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プラナリア  作者: りんごちゃん
廃城
315/386

廃城15

バイク操作のレクチャー受け、初めてバイクにまたがった感想は以外にバイクは重いということだろう。

ひとしきりの感覚と操縦を覚え、八城が道を先導する形で来た道を戻る。

夏の雲を追いかける度に風が頬を撫で、夏にも関わらず半袖で日陰を走ればやや肌寒さを感じるのは新鮮な感覚だったし、なにより道路をこんなスピードで疾走するのは初めての体験だった。

「どうだい?楽しいだろう!」

そう言われて自身の頬が不謹慎にも緩んでいる事に気付かされる。

前から投げかけられる柏木の言葉に一つ頷きながらも、高揚し緩む頬までは隠せない。

「なに!隠す必要はないさ!どんな状況でも楽しさを忘れては心が死んでしまうからね!それに今向かっている場所には、キミの大切な人もいるんだろう?キミが辛そうにしている事を望む様な人じゃないんじゃないのかい?」

一華とは違い見透かされているのではない理解は何処か居心地がよく、頼る辺がなかった八城にとってこれ以上に必要だったものはない。

「俺はアナタに最初に会いたかったです!もし看取草が居なかったらアナタの事を好きになってました!」

「ハハッ!嬉しい限りだ!僕はこれまでからっきし恋愛というものに縁がなかったからね!二番手とはいえ人生初めての愛の告白だよ!」

快活に笑う横顔は見蕩れる程に綺麗で面倒見がよく、女性らしいシルエットも兼ね備えたボーイッシュなショート髪の年上美人というだけで点数が高い。

あまつさえこの数日八城が求めに求めた頼りがいまで兼ね備えているというのなら好きにならない方が失礼だ。

八城に年上趣味はないが、この際歳上好きを公言してもいいぐらい、八城は柏木に好感を覚えていた。

同行する柏木と共に会話を交えながらバイクを走らせて、二時間程で辿り着く。

歩いた時はこんなにも遠かったと感じた場所は以外にも直ぐに辿り着く事が出来た。

そして、それはあった。

そして、それは居た。

積み重なる『そして』の数だけ

楽しさを吹き飛ばす、冷や水を浴びせられた様に指の先から体温が抜けていくのが分かる。

そして……

そして……

そして……

そして、八城が朧中をフェンス越しに見た光景は……

最悪を通り越して『災厄』だった。

煙と血の据えた匂い。

点々とアスファルトの上を朧中へ向かって一直線に続くのは夥しい数の血痕だ。

目で見て、匂いで感じて、聞こえて来るのはたった一つの真実だ。

「なんで……どうして……」

八城から零れた言葉は、状況を説明するまでもない。

柏木は思わず顔を背け、八城は溢れんばかりの一体……フェンスに張り付く感染者の名前を呼んだ。

「今下……さん……」

フェンス越しに見覚えのある顔は、八城がここを出る時に約束を交わした張本人だ。

多くの感染者がフェンスを揺する音は、コンサートホールのように響き、呻きの合唱は八城に現実を突き付ける。

「全体!いま直ぐに後退しろ!ここの壁はもう保たない!」

生者が来た事を如何様にして知るのかは知る由もないが、感染者は自ずと寄って来る。

食べ物にたかる蠅の様に、群がりやがて食い尽くすまで止まる事をしない。

「八城くん!見て分かる通りこの数だ!最早言わなくても分かると思うが時間が無い!早くこの場を……」

彷徨う八城は柏木の言葉など聞いてはない。

ただ一人の存在を探すために、フェンスに向かって一歩歩き出し柏木は即座に八城の首元を引っ張った。

「何をしているんだ!そっちは駄目だ!」

「だって……だって看取草が……この避難所には看取草が居る筈なんです……待ってるって……そう言って俺はこの場所に看取草を置いて行って……だから」

視線を彷徨わせ、膨大な数の感染者を右から左へ流していくが、看取草らしき人物は見当たらない。

「もっと前に行かないと……探さないと……看取草が待ってる」

「駄目だと言っている!」

看取草はフラフラと歩こうとする八城を押し倒し、顔を鷲掴みにして無理矢理に前を向かせる。

「キミの役割はここにはない!見ろ!ここにはキミを必要するものは、もうないんだよ!」

言われなくとも分かっている。

ただ分かっていても……

「もういい……俺を、ここに置いていってくれ……俺はここまででいい。いや……もう、ここまでがいい……」

覚めない悪夢なら、いっそ終わらしてしまった方が楽になる。

認められない現実も、どうにもならなかった事実もいまの八城には重過ぎる。

柏木は八城の言葉を聞き終わり、優しく八城を抱きしめると耳元で『カシュ』と空気の抜ける音と共に八城の身体から力が失われて行く。

「そうか、ならキミの命は僕が使う。悪いけれど君の好きにさせる程、僕はお人好しじゃない」

定まらない視界と混濁する意識の中柏木ヒカリはそう優しく嘯き、真夏の太陽を背に受けながら軽々と八城を抱き抱えたのだった。


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