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プラナリア  作者: りんごちゃん
廃城
307/386

廃城7

化け物は揺らぐ事をしない。弱点と信じて疑わなかった頭を斬り飛ばされてなお目の前の異形は動き続けている。

反射的に距離を取ろうとする八城だが遅過ぎる。

八城が最初に感じたのは浮遊感、次いで鳩尾に入ったのは不愉快なまでの異物感と吐き気が押し寄せる。

水を吸ったスポンジを思いきり絞り上げたように、八城の口から抑えきれない吐瀉物が噴出し反転した視界の中四肢の力が抜けて行く。

感染者はグッタリと壁にもたれ掛かる八城を再度掴み上げると、八城の体重など感じさせず発泡スチロールの如く軽々と持ち上げる。

八城は持ち上げられた間際、途切れそうになる意識の中で掴み上げる感染者の左腕の関節部に刃を滑り込ませ、衝撃の瞬間に柄を勢い良く捻り上げる。

放り投げられた八城は廊下を数メートル飛ばされた衝撃で視界を明暗させたが、相手の腕一本と引き換えならば上出来といった所だろう。

咳き込みながら立ち上がる廊下の先では、左腕を失っても未だ健在の感染者が呻き声を上げている。

「なんなんだよ、こいつ……まだ動くのか……というか、俺の方ばっかり来るな……どれだけ俺の事好きなんだよ……」

八城の後ろには子供が九人と大人が一人。

感染者にとってのうまい飯にありつきたいのなら八城など無視して無理矢理にでも八城の後ろへ行けば良いのだが、この感染者は決して八城を無視する事をしない。

「だが、お前がそのつもりなら、こっちとしても好都合だ……」

学生時代でも告白された事がない八城にとって、執着されるなど初めての体験だが八城の好みとかけ離れているため早々にお引き取り願いたいところだが、そんな八城の気持ちなどお構い無しに感染者は左腕がない事に、首を傾げる様な動作をした後にゆったりと八城の方へと近づいていてくる。

八城へ執着を見せている……というのも違和感があるが八城が感じているのはもっと焦りに近いものだろう。

「そういえばコイツ、最初から頭が半分が無かったな……」

醜く膨れ上がった通常の感染者とは常規を逸している目の前の感染者は最初見た時から顔上部が欠けていた。

口までは辛うじてついていたが、ある意味付いているだけと言った方が的確だろう。

あくまで飾り付け程度に口が付いていて、他の感染者のようにまず噛み付きに来るという事はしなかった。

口元に残る不快な液体を吐き出しながら、八城は呼吸を整える。

「まだ戦うつもりなら気を付けて、奴は普通じゃない」

どうやらこの生意気な紬という少女は人を気遣うという事が出来ないタイプの人間らしい。

「普通じゃないのはお前も含めて見りゃ分かる」

「それは……腹が立つ暴言。私の心配を今直ぐ返すべき」

「返して欲しかったら、なんでもいいから役に立つ助言の一つでもくれ!」

近接でやり合おうものならば、一撃食らえば人生の終幕を迎える感染者からの攻撃と八何処を攻撃してもビクともしない八城の攻撃では優位性に差があり過ぎる。

風切り音が聞こえるギリギリで攻撃を避けながら、攻撃の機会を伺う八城は見たくない現実を垣間見る。

「おい!クソったれ!何でさっき斬り飛ばした腕が再生してんだよ!これじゃあ本当に手の打ちようが無いぞ!」

先に斬り飛ばした左腕の先端からは、小さな左腕が枝分かれするように生え始めている。

これまでの激動の道中でさえ見た事も無い光景は八城の思考を急かすが、時間を掛ければ掛ける程に感染者が有利になるのは変わらない。

狭い廊下内での横薙ぎを打ち払いざまに新たに生えた腕をもう一度斬り落とし、時間を稼ぎ続ける八城だが、フレグラの限界時間が近い事が体感で分かる。

八城がこのまま動けなくなれば、この場で誰も助かる見込みは無いだろう。

「この化け物について知ってる事はなんでもいいから教えてくれ!」

出来る限り時間を稼ぐ事は出来るが外の感染者が内に入って来れば、後ろに控える子供に助かる術はない。

この気に乗じて逃げ切れなければ、 それまでという事は紬も理解しているのだろう、八城の言葉に記憶の中で目の前の感染者の情報を絞り出す。

「確か……今まであのタイプを見たのは街中を合わせて三回。一体は足が、もう一体は肩の部分……どのタイプも共通するのは一部分が膨らんでいたという事と、頭が欠けていた……」

