善哉
「やっちまおう」
時雨は、何かから身を隠す様に紬に告げる。
「本当にやるの?」
紬は戦々恐々と言った様子で、もう一度質問を返した。
「よし、これでようやく完成するぜ。」
時雨はゆっくりと、その白い粉を尋常ではない量注ぎ込んでいく。
紬が息を呑むのが伝わってくる。
「神をも恐れぬ蛮行、まさに神殺し」
まるで尊敬する様な眼差しで紬は時雨を見つめていた。
「私はやる時はやる女だからな」
「時雨凄い!素敵。抱いて」
「おうよ!後な」
紬は時雨の手元にあるそれを見て、年相応に足をパタつかせ、うっとりと顔を綻ばせながら今か今かと完成を待っている。
「あ!また時雨さんそんな事して!マリアさんに怒られますよ!」
その場所に入ってきたのは桜だった。
誰が入ってきたか分からなかった、時雨と紬は一瞬ビクッとしながらも、それが桜だと分かると、途端に肩の力が抜けていった。
「なんだ…桜かよ、まあいいや。お前もこっち来いよ。こいつは最高だぜ?」
「何作ってるんですか?」
「見てわかるだろ?」
桜は時雨がかき回している鍋を覗き込む。
そこには濃い栗色をした液体がコトコトと煮込まれていた。
「これって!」
「ああ、お前も食うだろう?」
「はい!食べます!食べます!」
「よし!ちょっと待っとけ……向こうで、あれが焼き上がる」
「あれもあるなんて…時雨は何処までも先を行く」
尊敬を通り越して最早崇拝の勢いの紬。
「でも早くしないと……」
何かを気にするように、まだ焼けないかと気にする桜。
そしてそれを余裕の表情で見つめている時雨。
「大丈夫だ。あいつは今頃、ガキどものお守りで大忙しだろうからな」
「誰がガキどものお守りで大忙しですか?」
鈴を転がした様な声が三人の後ろから掛けられた。
誰より先に動いたのは紬。
出口は一つ。
回り込むより飛び越えた方が早い。
「あらら、紬、駄目ね、食べ物を跨いじゃ」
紬は抜けたと思った。だが気が付けば床に背中を打ち付けていた。
「カハッ」
肺から全ての空気が抜け、四肢に力が入らない。
「そこで寝ていらっしゃいな」
その声の主は横目でニコリと笑いながら紬の意識を刈り取った。
「あらら、桜ちゃんはこんな事しない子だと思ったのだけれど?」
次に視線が移ったのは桜。
「ごべんなざい……まりやしゃん……ゆるじでぇぐだざい……いやぁぁ……」
桜はもう反抗する勇気などない。地べたに座り込み、神より恐ろしい存在に許しを乞う。
「あらら、泣かなくていいのよ」
「じにだぐありまぜん……ゆるじでぇ……」
マリアはゆっくりと桜の頬を撫でたかと思うと、桜はフッと体勢を崩し、意識を失った。
「何が起こったんだよ……」
時雨はこの光景を見る事三回。
毎度どうやってマリアがこの事象を引き起こしているのか皆目見当もつかない。
そして今は、その標的が自分になっているという事が、身体を得も言われぬ緊張感が包んでいた。
「あらら、時雨には困ったものだわ、駄目と言っているのに」
「駄目と言われると、やりたくなる性分なんだよ」
「でもこれで何度目かしら?まあ、バレてしまったからには覚悟が出来ているんでしょう?お仕置きが必要よね?」
「お前も食えば共犯でいいんじゃねえか?」
マリアは使われている食材を見やる。机の上には缶詰の小豆。作り置きの冷凍餅。
そして一番使われている砂糖。
砂糖に関しては、新品の袋を半分もつかってしまっている。
「あらあら、半分ね?」
「何が……半分なんだ?」
時雨は此のとき、初めてマリアの触れてはならない一線を知った。
「あなたを半分殺す?日本語で何と言うのかしら?あ!そうだわ。半殺しと言うのかしら?」
危険信号。
逆らってはいけない。
だが時雨は身体が今動くべきでないと本能の叫びを無視して、行動した。
来る!
だが時雨がそう思った時にはマリアの行動の全行程は終了していた。
時雨の視界は反転何が起こったのか、時雨はいつの間にか床に横たわっていた。
「化け物が……」
時雨は薄れゆく意識の中でその微笑みを見る。
「ゆっくり、おやすみなさい」
その時機械音と共に、餅が焼ける香ばしい香りが辺りを包んでいた。
「あらあら、まあまあ。どうしようかしら」
キッチンに在るのは多量の砂糖が入ったおしるこ。
そしてきつね色に膨らんだ餅。
美味しい、善哉の完成である。




