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プラナリア  作者: りんごちゃん
背水の牙城
333/386

絶戒2



「最初に、遠征隊で現存する部隊と結果報告から聞かせて貰えるかな?」

冷えた会場に響く柏木の声に答える様に立ち上がったのは前プレートに一〇一と書かれた部隊長らしき男である。

らしきというのは、この場に出席できる者が部隊長、又は評議会議題に挙るものだけだからだ。

今時の爽やか系の男は、前に座る八城に笑顔を向けた後、喋り出した。

「現在新設された部隊を含めて17部隊あり、7777番街区でのクイーン討伐並びに西武中央でのクイーン討伐によってここ数日で常駐隊から遠征隊への志願も増えて来ています。訓練期間を設け3ヶ月、そして実用徴用に3ヶ月の計六ヶ月という訓練期間を設ければ、遠征隊主導による大規模な作戦行動を取る事ができるでしょう」

一〇一の隊長は理路整然と全体へと言葉を向けたが、反応は芳しいものではない。

むしろ、彼の言葉を避難する声の方が大きいぐらいだ。

「皆様がおっしゃりたい事は、遠征隊一同重々承知しております。ですが考えてみて下さい。我々遠征隊の制度が出来てから僅か二年しか経っていないのです。今まで戦い続けて来た彼らは、僅か二年前までは戦う術すら知らず、戦うこともして来なかった者が殆どです。それに、我々はそこに座る3人の様な特別な彼らとは違う。我々は特別ではなく、選ばれる事もないただの人です。特別な彼らに夢を見る事が出来ても、自身に当て嵌めてはいけないのです。そして特別ではない我々人に必要なのは莫大な時間です。何度も何度も戦いというものを身体に染み込ませる為の時間こそ人を生かす事ができるのです」

101部隊は初めてみる部隊だが、隊長を名乗るこの男は誠実と実直という言葉を絵に描いたような人物だ。

人の信頼に重きを置き、それ故に真っ直ぐな性格が見て取れる眼差しは物語の主人公と言った風格だ。

だがしかしこちら3人にとって、彼の言葉はあまりいいものではない。

だが、一〇一の隊長が発した言葉は対内に向けたパフォーマンスとしては上乗と言っていいだろう。

活躍と結果は夢を見せる。

当然結果を残した『東雲八城』は住人に夢を見せた。

勝てるかもしれないという甘い希望は、人を惹き付けて離さない。

ならば自分も、と思う人間が出るのは当然の事だ。

だからこそ徴用するのではなく、夢を醒ますための時間が必要となる。

自身の力量を見定めて、それでも進みたいと願うものだけがここから先で絶望する事を許される。

遠征隊員はそれを嫌という程に理解している。

遠征隊の誰もが一度は夢を見た。

『野火止一華』という最強に期待し憧れた。

隊長と呼ばれているあの男も一〇一という番号を持つ前にはそんな夢と現実の狭間に居たに違いない。

「遠征隊であろうと、人は人です。感染者に噛まれてしまえば助かる方法はありません。大切な人が居ようが守りたい者があろうが奴らは関係なく人を襲い人を食らう!誰にも止める術はなく、ただ一つ方法があるとするなら十分な準備をして事に当たる事だけなんです!経験と技術と知識を持って生き残る。その為に費やす時間はより多くの人々を救う為の必要最低限だと我々遠征隊は考えています」

完璧と言えるほどにハマった言葉の数々は反論する余地を与える事はない。

実物3人を前にして、八城たちと同じ成果を求める事ができる者は居ないのだろう。

異論がない事を確認した一〇一の隊長は軽く会釈をし、マイクを左隣の柏木へと渡す。

「次の議題は真壁桜及び東雲菫の研究に関してだが、東雲菫、並びに真壁桜の身体研究は北丸子が担当する。……以上、この議題において何か異論がある者はこの場で異議を申し立てるように」

八城は短過ぎる説明に思わず身を乗り出し上段に座る北丸子を二度見したが、丸子は澄まし顔のまま静かにその時を待つ。

数秒の返答を待つ間はただ静かな時間が流れ、異論を唱えるものは誰も現れない。

「では続いて……」と柏木が議題を切り替えると丸子率いる研究職員は握り拳を小さく掲げハイタッチを交わしている辺り、何か裏で根回しをしていたのだろう。

柏木は丸子等の浮かれた空気を気にした様子はなく、手元の紙を一枚捲って行く。

「続いて、八番隊東雲八城についての議題ヘとうつらせてもらおう。遠征隊、各員にはもうはや通達しているが、東雲八城の身体における鬼神薬含有率が最終段階に入った。よって東雲八城はこれから第一線を退き、第3世代鬼神薬量産に向けての研究に遠征隊としての時間の大半を当ててもらうことになる。だが八番というNo.sの持つ意味は住人に対して今や希望と言って差し支えない。そこで新たなNo.sとして東雲八城の代わりを擁立する為の人選を遠征隊の中から選ばせて貰った」

前に座る3人の間に座らされている、手枷手錠に足枷まで付けられた後任の名前を読み上げる。

「我々遠征隊は新No.八を真壁桜に一任したいと考えている。真壁桜は東雲八城と同じく鬼神薬適合者であり、現状からでも我々が求める成果を十分に期待できる人物だ。したがって遠征隊は彼女を新たなNo.s八として迎え入れる」

桜の名前が出た瞬間、手元の鎖を鬱陶しそうに弄っていた桜の手が止まる。

桜からの返事を待つような、奇妙な空白があり、全ての代表格は中央に座る桜を見つめている。

八城としても桜の抜擢は既定路線だったので、『まぁ、こうなるな』ぐらいの感想と言って差し支えない。

「良かったな、俺の後任はお前だってさ」

「……え?ええ!私ですか!?ムリムリムリムリですよ!隊長だって知ってるでしょ!今まで隊長が居たから生き残れてきたんです!私が隊長と同じなんて絶対に無理ですよ!」

そう叫ぶ桜の言葉に被せる様に、柏木はなおも言葉を続ける。

「彼女と東雲菫の身柄については研究部門代表である北丸子と話し合いが付いている。それに住人の不安を払拭する意味では八番という記号はどんな言葉よりも重いと考えて欲しい。今八番という記号を失う事は、住人の不安を煽る下策中の下策である事は言うまでもない」

拒否権はないと、言葉にされずとも伝わる気迫に桜は僅かに俯きながら、声を小さく窄めて行くと、柏木一つ八城へ頷く。

「だが、真壁桜が着任してから時間が浅いことも事実だ。遠征隊着任以前まで真壁桜は番街区にて住人として生活していた。遠征隊になるための訓練期間を経て来たとは言え、実戦経験は前No.八である『東雲八城』には遠く及ばない事は言うまでもない事実だ。よって東雲八城率いる八番隊は解体。新たな部隊を編成後、新隊長を据えた新たな所属としてNo.s八である真壁桜を赴任させる事とする」

解体という言葉に不気味さに今度こそ桜は勢い良く立ち上がるが、言葉を発する前に柏木は咳払いを一つで機先を制す。

「新No.八である真壁桜を主軸として、シングルNo.五、DD・マリアを部隊長として迎え、八番隊隊員を全て移籍させる事とする」

八番隊がバラバラにされないという事実に桜はホッと胸を撫で下ろしたが、一つの疑問の行く末は解体という言葉以上に桜の視線を隣りに座る八城へと送らせた。

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