思い付いた事実だけを述べる紬の言葉と目の前の化け物を照らし合わせる。

全ての変化には意味がある。

でなければ変化に差が生じることはないからだ。

では、個体によって違いがあるとするならその意味は何か?

目の前の感染者が頭部を斬り飛ばしても動きを止めないのは何故か?

他の感染者との違いはなにか?

目の前に感染者の見た目通りの剛力は確かに脅威だ。

だが右腕が膨らんでいるために左右のバランスが悪いのか、攻撃は雑で狭い通路でなければ容易く躱す事も出来るが威力は死を纏っている。

そして、この感染者太い腕での攻撃をして来ない。

幾度、幾度も感染者は八城に対して攻撃を重ねるが八城が斬り飛ばした再生途中の左腕ばかりで攻撃を繰り出して来るのだから違和感は攻撃を避ける度に増していく。

「このままじゃ埒があかないからな……お前の言葉を信じてやってみる価値はあるか」

未だに込み上げる鳩尾の感触を抑えながら、手元の刃を見る。

刃は所々が欠けており、心許ないが信じる他無いだろう。

「何をする気?」

「賭けだ、もうこの刀も長くは持たない。手の内がなくなる前に打てる手は全部打つ」

「私は何をすればいい?」

「俺が撃てと言ったら俺の撃って欲しい場所を撃ってくれればいい、残弾は何発ある?」

「残りは三発だけ」

そう言って拳銃の残弾に不安気に見つめ返して来る紬に、曖昧に笑いかけ八城は一気呵成に前へ出る。

感染者の左腕は三度目斬り落とされているというにも関わらず大方の再生を終え、おまけに左腕が腕の付け根から二本も生えている。

予想外に次ぐ予想外、この一ヶ月は予測の付かない事だらけだったが、目の前の敵はその上を行っている。

「だけど、二人ならやれない事もない!」

八城は自身へ言い聞かせ、二本左右から来る左腕を搔い潜りながら太い感染者の右腕に刃を突き立てる。

感染者の外皮は硬く、木の幹の表面を削るかのように刃が表面を滑り落ちていく。

その機を逃す筈も無く感染者はいとも簡単に八城の左の二本の腕で抱きすくめ持ち上げる。

始めての抱擁が看取草で本当に良かった。

あの美しい思い出が無ければ、人生始めての抱擁が化け物の左腕という事実に心が折れていただろう。

「病気をうつされたら帰った後に看取草と良い事が出来ないからな、悪いがお前とは付き合えないんだよ!」

片腕で持っていた刀を両手に持ち替え、思いきり肩口へ体重を込めて押し込んでいく。

切れ味が悪くなった刀では限界があるが、八城の総体重を乗せれば十分に役割を果たしてくれる。

八城の力量では感染者の太い腕を断ち切る事はできないが、この一発で決着を付けなければ、感染者の再生能力で直ぐさま再生されてしまうだろう。

だから決着をつけるのなら一撃が必要になる。

刃を滑り込ませた表皮は縦にパックリと割れ、体液と赤々とした肉が除き見える傍らにそれはあった。

目の前の感染者に欠けていた頭部の上半分……つまり脳漿だ。

「紬!今だ!」

八城後ろに隠れていた紬が、手のひらサイズの回転式拳銃を手に狙いを定め引き金を引き絞る。

激しい反動と目を瞑った事が相まって銃口が跳ね上がり、八城が斬り開いた箇所より僅かに上の上腕部を銃弾が掠める。

「なに外してんだよ!よく狙え!ヘタクソ!」

「ムカッ!その言葉は心外、次は外さない!」

もう一度撃鉄を下ろした紬だが、今度は微かに身を捩った感染者の所為で着弾点が逸れる。

「人には言うくせに!ちゃんと抑える事も出来ないのは使えない証拠!」

「馬鹿言うな!締め付けられてこっちは死にそうなんだよ!」

