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プラナリア  作者: りんごちゃん
背水の牙城
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帰郷3

菫と共に列車に戻ると、ボトルの水を頭からかぶる何とも男らしい時雨が一昔前の広告に出ていてもおかしくない飲みっぷりを披露して、此方を振り返る。

「よう大将!戻ってきたぜ」

目の前の可憐な見た目に騙される事なかれ。

八番隊きってのガキ大将、おっさんの精神と少年の心根をそのままに国民的美少女の仮面を被った元アイドルだ。

「心配はしてないが、もう身体は大丈夫なのか?」

「万全も万全だぜ!土手っ腹もクソひり出しても痛くねえ程度には快調だ!」

「あらあら、まぁまぁ時雨、あまり下品な言葉は使っては駄目よ。菫ちゃんが真似したらどうするのかしら」

文字通り腹が切れていた筈なのだが、二週間程度で回復できる時雨の回復能力は大したものだ。

それに怪我前にも増して下品さも元通りどころか更に拍車が掛かっている辺り、本当に完全に回復したのだろう。

「しかしよう大将。傷も治って良い事尽くめの中で私は一つ気に食わねえことがるんだが、何でコイツが八番隊に来てんだよ!コイツのせいでここに来るまで私は散々な目に遭ったんだぞ!」

時雨は隣で座っているマリアを指差して青筋を立てる時雨はやはりと言うべきか怒っていた。

二人が現れたのは西武中央管轄の区間からだが、集合地点まで感染者を引き連れて来た辺り、マリアが何処かの番街区ヘの肩入れをしたということだろう。

「マリア、お前……またやったのか?」

「またってなんのことかしら?私は困ってる人たちを助けただけよ。それが私達No.sの本来の仕事でしょう?」

「No.sの仕事だぁ?テメエ!私まで愉快な鬼ごっこに強制参加させやがって!大した仕事もあったもんだな!」

「時雨なら逃げられると知っていた、だからそうしたのよ」

「知っててもやっていい事と悪い事があるだろうがよ!あぁもう!話し合いになりゃしねえ!大将もなんとか言ってくれ!」

実力を見抜く目が確かなマリアがそう言うのであればそうなのだろうが時雨は全く納得しておらず怒り心頭といった様子でマリアへ詰め寄って行くと紬は時雨の言葉を聞いて手に持っていた弾倉を床へ落とす。

「やって良い事と悪いこと……まさか時雨からそんな言葉が出るとは思わなかった」

「ちびっ子は黙ってろ!」

「ムカっ!その言葉は聞き捨てがならない!私は今年で16歳になる。グラマラスな大人への階段を登り始めている私に対してその言葉に似つかわしくない、今直ぐに撤回を要求する」

「時雨さんも紬さんも落ち着いて下さい!マリアさんの人助けが私達の存在意義であるのはその通りなんですから!」

桜は殴り掛かろうとする紬をなんとか押さえつけ菫はマリアへ掴み掛かろうとする時雨の腹へ張り付くように止めに入るが、菫の体重が軽過ぎるため時雨は菫に掴み掛かられたまま、マリアへと手を伸ばす。

時雨の指先がマリアの胸ぐらに僅かに触れた時、列車は甲高い鉄の擦れる音と共に大きく揺れると、時雨はマリアの胸部にそびえる柔らかな双丘に頭からダイブする。

「あらあら時雨ったら甘えん坊なんですから、私はアナタのママじゃないわ」

大胆なんだからと言いたげに頬を緩ませながら、小柄な時雨を優しく抱きとめるマリアはまんざらでも無さげに時雨の頭を撫でているが、時雨は軽く間接をきめられているために動く事が出来ずにいた。

「誰がどうやってテメエをママと勘違いすんだよ!ちょっ!お前!いいから離しやがれ!」

暴れ回る時雨は本気で抵抗しているのだろうが、涼しい顔をして締め上げるマリアを前には時雨の暴れ具合など風鈴を揺らす風邪程度の抵抗にもなっていないのだろう。

だが、マリアは大丈夫でも西武中央から借り受けた車両周りの部品まで破壊しかねない時雨の暴れっぷりに流石の八城も止めに入る。

「落ち着け時雨、これからお前達には大事な話がある、それにマリアも時雨を離してやってくれ」

掴んでいたすんなりと離すマリアに時雨は気味の悪さを感じていたが、八城のいつになく真剣な面持ちの八城に時雨もこれ以上の言い争いをするつもりは起きなかった。

「……クソったれ、分かったよ!それで?大将からの大切な話ってのはなんのことだ?」

八城は全員を見渡し、一つ呼吸を整える。

「これから東京中央で起こる……いや鬼神薬を始めとした全てのピースが揃った今、東京中央は大きな選択をする事になる。だからお前たちはお前たち個人の東京中央での立ち位置を決める必要がある」

野火止一華がこの時期に帰って来たのは偶然じゃない。

一華にとって一華を捨てた場所に帰って来る理由など存在しない。

もしあるとするのなら、東京中央に一華が帰って来るだけの理由が出来たという事だろう。

なら答えは一つだ。

野火止一華は時期を見計らって東京中央に帰って来た。

これから東京中央で待ち受ける問題は東雲八城と柏木ヒカリの間で取り交わされた約束でもある。

暴力では解決し得ない。

内情で複雑に絡まり合った八城が問題だらけの東京中央に所属し続ける根幹を為す問題だ。

「お前らには話さないといけない……いや、俺がお前達には話したいんだ」

金木犀が連なる通りを横目に車両が通り過ぎながら、八城は二年前のこの時期に起こった八城自身と柏木ヒカリと野火止一華、そして『弟切師草』に関わる問題に思いを馳せる。

「そうだ。アレは今から丁度二年前、東京中央と番街区が出来る切っ掛けになった事件の話だ」

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