雷雲7
「まず、第一に八番隊は無傷、だけどその代わりに一番隊が壊滅した」
紬の告げる知らせに、数名居る筈の部隊室は静まり返っていた。
無理もない、最強の部隊が何処かと聞かれれば東京中央に住むものであるなら誰もが思い浮かべる一番隊という部隊の壊滅が、どれほどの事なのかは彼らの反応が物語っている。
そして、その知らせは言うまでもなく八城にとっても予想もが付かない知らせだったことは間違いない。
一間、言葉を詰まらせた八城は肝心な事を聞き忘れている事に気が付いた。
「そりゃあ……最悪も最悪だな。それで一華はどうなった?」
そう、野火止一華は殺そうとしても死なない人間だ。
どんな困難が降り掛かろうと、どれだけの隊員が犠牲になろうと一華だけは笑みを浮かべて帰って来る。
そんな野火止一華だからこそ、八城は一番隊という名義とは別に『野火止一華』という個人を部隊に近い名称として捉えているのだが、紬の表情は曇りを増すばかりだ。
「どういう事だ?一華は?一華はどうなったんだ?」
「それがもう一つの悪い知らせ」
紬は一つ呼吸を整え、九音を気遣うようにチラリと見た後に言葉を続けた。
「一番隊隊長の『野火止一華』がエルダージャックの支配下に落ちた」
次いで言葉を失ったのは八城よりも九音の方だ。
九音は取り乱すように身を捩り今にも飛び出さんと足に力を溜め、そんな九音を押し留めるように八城は九音の肩を手で押さえ付ける。
「落ち着け!大丈夫だ!エルダージャックの能力は日没には終わる!」
「そんなの分かんないじゃん!一華さんは私の仲間なの!私が助けないと!」
「分かるんだよ!一華は大丈夫だ!」
エルダージャックの最も恐ろしい能力の一つは、相手を支配する『ブレインコントロール』を持っている事だ。
だが、これまで幾度かの実戦を経てその能力が日没までの時間制限がある事が解明されている。
「アイツの支配の有効期限は日没までだ。日没後は、支配された人間は気を失いその場に取り残される。そうなったら東京中央からの回収班が来る筈だ。それより不味いのは壊滅したって言われてる一番隊の方だろ」
エルダージャックに特段強い戦闘能力はない。
なにより感染能力を持たないエルダージャックが唯一持っている戦闘能力が直径四、五センチの羽虫のような感染体を体内から放出し、それが取り付いた相手をコントロールする能力、それも日没までという制限付きでしかないのだ。
だからこそ、八城たちは一度エルダージャック圏内からの帰還の際に日没までの監禁を受けた。
だが、一番隊の壊滅という事実は最悪も最悪だ
一番隊の壊滅、それはつまり一番隊を壊滅させた張本人が操られた『野火止一華』である可能性が高いという事だ。
三シリーズによる感染力のある致命傷……もしくは通常の刃による刀傷を受けている、どちらにせよ一番隊は次の第二次防衛作戦への参加は出来ない。
「とにかく落ち着け、まず日没まで待って一華が戻って来るのを待ってからでも遅くない」
取り乱す九音を落ち着かせ、八城も想定外に動揺を隠しきれず、だが自分に何も出来ないことを理解している。
ただ待つ時間がどれほどに長いのかを知った数時間が過ぎ去り。
そして夕刻、もう111番街区の連絡線が鳴り響く。
しかし、その知らせは野火止一華を回収したという知らせではなく、野火止一華が日没を過ぎてもなお、『エルダージャックと共に』移動を停止したという知らせだった。
そして、翌日の朝日が訪れてもなお野火止一華がエルダージャックの支配から戻って来る事はなかったのだった。




