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プラナリア  作者: りんごちゃん
背水の牙城
330/386

弟切師草

尋ねた八城に、扉の向こうに隠れた紬はビクッと肩を振るわせ、申し訳なさそうにリビングへ歩み出る。

「音も出さずに来た。何故バレたのか甚だ疑問」

「疑問もなにも、勝手にリビングの扉のドアノブが回ったら怪奇現象かお前の仕業の二択しかないだろ、なにより怪奇現象なら倒せない分奴らより手の付け様が無い」

「……確かに、納得の理由」

紬はしおらしくも、部屋へおずおずと入って来るが、八城としてはどんな内容を聞かれていようが紬であるならどうでもいいとすら思っている。

「俺がお前に隠すようなことなんてないんだから、お前がわざわざコソコソ隠れる必要なんてないだろ」

「微かに聞こえて来た内容を精査すると、テルと八城くんは九音の話をしていた。家族の話はデリケードな部分がある……」

失念していたが、紬は出会った時父親と共に行動していた。

確かに八城に負い目を感じる事も頷けるが、八城からすれば父親が居なくなったのは紬のせいでは無い。

「お前は気が使えるのか使えないのか分からない時があるな……まぁでも、オヤジのことを気にしてくれてるのは有り難いが、ことオヤジに関して言えばお前らのせいじゃない。オヤジ自身が帰ることよりお前らの所に残る事を選んだんだ。それに現場にいたお前なら知ってるだろ?アレは俺の力不足が招いた結果であってお前が気にすることじゃない」

「分かってる、私では当時どうすることも出来なかったことぐらい……」

気にするなという言葉の意味がどうも噛み合っていない気もするが、ここで否定したところで頑な紬は首を縦に振ることは無いのだろう。

「それより気になることがあるんだが、何でお前がウチの妹のこと知ってるんだ?お前と何処かで接点でもあったのか?」

「九音にはクイーン討伐戦で窮地を助けられた。凄く遠い距離から正確に当てて来た。紛れもなく、アレはただ者じゃない」

「妹をアレって言うのはやめてくれ。確かに66番街区で見たときに、何か持ってるとは思ったが……アイツはお前がそこまで言う腕前なのか?」

「弟切よりは劣る、でも遜色は無い。総括するなら間違いなく手練であることは認めざるを得ない」

紬の言葉が聞き間違いかとも思ったが、特徴的過ぎる苗字を聞き間違える筈がない。

紬が九音を知っていることはさておき、比較対象として弟切の名前を出した事で八城は紬を見返すことしか出来なかった。

「無言で何を驚いている?」

「あっ……いや、お前が九音を認めるような事を言ってるのもそうだが、何より弟切の名前を出した事が以外だったからさ」

「……別に、狙撃手として比べるならアレは私の知る誰よりも高い技術を持っていたというだけ。話題に上がらないのは大した存在じゃないから」

吐き捨てる紬の言葉にはそれ以上の感情が入り交じっているのが八城には分かるが、深く詮索する気はない。

八城は当たり障りのない言葉を選び口を開く。

「大した存在じゃないって、一応お前の師匠なんじゃないのか?」

「弟切は確かに私の師匠。けれどアレは一華と同じで尊敬できる人間ではなかった」

八城に生き残る為の剣技を叩き込んだのが野火止一華だとするなら、紬の拳銃の技術を叩き込んだのは弟切師草ということになる。

紬の銃器のイロハを叩き込み、現在の白百合紬を完成させた人物だが、紬はそんな師匠とも言える弟切師草を嫌っているかの様に、口元を苦く歪ませる辺り、どちらも師匠に恵まれなかったのは言うまでもないのだろう。

弟切師草の話題に対して暗い底に沈む仄暗さを紬の言葉の隅に感じ、八城は話題を切り替える。

「ならお前がそこまで言う九音が仲間になったら、頼もしいか?」

「そうなった場合私のことをお姉様と呼ばせるのも悪くない」

「お前とほぼ同い年だけどな」

紬と九音は同学年だった筈だが、三月生まれの紬は生まれ順的に見れば九音より年下の分類になるだろうが、紬にとっては関係ないのだろう。

「まぁもしアイツが仲間になることがあったら、仲良くしてやってくれ」

「それはいい、是非一度ちゃんと話しがしてみたい」

紬は興味を持った様に微かに笑みを浮かべると、明け方のバルコニーで何やら難しい顔をしているテルを指差した。

「そういえば、何故八城くんはこんなに早く起きている?さっきからテルは何を焦っている?」

「……お前、盗み聞きしてたんじゃないの?」

「無論盗み聞いていた、だけどそれは途中から。それに、扉越しで所々聞こえない部分もあったから詳細を知らない」

盗み聞きをしていたとは言うものの、紬には悪びれる様子は一切なく、余りにも堂々としているのでそんなものかと、八城は自身を納得させると、件の様子が分かるバルコニーを指し示す。

「聞こえてなかったなら、とりあえずバルコニーに出て外を見てみろ、興奮するぞ」

小動物の様に可愛らしく小首を傾げてみせた紬は八城に言われた通り、バルコニーヘ出てその年齢に追いついていない体躯を手摺りに乗り出し周辺を見渡して行く。

何時も仏頂面を張り付かせている紬だが、その表情はみるみる内に生彩に華やいだ。

「これは……絶好の花見日和」

秋晴れの中、満開の花々を見た紬が発したのはそんな一言だった。

紬は八城と同じ東京中央においての古株なのでエルダージャックの存在を認識しているのだが、一夜にして絶景に塗り変わった新宿の街に目を輝かせている紬はエルダージャックの存在を知っている者とは思えない能天気な言葉だが、焦っても意味が無い事は確かだ。

八城は仕方ないと重い腰を上げ身を乗り出し周辺を見渡している未だ頬の赤い紬へ、自らが着ていた上着を羽織らせ肌寒い廊下を抜けながら3人分の花見の支度を整える為にキッチンへと向かっていったのだった。

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