまた秋の紅葉を見に行こうな」
良の声はもう掠れている。
それは良が最後の力を振り絞り、最後の残滓を響かせる。
娘の前では元気で、最後まで強い父で居る為に。
「待ってるよ!望、強いから!」
腹の底から絞り出す様に良は笑った。
「八城、娘をクラスに戻してやってくれ、勉強が遅れちまう」
こんな時までそんな心配をする良は最後まで変わらない。
「分かりました」
八城は短くそう返し、望を連れてその部屋の扉の前から離れる。
「お父さん!大好きだよ!」
遠い廊下にその声が響いた。
「俺もだ……望。俺の子供に生まれて来てくれてありがとな」
その言葉が親子の最後の別れなのだとしても。
八城は望をクラスに戻し終え、二人が居た筈の部屋に戻ると良と冴子はもうその部屋には居なかった。
向かった場所は大体察しがつく。
八城はその場所に向かって走り、その扉を開けた。
「良、剣を取りなさい。」
屋上に着いた八城が最初に耳にしたのはそんな言葉だった。
「いいねぇ!冴子は、やっぱり世界一良い女だ」
良は冴子から手渡された刀を杖代わりに立ち上がる。
雨竜良は、最後まで雨竜良として散る。
その望みを冴子は叶える為に、久しく取っていなかった刀を握っていた。
だが一つ問題がある。
今のままでは良は苦しむ事になる。
良の身体は三つのクイーンの遺伝子が、鬩ぎあっている状態だ。
ただの刀では、良の生命活動を終わらせる事は難しい。
この刀の遺伝子情報は、既に良の中に存在している。
それは雪月花が同じクイーンの遺骸から作られた物だからだ。
つまりこの刀で良を切るという事は、今少しずつ崩れていっている拮抗を横から無理矢理に崩すという事に他ならない。
これならば一太刀浴びせれば、即座に良の生命活動を停止させる事が出来る。
八城は雪光を抜き、その刀身を確認する。
殆どを黒く染め上げられているが、後一太刀であれば、彼の命を紡ぐ事が出来る。
「冴子さんこれを使って下さい」
八城は雪光を冴子に手渡した。
冴子はその刀身を見てこれが何か気付いた様子だ。
「ごめんなさい、ありがたく使わせて貰うわ」
冴子は雪光を構える。
「良!剣を抜きなさい!」
良の瞳は虚空を見つめている。
もう何も見えていない。
良はほんの僅か縁を頼りに向き直り。
杖代わりにしていた刀を乱暴に抜き放つ。
「愛してるぜ、冴子」
「私もよ!良!」
静かに流れる時間はきっと最後の別れ。
刹那、二人の影は重なり
そして離れる。
棚引く命の灯火を斬り、雪光の刀身の全てが黒く染め上げられた。
一つの影は崩れ落ちもう動く事は無い。
冴子はゆっくりと雪光を鞘に戻し八城に返す。
「ありがとう八城さん。この人馬鹿だから……本当に…馬鹿なんだからぁ……行って頂戴八城さん、この人は私が連れて行く」
八城は全ての力を失った恩人に最後、頭を深く下げる。
「分かりました」
八城は階段を駆け下りる。
受付の近くまで戻りバイクを取りに行く。
すぐさま戻らなければいけない。
戦場に仲間を置いて来ている。
今は悲しみに支配されている場合ではない。
八城はそう自分に言い聞かせる事で何とか前に進んで行く。




