信頼1
八城は夜遅く、二日後に迫る第二次威力偵察が行われるクイーン空白地帯から最も近い111番街区へと在中している八番隊の面々と久しぶりの対面を果たしていたが、久しぶりに見た八番隊の面々の表情は暗く何処か鬱々とした印象すら受ける。
第一次威力偵察、蓋を明ければ八番隊にとってみれば第一次作戦は成功に終わったと言っても差し支えない結果だった筈だ。
一番隊の面々には、何故か三シリーズでの斬り傷こそ無かったものの、野火止一華に負わされた傷は相当な深手ではあるが落命者はおらず、八番隊員の中にも傷を負ったものは居ない。
野火止一華の例外こそあれど、エルダージャックというユニーク個体に対して一華一人の例外を除けば上乗の戦果だ
「お前たちはよくやった、今回の作戦はお前らに出来なきゃ誰にも出来ない作戦だった」
八城は労いの言葉を掛けてはみたものの、それでも晴れない八番隊の面々の表情の裏側には一華の存在がチラ付いているのだろう。
最悪の仲間が敵の手に落ちている状況は彼らの顔を曇らせるには十分な原因だが、こんな所で落ち込んでいても仕方がない。
「疲れてるだろ。今日はもう休め、紬こいつらを一番いい部屋に案内してやってくれ」
そう言って席を立とうとした八城に今まで黙り込んでいたマリアは重い口を開く。
「桜に何があったのか?八城くんは知っているんじゃないかしら?」
ようやく口を開いたマリアの表情は真剣そのもので、この場に桜だけが居ない意味を八城はようやく理解した。
「一応紬から報告は受けてる。だが桜は何も喋ってないんだろ?なら俺から話をする事は何も無い」
「野火止一華は桜のせいで相手の手に落ちたのよ、私達もそれで納まりが付けられる状況じゃないのよ」
その言葉に歩みだそうとしていた八城の足が止まる。
八城の驚愕の表情に時雨は肯定の頷きを返し、菫は俯いたまま何も言わない。
だからこそ、マリアの言葉の意味の重さが八城にはようやく理解できた。
「桜が裏切ったのか?」
「裏切り……とは言えない。でももう桜の変化を見過ごせる段階じゃない。同じ作戦で命を共にするには、今の桜は信用に値しない。だから教えて欲しいのよ、あの夜桜に一体何があったのか」
「ちょっと待て!桜がなんでそんなことするだ!アイツは物分かりは悪いが、仲間を危険に晒すような奴じゃないだろ!」
八城の知る桜は正義感に厚く仲間をだれよるも大切にする人間だった筈だ。
「何で桜が……そんな事を」
「知らねえよ、だが確かに押しやがったんだ。この目で見た。信じられねえかもしれねえけどよ、野火止一華は桜の奴を助けてやがった、それをあのクソは恩知らずにも押しやがった。あの羽虫がウジャウジャ居るところに……」
約束していた八城からすれば、予想外とまではいかないがそれでも約束を守った一華を尊重しない訳にはいかない。
だがなにより予想外なのは、この二人から見ても明確に一華に対して桜が敵対行動を取ったという事だ。
「桜が一華をやった……それは間違いないんだな?」
「あぁ、見間違う筈もねえ、アイツがやりやがった」
一間も置かず答えた時雨にマリアも言葉を続ける。
「ここ数日の桜はまるで別人みたいだもの、何があんなに優しかった彼女をあそこまで変えてしまったのか、八城くんは知ってるんじゃないのかしら?」
八城が考える間は数秒を置いて、菫は諦めたように俯き気味に目を伏せたのを確認してから八城も諦めたように口を開く。
あの日の夜何があったのか、どんな話をしたのかを、八城は事細かに八番隊の前で喋ると彼らは何も言わずただその話が終わるのを黙って聞いていた。
そして、八城の話が終わるとマリアは拍子抜けとも思える落胆にも似たため息を漏らした。
「本当にそれだけ……なの?」
「それだけだ、それ以上も以下もない、疑うなら菫にも聞いてみろ。むしろその時の桜の心なら菫の方が詳しい筈だ」
菫へ視線を移し、菫も概ね同じ感想なのだろう、コクリと一つ頷きを返した。
「じゃあでも!それで今の桜の説明がつくというの!あの変わり様はそんな事で説明がつくものじゃないわ!」
「だが俺は今喋った事以上の事は知らないんだ!それに俺はあの日以来直接桜に会ってない。お前らの言ってる『変わった桜』って言うのを俺は知らないんだよ」
「でもならなんで桜は!」
マリアは焦りを隠しもせず八城へ追求を続けていると、時雨は面倒そうに体重をかけていたソファーから身を起こしマリア前の机に、噛んでいた紙コップを叩き付けた。
「大将はなんも知らねえんだろ?それ以上話を広げてなんの意味があんだよ」
「だって時雨!アナタだって他人事じゃないのよ!
「そりゃそうだ、他人事じゃねえ!だが大将は知らねえ、次いでに言やあ金髪テメエもなんも分からねえんだ、それに私もなんも知らねえけどよう、今の桜がクソだとは思う。だが、アイツが変わるつう事をしなけりゃやってられねえって思っちまうかどうかを、私や金髪が決めちまっちまうのはどうなんだ?」
「別に誰が変わろうが、どう変わろうがそいつの自由だ。私は少なくともそう思うね、ただそれは気に入るかきに食わないかの違いだろ?だが私もマリアも気に食わない、ただそれだけだ」
時雨は机で潰れたコップを手のひらで丸めゴミ箱へ放り投げる。