帰郷11
エルダージャックの出現と菫の東京中央への移動の関連性を紐づけるには、些か慎重な議論と検証を挟む余地があるのだろうが
重要な変換の時期に差し掛かっている東京中央にとっては結果が全てだ。エルダージャックが何故か今菫の出現と同時に地下道から現れた。その現実の前では全ての根拠などあってないようなものだろう。
エルダージャック特有の能力もさることながら、現在東京中央に到着した桜と菫の身柄の扱いが気になる所だ。
「テル!今東京中央が桜たちに対してどんな対応をとってるか、調べられるか?」
「分かると思うっすよ、他に知りたいことはあるっすか?」
サラッと分かると言ってのけるテルだが、それは情報として閉鎖されている東京中央に内通者が居ると言ってる様なものなのだが、現在テルの協力がなければ状況の打開は不可能なので、今はテルの発言には目を瞑るしかないだろう。
「……そうだな、出来れば、東京中央に入った八番隊四人の所在を正確に知りたい、それから野火止一華の現在地も調べて欲しい」
「んんッ?No.一っすか?今更場所を知ってどうするっすか?まだ八番が一番とした約束の日時までは二日あると思うっすけど?」
シレッと言ってのけたテルだが、流石に八城はその違和感を見逃す筈がなかった。
「……追加で、何でお前が俺と一華との約束を知ってるのか最優先で詳しく調べて欲しいって言ったら調べてくれる?」
「……それはどう調べても私にも分からないって断言できるっすね」
何処まで知られているのか分からない諦めに八城は呆れに近いため息を付くと、視線を逸らすテルは気まずげに顔を上げた。
「でも本当に分からないんすよ。なんの為に今更一番の所在なんて知りたがるっすか?正直八番はもう、一番と関わっても良い事ないんじゃないっすか?」
野火止一華と関わっても良いことが一つもないことは確かな事実だ。
だが、八城が関わらなければならない理由が……いや、存在が一華の元には確かにあった。
「アイツと会って良い事が一つもなくても、アイツのところには俺の妹がいるんだよ。ここ数年柄の悪い奴らとつるんでるから、そろそろ連れ戻さないとあの世のオヤジが心配する」
東雲九音、八城がこの四年間ずっと気に掛けていた唯一、血の繋がった兄妹。
行方が分からないままになっていたが、野火止一華は東雲九音を連れて現れた。
「……そういえば九音さんはずっと一華さんと一緒っすもんね。確かに八番からしてみたら、妹さんがずっとあの集団に居るのは避けたいところすっけど、連れ戻してどうするっすか?遠征隊に就職でもさせるっすか?」
「ふざけんな、遠征隊なんてド・ブラックな場所に妹を置けるかよ!マリアの所の孤児院で丁度手が足りてないんだ、そこに放り込んでマリアの手伝いでもして貰うさ」
妹を一秒でも早く野火止一華から離して、普通の暮らしに戻してやらなければならない。
家族という括りで生き残っているだけでも幸運なのだ、生き残っていると知って手放したいと思える訳が無い。
八城の頑固とも取れる言葉にテルは僅かに口元を吊り上げる。
「まあ、自分から言うことは無いっすけど、それで本人が納得するっすかね?戦う方が性分に合ってる性格なら無理に一番から引き戻しても、直ぐに逃げちゃうんじゃないっすか?」
「馬鹿言うな、好き好んで戦う奴がどこに居るんだよ。誰だって必要だから戦うんだ。それにこれからの東京中央に居れば戦いの必要はなくなる。お前だって紬だって誰もが戦いの無い日常を送る権利がある」
「そうっすね。東京中央はこのままいけば戦う必要の無い場所になるっすから、戦わないことに関しては私も大賛成っすよ。だけど、八番は九音さんがNo.一の所に身を寄せている根本的な理由を分かってないっすよ」
「アイツの心情なんて俺が知ったことかよ。アイツが嫌がっても無理矢理にでも連れて行く。一華と同じ場所なんかに置いておける訳が無い。俺からすれば妹を一切一華と関わらせたくないんだ。それに善も雛もこのままじゃフレグラから離れられなくなる」
頑固な八城の言葉にヤレヤレとテルは両手を上げ、八城を睨みつける。
「それは八番としての最後の仕事のつもりっすか?一番と事を構えて無事に済む訳がないっすからね、それとも今の私は自殺志願者に時間を割くほど暇に見えるってことっすか?」
八城の心臓の鼓動が一つ跳ねた。
八城自身最後にするつもりなど毛頭ないのだが、心の何処かでやりきったと思ってしまっている事も確かだ。
やり残したのだと思ってしまっているという思考に、八城もテルを見つめ返す。
「馬鹿言うな、オヤジも居ない妹を一人寂しくバージンロードを歩かせる気なんてない。どうせ八番なんて肩書きはこれからの奴にくれてやるんだ。これからくれてやる肩書きなら使い潰すまでだろ」
「使い潰す、いいっすね。……じゃあ最後に八番……いえ、東雲八城に質問したいっすけど、八城さんは最終的に東京中央をどうしたいっすか?もう核心には関われないであろうアナタはこれからの東京中央で何を目指すんっすか?」
想定外の思いがけない質問ではあったのだが、想定をしてなくともその言葉はすんなりと八城の口を開かせた。
「簡単だ、紬も桜も時雨もマリアも全員が眉間にしわ寄せずに安眠できる場所に出来ればそれでいい」
言ってみてしっくり来るのは、そんな言葉だ。
平和も安全も、八城の目指す場所ではなくただ周りの人間が幸せであるなら八城としてはそれ以上を望まない。
核心に関われなくとも、八城から失われたものなどなにもない。なら問題は一つもない。
晴れ晴れと一切の迷いなくそう言いきった八城にテルは屈託の無い笑顔を向けて、八城の言を笑い飛ばした。
「ハッハ!どうやったって無理っすよ!誰がどう考えたって、現状が好転する要素が無いじゃないっすか!」
心の底から笑い転げるテルに、八城も釣られて笑う。
「確かにな!誰がどう考えても絶望的だろうな!四年前よりずっとな!だけど、なんでだろうな……今までにない頼もしい仲間が居れば出来る気がするんだ。俺一人だけじゃ無理かもしれないけど」
「頼もしい仲間……そうっすか、有り難い言葉っすね」
テルは八城から思いがけず零れた一つの言葉を噛み締め、表情に力を戻す。
「確かに安眠出来るていうのは一枚噛みたいぐらいには魅力的っす!それ以上に嬉しいことはないっすもんね!八番の覚悟うけたまわったっす!東京中央八番隊の現状の調査と野火止一華の現在地の詳細、このテルが出来る限りで調べてみるっすよ!」
どこから持って来たのか、出会った時も持っていたでっかいラジオを日の登りきったバルコニーに設置しヘッドフォンを付けて何やから小難しいことをやり始めたテルを横目に流し、ずっと気になっていた方へ視線を向ける。
「紬、もう起きて来て体調は大丈夫なのか?」
半開きになっている廊下へ続く扉、もっと言うのであればその向こうに隠れる様に立つ人物へ視線を移した。




