大食1
八城の行動は早かった。
というのも九十六番が目を瞑るのが、見えたからだ。
今から振り下ろされる刃に対して目を瞑る。
戦場においてそれは一つのことしか表していなかった。
すぐさま大食の姉と九十六番の間に入り込む。
普通に抜刀したのでは間に合わない。左に差した刀を逆手持ちで抜き放ち、その凶刃を刃の上で滑らせる。
八城は何とかその凄まじい膂力を受け流し、自分と九十六番からその刃を逸らす事に成功した。
「八番?あんた……何で……」
「お前こそ何でそんなところに座り込んでんだ!さっさと立て!」
九十六番を無理矢理に立たせ、大食の姉から距離を取る。
「うっうるさい!良いから答えてよ!お前が何でここにいるのよ!」
甲高い声が八城の頭に響く。
「今死のうとしてた奴がよくもまあそんな騒ぐ元気があるもんだなぁ!」
「べっ別に!そう言う訳じゃないし!ちょっと欠伸が出ちゃっただけだし!」
九十六番は八城の隣で刀を構え直す。
「それであんたは何でここに居るのよ!」
八城は目前の敵を見据える。
楽しくお喋りをして居られる程余裕のある相手ではない。
それは九十六番も同じだ。
疑惑の目を八城に向けるが、今は目の前の敵に集中する。
「後で絶対答えてもらうかんね……」
一先ず九十六番は、手っ取り早く簡潔に今の状況を八城に説明する。
「なるほどな。運が悪かったな、九十六番」
「あんたより運はいいから!」
八城に対して一々張り合いたがるのは今も昔も変わらないらしい。
「であんた、あれに対して何か手立てはあんの?」
「むしろ俺が聞きたいよ!何かいい方法は無いもんか?」
「じゃあ本当に何しにきたわけ!意味分かんない!」
大食の姉はそんな二人のやり取りなどお構い無しに攻撃を仕掛ける。
狙われる中心は八城。
八城は剣戟の中をどうにか受け凌ぐ。
何だ?昔より良く見える。
だが、大食の姉も強くなっている。
その早さに、身体が追いつかない。
大食の姉により二振りのブレードが八城の命を刈り取ろうと迫る。
何とか上体を下げて回避。
受けから迫る凶刃を刃で受け流す。
地面に刺さった一本を蹴り付け、八城はもう一度距離を取る。
「おいおい……こいつ昔より強くなってるんじゃないの」
八城は打ち合って所々欠けてしまった刃を見て苦々しく呟いた。
桜と時雨によって、96番隊の恐慌は多少収まりつつある。
隊長である九十六番が助かったのは大きかった。
それでも心の弱い者が一人走り出してしまった。住宅街を抜けて逃げようと走る。だがそれは愚策中の愚策だ。
大食の姉。無食の妹。
姉は人を切り、人を食らう。
では妹は何をするのか?それはこれから明らかになる。
逃げた一人の隊員に、無食の妹の触手が絡み付き。その隊員を妹の居る場所まで高々と掲げられる。
そして姉に向かってその隊員を放り投げた。
凶刃はその隊員に向けられている。
不味い!
そう思う思考だけが空回り、肝心の手立てが無い。あの凶刃を反らせる程の火力が。
八城が動きあぐねる間に時雨と桜が動いた。
桜が大食の姉の前に立ち、居合い。
大食の姉は軽々とそれを受け止める。
桜の仕事はそれで十分だった。
二本の内一本を使わせない事が狙い
「時雨さん!」
「あいよ!」
桜の呼び掛けに応える様に時雨が前に出る。
時雨は腰に下げていたカットソードの散弾銃を構え、その凶刃に銃口を向ける。
「吹っ飛びやがれ!」
ほぼゼロ距離で立て続けに二発。
姉は腕を大きく歪ませ、堪らず大きく跳躍し後退。
時雨が飛んで来た隊員を受け止める。
「おう大丈夫か?」
整った時雨の顔を間近で見たその隊員は、顔を赤くさせながら小さい声でお礼を言う。
だがその隊員が助かった事より、問題は桜と時雨の二人が大食の姉に認識された事だ。
「桜!時雨!一旦下がれ!」
八城のその声に二人は耳を傾ける事は無い。
桜が切り返されるのも構わず一歩踏み込む。
「あらよっと!」
時雨が刀を抜き放ちもう一方の刃を抑え
「時雨さん!」
桜の声、それは合図だった。
時雨はつかの間、持っていた刀を地面に突き刺し、前に出ながら新たな弾を装填。
再度散弾銃による射撃を敢行。
大気を揺るがす爆発が、一つの筒から鳴り響く。
散弾銃の弾は全てが大食の姉の胴に直撃した。だが……
「おいおい……嘘だろ」
時雨が驚愕するのも頷ける。
大食の姉の胴体部分には焦げたような後が見受けられるが傷はごく僅か。
そのごく僅かな傷も表面を傷つけた程度。
だがそれを追いかける様に、時雨を二刀の刃が襲いかかる。