八城は二本の左腕に絡まれながらも、決死の力を絞り出し切り裂いたまま突き刺している刀を更に押し込み、感染者の右腕を壁に固定する。

「おら!これで文句ないだろ!最後の一発は外すなよ!」

「言われなくとも外さない!」

紬は視線を外す事もせず、感染者の脳漿にゼロ距離で引き金を引いた。

友人の最後を送った拳銃は最後の一発を射出し、火薬独特の匂いが鼻孔をくすぐると八城を締め付けていた二本の左腕が急激に弛み、急に放り出された八城は受け身も取れず地面に投げ出されると、廊下を転がった拍子に渡り廊下の向こうに居る何かと目が合った。

ガラス張りの廊下の向こう側で、赤い瞳のソレはこちらをジッと見つめていた。

それは子供の姿をしているものの喉から腹に掛けて皮膚が垂れ下がり、瞳は特徴的な濃い赤色を宿している。

そして、八城と目が合った直後、その赤い瞳の感染者は大きく息を吸込んでいく。

弛んでいた皮は膨張し、大きく膨らんでいくのを見てこのままでは不味いと理解していても、ダメージが残る八城の身体は言う事を聞かない。

八城は今戦える、戦力へ視線を移す。

「オヤジ!向こうに何かいる!急げ!」

指差した八城の言葉に弾かれる様に見つめた七瀬は一直線に廊下を駆け抜ける。

赤い瞳の感染者が、空気を吐き出す直前、間一髪で七瀬の刃の間合いは赤い瞳の感染者へと届いた。

一刀の刃を持って感染者の膨らんだ膜の表面ヘ突き立てたが、八城が屋上を登るまでに酷使した刃は切れ味を失い表面を滑っていく。

七瀬は知っている。

目の前の敵はこの学校を今の地獄に変えた個体によく似ている。

体躯は小さく、一個体そのものの戦力としての脅威は大した事は無い。

だが七瀬はどんな個体より、この赤い瞳をした個体を警戒していた。

一瞬の躊躇いの中、思い浮かぶのは後ろに居る息子の顔だ。

危険を犯してまでこんな所まで来た、可愛い息子の事。

愛して止まない、全てを置いても守りたい存在の一人。

だからこそ決心が付いていた。

愛しい息子を助ける為の最善手が、きっとここまで来てくれた息子の願いを踏みにじるのだと知っていても、優先順位は決まっている。

目の前の敵が叫ぶ直前、七瀬は刀を手放し大きく開いた感染者の口に自分の握り拳を叩き込んだ。

「させねえよ……ここには俺の世界で一番大事なモンが居るからな!」

感染者の口の中にある右手から鋭い痛みが走るが、七瀬は更に前へ喉奥まで腕事押し込んでいく。

ただ、目の前の感染者に何もさせてはならない事だけは七瀬が一番理解している。

だからこそ、後は待てば良い。

七瀬はじっくりとその時を待ち……そしてやってくる。

何よりも愛した存在は誰よりも頼もしく、守ってくれるのだから。

八城は、転がっていたボロボロの刀を拾い上げ、小さな感染者の両手両足を斬り飛ばし、膨らんだ膜を刃の先端を絡ませ捻り斬る。

「オヤジ……嘘だろ……」

見れば分かる、口に手を突っ込んだのだから当然の結果だろう。

口の中を無理矢理に突っ込んだ為か、腕には引っ搔き傷の様なミミズ腫れと深い噛み傷が痛々しい生傷となって連なっている。

「待ってろ、今、こいつにトドメを……」

そう言って芋虫に近い形状の赤い瞳の感染者へ刃を向けた八城を、七瀬は止めに入る。

「いや、いいんだ。コイツにはもう少し役に立ってもらう」

腕を引き抜いた七瀬は何故か、感染者にトドメをさす事をさせず、四肢の千切れた感染者の首根っこを引っ張って血の轍を作って歩き出した。

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