凪2
翌日早朝
「ありえない」
「ああ、マジでありえねぇな」
「ほら二人ともしゃんとして下さい!隊長だって起きて来てるのに!」
八城達八番隊はマリアの宣言通り早朝五時に叩き起こされ、夏野菜の収穫に駆り出されていた。
「マリアこの後はどうする?」
「そうね〜向こうから肥料を一輪車で持ってきてもらえるかしら?」
「おい!お前ら。向こうから肥料を持って来い」
「ありえない!」
「横暴だ!」
ブーブーと反抗する紬と時雨二人を桜が宥め三人で肥料の場所を目指す。
三分後。
「ぐじゃいよ〜いやだよ〜えっぐっうぐぅ」
桜が肥料のある場所で転んだらしい。
全身を豚の糞に塗れ、泣いて帰ってきた。
「久しぶりに桜に殺意を覚えた」
「こいつのドジは死んでも治んないだろうなあ!」
なるほど二人も巻き添えを食ったようだ。
所々にべったりと豚の糞が付着している。
「絶対にこっちに来るなよお前ら」
「だいじょ〜ぐざい、ぐざいでず〜」
「八城君諦めが、肝心」
時雨の手の動作を見て八城は横に避ける。
「ッ……避けんなよ。」
「うんこ投げんな時雨!」
舌打ち混じりに手に着いたそれを投げて寄越してくる。
動物園のゴリラか。
「あらら、まあまあ。また?なのかしら?」
マリアのその一言で三人の挙動が止まる。
「はぁ、お前らとりあえず戻ってシャワー浴びて来い」
「八城君。覚えておくと良い」
「良かったな大将は!糞まみれにならなくて!」
「うっぐ。えっぐ……」
三人は吐き捨てるように教会に向かって歩き出す。最後の一人に関してはもう言葉では無かったが。
「八城君またちゃんと仲間が出来たのね。」
三人の背中を眺めながらマリアは何処か嬉しそうだ。
「ちゃんと仲間って……うんこ擦り付けてこようとする奴は仲間じゃないだろ……」
マリアは可笑しそうにコロコロと笑う。
朝焼けは今も、そんな愉快な朝を照らし出している。
「あ〜昼寝が出来る幸せ」
八城は思わずそう呟いた。
朝からの作業も終わり、昼飯も食べ。一日で一番日の高い時間帯。
全員でソファーに横たわり疲れた身体を休めていた。
「八城君。これは悪くない生活」
絶妙な疲労感と昼寝は最高の相性と言える。
「たいちょ〜本当にこんなことでいいんですか〜」
桜はソファーに身体を預けながら次第に重くなっていく瞼と戦っていた。
「なら桜。そんなに何かしたいなら、他の隊の訓練に混ぜてもらってくればいいんじゃねえか?」
時雨はもう何もしたくないと言外に椅子に浅く腰掛けながら天井を見ていた。
「隊長が行くなら〜行きます〜」
ソファー裏から手を挙げる桜。
「私も八城君が行くなら」
紬も揺れるハンモックから手を挙げる。
「じゃあ私もそれに一票つうことで」
時雨も続いて手を挙げる。
「俺は今日何処にも行きません」
誰も動こうとしないその様子を、マリアは微笑ましく見つめていた。
八番隊の面々は早朝作業を終え、朝食を食べ終わり次第、そこからは永遠に畑仕事をし続け昼飯を食べ終わり。ようやく休憩を取っていた。
誰も動ける余裕などない。
だがクーラーも無いこの季節風が通る教会内とはいっても些か暑い。
八城は立ち上がり、冷蔵庫にある水だし麦茶をコップに注ぐ。
「なあ大将〜私の分も飲み物取ってくれよ」
「あ!なら私も麦茶でいいので、お願いします」
「水分補給は重要」
立ってる者は親でも使え。直属の隊長であろうとそれは変わらないらしい。
「へいへい」
口々に入る注文を受け八城はコップを加えて四つ並べ順番に注いで全員に渡していく。
「マリアお前も飲め」
最後の一つを赤ん坊の世話をしているマリアに手渡す。
「あらら、ありがとう」
マリアは半分程飲み、コップを机の上に置く。
マリアが飲んだのを見届け八城も自分のコップに口をつける。
喉を体温より低い液体が通り、熱くなった身体を冷やしてくれる。
俺は全員から無言で手渡されるコップを流し台に置き、一眠りしようとソファーにダイブした。
それと同時に教会の観音扉が開け放たれた。
開けた人間は一人。
教会の扉の前には、三十歳ぐらいのおっさんが立っていた。
紬はその人物に目を見開き。
八城はその人物を視界に捉えたとき、軽い疼痛を思いだす。
「八城!居るか!」
そのおっさんは教会が静なのもお構い無しに、大声で八城を呼びつけた。
元No.五 雨竜良。
今は五番街の常駐隊隊長を任されている筈の男だ。
「良さん。何しに来たんですか?」
「おう八城!久しぶりだな!ええ?元気だったのかよ!」
良は八城に無駄に絡みたがる。今も八城は良に頭を撫でられている。