時雨は持ち前の運動神経で躱し、その間隙を縫再度ゼロ距離での発砲。
弾の勢いに仰け反りはするものの、確たる傷を与える事が出来ない。
すかさず時雨は腰に散弾銃を戻し、地面に差した刀を拾い上げる。
時雨は上から来る一本の凶刃を受け流す。
だがもう一本が時雨を正面から捉えている。
だが時雨に焦りはない。
「桜!」
その呼び声より先にもう一本の刃が時雨の前に躍り出た。
「はい!」
桜がもう一本を抑える、その僅かに、時雨は弾を空中の放り投げ、腰から散弾銃を抜き空薬莢を排出。即座にカートリッジ部分を露出させる。
落ちる弾は吸込まれるように装填。
カチリという音が発射可能な事を時雨に伝えている。
「もう一発くれてやるよ!」
再三の発砲、それと同時に刀を拾い時雨と桜は後ろに下がる。
八城、桜、時雨が横並びになる。
「ハハっ!どうだい大将!」
時雨も桜もかなり息があがっている。
あの無理のある戦闘で疲れ無い方がおかしいだろう。
「それであいつを殺してくれたら言う事無いんだがな」
「か〜大将は手厳しいぜ!なあ桜!」
「私と時雨さんで殺しても文句は聞きませんからね!」
だが八城は分かっていた。
ここからだ。大食の姉が恐ろしいのは。
大食の姉からすればこれだけブレードを振るい、なおかつ反撃され、何発も弾を食らい、誰一人殺せていない。
大食の姉の身体全体に赤みが差す。
ともすればそれは、血が通い始めたような変化。
禍々しいブレードも隙間という隙間が赤く染まる。
そして大食の姉の身体が脚部、腕、頭、身体と赤く染まると、胸に一文字の切り傷が浮び上がっていた。
「たっ隊長……?あれ何ですか?」
「多分だが、怒ってるんだろうなぁ」
大食の姉は己の具合を確かめる様に首を回しブレードをの場で振り抜く。
「桜!」
時雨の声が飛んだ時には大食の姉は桜の目の前で抜刀の構えを取っていた。
桜は見覚えのあるその型を見て驚愕したがすぐさま対応してみせる。
抜く暇はない。桜は鞘に入ったままの小太刀を両の手で抑える様に防御。
まともにその一撃の衝撃を身体で受け止めたために、身体を吹き飛ばされ、コンクリート壁に背中を強かに打ち付けた。
桜は苦悶の表情を浮べ地べたに這いつくばる。
「なんつう馬鹿力だよ……クソ!」
超常的な暴力。
だからこそ、その技が拙くとも、ただの一振りが人を容易く死に至らしめる。
その凶刃から桜を守ろうと時雨は前に出る。
時雨の乱雑な剣戟は、かろうじてその凶刃の刃を受け止めた。
だがそれでも時雨はその勢いを殺す事が出来ず桜と共に、揉んどりを打って倒れる。
「すみません……時雨さん……」
「気に……すんな……」
すかさず八城は二人と大食の姉の間に入り刀を振り抜いた。
ただの刃ではこいつに手傷を負わせる事は不可能だ。
どうする。
九十六番が後ろに居る。
隊員もかなりの数だ。
右に差した刀を使えば道は開けるかもしれない。だが……
八城は右に差した刀。雪光に伸びた手を仕舞い込む。
今、使う訳にはいかない。
さらに凹凸が出来た刃を八城は振り抜く。
上から来る切り込み。返しの切り上げ。薙ぎ、打込み。
だが八城は打ち込まれるばかりで攻撃が出来ない。
当然だ。刃が通らない。
もし八城が攻撃を仕掛ければ、それが決定的な隙に繋がってしまう。
そして、それが分かっているから96番隊も攻撃を仕掛ける事は無い。
「桜、時雨!動けるか!」
「何とかな……」
「大丈夫……です」
昨日からの徒歩の移動、そして今の打撃で二人の疲弊は相当な筈だ。
「お前達は九十六番隊を連れて一旦下がれ!」
「な!大将!てめえ!また……」
だが八城は笑う。それは違うと、
「そいつらを安全な所まで置いたら、早く戻って俺を助けてくれ!このままじゃ、俺死んじゃうから!」
こんな時にも関わらず八城は普段通りの八城を演じ続ける。
「はっ!了解だ、大将!」
「了解……しました」
桜は何処か釈然としない様子で承諾する。
「隊長。本当に大丈夫ですか?」
桜が心配する様に声を掛ける。
八城はその声に振り返る事は無くただ一言。
「早く行け」
と促した。
桜と時雨は九十六番隊の支援を名目としてその場所から一時離脱する。
無食の妹から伸びてくる触手を桜と時雨で断ち切りながら進んで行き、やがてその後ろ姿が見えなくなるのを確認して八城は大食の姉に向き直る。
曲がり角の最後桜が心配そうに此方を見つめていたような気がしたが気のせいだろう。
八城は通常の刀を構える。
「よう。三ヶ月ぶりだな、化け物」