空命12
緊張からか扉を閉めて桜の視線から逃れた直後、浅い呼吸から解放されてようやく息をまともに吸う事が出来た。
短い廊下を薄暗い階段へ進み、一段づつ降りていけば変わらない面子が今か今かと九音が戻って来るのを待っていた。
美月は九音が来るや否や温かいお茶を差し出し、九音は食事と同じ席へと着席する。
出された熱いお茶を一啜り、様子を尋ねるような視線が九音に集中してきて、九音は溜まった熱さと共に感じた事を吐き出した。
「兄はあの人になにかしたんですか?」
その言葉に誰もが落胆したように、次々に九音から視線が外されていく。
誰もが予感しながらも、誰もその内状を知らない。
八城の妹である九音が聞き出す事を期待していたが、どうやらその願いは叶わなかった。
「あまり気にしないで、桜ちゃんの問題は桜ちゃんが解決するしかないもの」
「問題の解決というか、私は本来の桜さんを知らないので何とも言えないんですけど、桜さんの兄への執着というか、その……」
言いづらいとまでは言わないが、それでも九音が桜から感じた粘ついた感情をはたしてここに居る人間は知っているのだろうか?という疑問が九音の口を詰まらせる。
「桜さんはその、兄の事が……」
そう言いかけた時、赤い髪の少女が九音の裾を小さく引いた。
「それは九音が言っては駄目なの」
「?言っちゃ駄目って、菫ちゃんは何か知ってるのかな?」
食い気味に九音の言葉を止めに入った菫に微かな違和感を抱き、尋ねるが菫は小さな口を一文字に結ぶ。
「言わないなの……でもお兄ちゃんは誰も選ぶつもりなんてなかったなの、それを桜お姉ちゃんは……」
「お兄ちゃんって私の兄……八城お兄ちゃんのことだよね?兄が誰も選ぶつもりがなかったって言うのはどういう意味かな?」
「言葉通りなの、誰も選ばない。八城お兄ちゃんにとって誰も例外はないなの。九音にはその意味は分かる筈なの」
菫は先の桜との会話を聞いていたのだろうか?
いや、そんな筈はない。
笑い声こそ大きかったが、桜の声は扉越しで聞こえるほど大きなものではなかった。
だが菫は言った『選ばないと』それは先に話していた時桜が殊更に口にした『選ばれなかった』という言葉とあまりにも合致する。
「菫ちゃんは何か知ってるのかな?桜さんの事なにか知ってるなら教えて欲しいな」
小さい子供を諭すように九音は菫と視線を合せるが、菫はフイっとそっぽを向いて肝心なことは何も喋ろうとはしない。
「ほらこれだ!無駄だぜ九音。このチビ助は口を割らねえ、何か知ってるんだろうが義理立てして話さねえ頑固者だからよ」
「誰にだって話されたくない事はあるなの。だから桜も話さないなの!」
菫は時雨に反論するが、そんな反論を時雨は嘲笑う。
「ハハッ!そりゃあいいなぁ!解決もしねえ、迷惑はかける、おまけに部隊の指揮も下がりゃあ!見事にベストコンディションで作戦に望めるつうもんだ!」
厭味と共にゲラゲラと笑ってみせる時雨だが、状況は全くと言っていいほど笑えない。
「本人たちが解決するしかないなの……他人が口を挟めば余計にこじれるだけなの」
「こじれるねぇ、もう十分こじれに、焦れて元には戻りそうにもねえけどなぁ。まぁ大将が戻ってくりゃ話は別なんだろうけどよ」
時雨の誰もが求める存在に誰もが静まり返り、その沈黙はあまりにも東雲八城という存在の大きさを物語っていた。
「どんなに願っても彼は戻って来ない。私達は私達で彼が居ない中でどうにかする方法を考えましょう」
マリアがそう言った所で答えが出ないままの沈黙は続き、そんな沈黙に飽きてか、紬は一人席から立ち上があると「寝る」と一言を残して階段をのぼっていったのだった。