「分かりました!分かりましたから!で?何をしにきたんですか?」
八城は絡み付く良を引き剥がしボサボサになった頭を撫で付ける。
「何しに来たって!分かってんだろ?何で今回の作戦からお前が外されてんのか聞きに来たんだ」
良は人嫌いしない笑い方でそう言い放った。
「作戦?どういうこと?」
紬が律儀に反応した。
「ん?紬の嬢ちゃんは知らないのか?今回……」
まずい
「良さん!外で話しましょう!ね?良いですよね?」
「嫌だよ!熱いじゃん。」
「じゃあ!奥の部屋で!こっちはもっと涼しいので!」
「俺寒すぎるのも、ちょっとな。ははぁん〜何?八城今回の作戦の事隠してんの?」
ハンモックがゆらりと揺れ、紬が降りてくる。
「どういうこと?」
桜も時雨も、作戦と言う単語で眠気は冷めてしまったようだ。
「また一人で行くの?」
紬の怒気を孕んだその目は一人大学の救出作戦に参加したときと同じ目だ。
「違う違う。本当に違うから」
「なら説明して」
紬は八城にさらにもう半歩詰め寄る。
「流石紬の嬢ちゃん!女は怖いぜ八城!」
「良さんは余計な事言わないで下さい!」
「余計な事を言っているのは八城君の方」
紬に剣幕から流石に止めようと、桜と時雨も腰を浮かせている。
「八城君。答えて」
紬と八城の距離はもう無い。
どう考えても、もうごまかせる範疇を超えてしまった。
「分かった。言うよ。でも紬お前は特に感情で勝手に行動する。だからこれを聞いたらこれからこの作戦に関わろうが、関わらなかろうが、勝手に行動する事は許さない。それが約束できるなら教えてやる」
紬は少し逡巡した後コクリと頷いた。
「桜、時雨、お前らも聞いてくれ。この前の緊急召集で呼び出された件だが。22番街に、クイーン呼称ツインズが確認された」
桜と時雨は何の事を言っているのか分からないと言いたげだ。
だが事の大きさを紬だけは理解していた。
ツインズ。
その単語を聞いた途端紬の身体が揺れたのを八城は見逃さなかった。
なにせ紬はあの場所で生き残ってしまった。
仲間が次々と殺されていく中でただ、仲間が息絶えていくのを見る意外、何も出来なかった。
「そのツインズってなんですか?」
桜がいつものように頭の上に?マークを乗せている。
「ツインズは二体のみであちこちを動き回るクイーンだ。個体として分かっているのは。彼奴らがクイーンであるということ。そして奴らは自分の配下を作らない特殊個体ということの二つだけだ」
「余計な取り巻きが居ないんだろ?じゃあ他のクイーンより楽なんじゃないのか?」
時雨の意見は最もだが、だが今回の敵は訳が違う。
「奴らは二体のみの軍隊だが、それ故なのか奴らの自衛による攻撃は全てがフェイズ4すら上回っている。例えるなら……そうだな爪楊枝で戦車と戦うみたいなもんだ。」
「は!そいつはいいな!爪楊枝か!だがよ、お前の爪楊枝は特別製だろ?それでも駄目なのか?」
時雨は雪光の情報を良に聞かれないように単語を隠しているが、それは要らない気遣いだった。
「駄目だね!奴は堅すぎる!雪光でも二対ある腕のブレードで防がれたら刃が通らないよな?なあ八城!」
良が八城の代わりに時雨の疑問に答えてみせた。
「良さんの言う通り。奴は腕周りの装甲が厚い。それに再生能力も他の個体と比べる事が出ない程高水準だ。銃ではとてもじゃないが外骨格すら貫けない」
絶望的な強さそれだけは伝わった筈だ。
「でも……じゃあどうするんですか?」
桜が縋る様に八城に問いかける。
「ツインズが通り過ぎるのを、待つしかないだろうな」
「それは作戦に参加する奴らは大変だな!」
時雨は自分には関係ない事だと分かるや否や、不謹慎にもゲラゲラ笑いながら浮いた腰をソファーに落ち着ける。
「参加しないの?」
紬が不安そうに八城を見上げる。
「参加しません」
「そう。ならいい」
紬もそれ以上を知ろうとはせず自分の居場所とばかりにハンモックにのそのそ戻っていく。
だが、焦りを露わにしたのは誰でもない雨竜良だった。
「いやいや!八城!俺が何のためにここに来たと思ってんだよ!」
「だから良さんは、何をしに来たんですか?晩ご飯は出すので、食べたら帰って下さいよ」
「参加部隊で使えそうなのは九番隊と十七番隊ぐらいなもんだろ?」
良はちゃっかり参加部隊名簿を見て来ている。
「まあそうかもしれないですけど?それがどうかしたんですか?」
「お前が出れば、もう少し上がるだろ?」
上がる。それは生存率の事を言っているのだろうか?
