空命11
「食事をするので出て行ってくれませんか?見られて食べる趣味は無いので」
淡々とした冷えきった言葉に先までの興奮状態が嘘だったかとも思えるが、九音の緊張と共に湿った汗は今までにあった事が現実だったのだと伝えている。
凍り付きそうになる思考の中で、九音は言葉を絞り出す。
「最後に……最後に一つだけ聞かせて下さい!桜さんが変わってしまった原因は兄にあるんですか?」
「……隊長から何か聞いたんですか?」
敵意に似た視線で問われた九音はその言葉に首を横に振る。
「兄は何も答えてくれません、ここの人たちも誰も何も分からないと言っていました。何かあって桜さんが変わってしまって、もしそれに兄が関係してるなら私も力になれると思うんです」
切っ掛けは些細な事だった筈だ。なら九音が力になれることもあるかもしれない。
少しの掛け違いで、変わってしまったように見えているだけなのだとそう信じていたのだが、桜は
「私は隊長が好きです。危険な時に助けてくれた隊長が、あらゆる事を教えてくれた隊長が、危険なときもずっと一緒に過ごした隊長が私は大好きなんです。でも、私は駄目だった。私じゃ駄目だった、私が駄目だった……。私は隊長に必要とされなかったです。だから変わらないといけないじゃないですか、求められる……いいえ、隊長が選ばざるを得ない人間に。だから私は変わるんです。相棒としても異性としても隊長が選ばざる得ない人間に」
見開かれた狂気が垣間見える瞳に、九音はなけなしの勇気で言葉を絞る。
「桜さんは間違ってます……兄がそんな風に桜さんを求めるとは思えません」
「そうですね。私はきっと間違ってる。でも隊長が私を求めてくれるならそれでいいんです。隊長のまわりの人も物も全部なくなって私だけになれば、隊長は私を求めるんですから」
今度こそ、九音は沈黙を破る術を失った。
そして桜は九音に興味を失い、冷めた料理と対面し、膜の張ったスープに匙を差し込んだ。
「さぁ出て行って下さい。アナタと話す事はもうありません」
面倒そうに口に運ぶ桜の背中を見ながら、九音はゆっくりとその部屋を後にしたのだった。




