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プラナリア  作者: りんごちゃん
廃城
310/386

廃城10

揺らぐ陽炎の向こう側、八城は目を凝らし禍々しい存在を見つけてしまった。

着実に歩みを進める化け物の姿は確かにまだそこに居る。

無人の街中でたった一つ立つのは人影を模した化け物だ。

身体は言わずもがな、両手両足がまだしっかりと付いて動いているのが奇跡と言っても過言ではない。

一錠飲んだフレグラの効果もまだ辛うじて続いている。

ギリギリで刀を手放さなかったのは不幸中の幸いだ。

足は動く、腕も動く視界は揺らごうとも身体が戦えるのなら、生にしがみつくためにも八城は刀を構える。

距離を取れば、遠距離からの投擲が来る。

この足では逃げる事は叶わないだろう。

切り抜けるのなら戦って勝つしか道は残っていない。

戦うのなら刀が届く八城の間合いで戦うしか道はなく、それは同時に相手の間合いで戦うという事だ。

一撃でも身体を擦ればその時点で致命傷となるだろう。

手の震えと脈打つ鼓動すらハッキリと伝わる緊張の中で刀に切っ先を真正面へと向け直す。

化け物の瞳の位置は分からないが、肉の甲冑の向こう側で太陽光の反射で赤く光る水晶体が此方を舐めるようにジッと見つめているのが分かる。

人の身体を模している化け物だが、その内容は人の身体ではないのは明らかで、八城が数歩を必要とする距離を一歩と掛からず跳躍し、八城では到底扱いきれない重量を難なく持ち上げる。

首回りは硬い甲冑の様な外皮で覆われて、ガソリンの爆発ですら外傷を与える事が出来なかった。

どうやって倒せばいいのかの見当すら付かないのが現状だ。

対する八城はボロボロの身体と、これまたボロボロの刀が一本だけ。

「どう足掻いても分が悪いか……だが、一分一秒でも……長く生き残ってやる……」

口の中の呟きと同時の初撃は真上からの叩き付けだが、八城は辛うじて軋む刀で受け流す。

撃ち下ろした隙を狙い、二撃目は八城から相手の懐に入り込み無理矢理に刀を肉の甲冑に隙間に押し込むが、器用に身体を捻った化け物の初撃が八城の左肩を掠め、溜まらず八城は刀を引き抜き大きく後ろへ飛び下がる。

攻撃を掠めただけで左肩が外れ、激痛の最中三撃目が八城を襲うが幸運だったのは八城が倒れる方向と向かって来た相手の位置が交差したという点だろう。

全体重を左肩に掛けながら、向かって来る相手にタックルをかます要領で左肩を無理矢理に入れ込みつつカウンターを決め、お返しとばかりに八城は右手で持つ刀で再度伸びて来た手の甲へ切っ先を思いきり突き刺しねじ込んでいく。

「ハハッ!痛いか!俺も痛いからお互い様だ!」

花火が散る思考はチグハグで八城自身正気を保っている自信が無いが、今はもうどうでも良い。

今の一秒を生き残らなければ、全てが無駄になると分かっているからだ。

「いい気分だ!もっと来い!」

暑いのは夏のせいか、それとも戦闘によって熱せられた思考が熱膨張をしているのか分からないが不思議な事に八城には相手の動きが見えてくる。

だが、見えていても避けられる訳ではない。

雑な回避は着実に八城へのダメージを蓄積し、八城はお返しとばかりに刀を振るう。

攻防という名の攻撃と攻撃の削り合いは先が目に見えている。

無限とも思える回復力を持つ感染者と有限の命の八城とでは最初から勝負の行方は決まっているのだから。

風切り音と、爆砕音が交互に響き攻防の音が二十を超えた時、それは八城が再度突き刺した甲冑の隙間を引き抜こうとした最中に化け物は刀を握り込む。

習熟というには機械的で、学習というには些か人間臭い動きだが化け物は握り込んだ逆の拳を手刀の形で握り込んで自信の身体に固定した刀へ振り下ろした。

八城自身も悪手だと気付いたがもう遅い、握っていた刀は化け物の横からの手刀を浴びると甲高い音を奏で刀は中程で叩き折れた。

それでも諦めず、更に前へ折れた刀を握り込み中程で折れた刀を甲冑の隙間へ叩き込むが、甲高い笑い声と共に甲冑の手のひらで受け止められる。

一瞬肉の甲冑の手のひらの中で悲鳴のように軋んだ刃は、根元から刃としての形を失い砕け散った。

全てがゆっくりと過ぎていく時間の中で鈍色の破片が太陽の中で光り輝くコントラストを見届けた後、血沼の底に精神が落ちて行く感覚が八城を飲み込んでいく。

戦いの中で必要なのは暴力だ。

一華の言葉を認めるように、八城もまた一本の鈍色の暴力に頼っていた。

だからこそ、ただ一つの暴力の手段が絶たれた今、八城はもう戦えない。

八城の限界が訪れた。

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