だが八城が出る事は出来ない。
八番が出るなら隊を動かさない
それはあの場所で起こった事件が反感として他の隊長に、植え付けられているからだ。
4人の隊長がその発言に賛成した。
それは隊を私物化するような発言だが、八城はその理論に正当性を与えてしまった。
そうなると八城は動けない。
柏木も首を縦に振らざるを得ない状況になってしまい。
結果、八城が作戦に参加しないという事で会議は終了した。
八城は今半ば謹慎処分の様な扱いになっている。
まあ、味方に刃を向けたのだ、仕方が無い。
初芽は非常に気に掛けた様子で、謝って来たが、謝罪をするのはこっちの方だ。
事を大きくしてしまった。あれでは、本当に二人が、恋仲に思われてしまってもおかしくないだろう。
「議長に聞いたんですよね?」
良は間違いなく、ここに来る前に柏木に事のあらましを聞いている筈だ。
それでもここに来て八城を作戦に駆り出そうとするのには訳がある。
「講堂でそいつを抜いたんだって?聞いたよ。まあ俺にとっちゃそんな事どうでもいい」
「じゃあ何でここに来たんですか?まどろっこしいですよ良さん。何が言いたいんですか?」
「手厳しいな八城は、まあはっきり言って、一緒に来て欲しいんだよ。つうのもよ今回のツインズの情報は俺の番街区では時々、噂程度にだが耳にしてたんだ」
良は八城に近づき二人にしか聞こえない距離で話す。
「だがつい二日前。二つ向こうの中央で奇天烈な二振りの刀を持った、馬鹿みたいに強い女がツインズの片割れに刀傷を負わせたらしい」
八城は良の顔を見る、冗談を言ってるようには見えない。
「それは…」
「まだ確証じゃねえが。多分俺はあの女で間違いねえと思ってる。どうする八城?来るか来ないか。柏木にはお前の意思を尊重しろって、言われてんだ」
八城の中でこの騒動の原点が見えて来た。
二日前に謎の刀傷を負わされたツインズは逃げ、こちらに撤退してきた。
だがツインズの再生能力は折り紙付きだ。生半可な手傷では撤退などしない。
なら何故撤退したのか。ただの刀や砲撃で再生の容量を大きく超える損傷を受けたのか?
これは考えにくい。そんな物量があれば大規模作戦級の物量を持っていたという事になる。
ならもう一つの可能性。
それは再生が難しい刀傷を負った。ツインズが、再生を阻害される何かが起こった。
二振りの刀。
そして八城は自分の右に掛かっている刀を撫でる。
これなら可能かもしれない。雪、月、花。
紬も桜も時雨。寝ている振りをしながらその話を聞いていた。
決めるのは八城。3人の判断は、隊長である八城に託す。
「手がかりはあるんですか?」
「ある」
即応したその声に、八城の目の色が変わったのを確認して良は鼻で笑った。
「了解しました。今日はゆっくりして行ってください。明日から忙しくなります」
ずっと扉の近くで話をしていた良を教会の中に招き入れる。
「そう言うと思ったぜ、八城!」
笑いながら良は教会の中に入って行く。
この判断を後悔はしない。この作戦が例え数多くの犠牲者を出す事になったとしても。
八城はあの女。
野火止一華の手がかりを何としても掴まなければいけないのだから。




