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プラナリア  作者: りんごちゃん
旧来の根城
201/386

享楽6

翌朝

何時もより早く目が覚めた八城は、身体のすぐ横から妙に温かい違和感を覚え布団を捲ると、そこには菫が踞って眠っていた。

東京中央、7777番街区での一週間の生活で見慣れた光景は、西武中央777番街区でも健在らしい。

八城は起こさぬ様にスルリと腕を抜き、扉に手を掛けるが、やはりと言うべきかキッチリと施錠され脱走防止は完璧である。

仕方なく、部屋で時間を潰していると三十分程してようやく部屋の扉が開いたかと思えば、簡素な食事を置いてまた扉が締まる。

寝ている菫を起こし、朝食をとらせると、またもや食器を下げる為に扉が開いたかと思えば、一言も言葉を交わす事無く扉が閉まってしまった。

八城が念願としていた、働く必要がない生活だが此処は思ったより快適じゃない。

つまり八城と菫がこの部屋に通された意味とは、つまり八城と菫を必要以外絶対に外へ出さないということだろう。

食事終わりの食器を下げられてから更に数十分、時刻は午前九時を回ろうとした時、再度扉が開いたかと思えば、最低限の装備品だけを渡され部屋を追い出された。

八城と菫は何がなんだか分からないままに、十数名に周りを囲まれながら西武中央777番街区内を、バリケードに向かって歩いて行くと、その先には八城が今最も会いたくないランキングを早足で駆け上がった西武シングルNo.1の『浮舟桂花』の姿があった。

「もう出発するのか?」

八城は周りにいる隊員の顔色を見て、心配気に尋ねる。

それもその筈だ。

東京中央から見て7777番街区は大遠征と言って差し支えない。

そして、それは西武中央にとっても同じ事が言えるだろう。

八城はまだいい。だが西武中央所属の『浮舟桂花』率いる一番隊の隊員達は東京中央管轄の分かれ目となる7777番街区へ遠征をしたばかりである。にも拘らずいずれの番街区においても休息を取らず、即座に西武中央へ帰還するとなれば隊員の疲弊は相当なものだ。

「俺は良いが、おまえ達の方は大丈夫なのか?」

無謀とまでは言わないが、異常ではある彼女たちの行動は、些か死に急いでいる様にも見える。

「心配は有り難いですが大丈夫です。西武中央から早急に『東雲八城』を連れて来るよう指示されていますので、先を急ぎましょう」

「指示されているって……お前たちは本当にそれいいのか?」

「構いません。私達は西武中央を守る為に此処に居るのですから」

『浮舟桂花』の言葉は八城には全く意味が分からないが、この場所に集結している人間六〇名全員が『浮舟桂花』の言葉に同意しているのかの様に微動だにしない。

その異常な光景に菫はブルリと僅かに震え、八城後ろへ隠れてしまった。

八城の目から見ても此処に居る六〇名は普通ではない。八城ですら気味の悪さを覚えるのだ、菫から見れば尚更怖いのは当然だ。

「それでは、出発しましょう」

そう言って歩き出した『浮舟桂花』に、全隊員はゆったりと前進を始めたのだった。

そして、それから四日後の昼下がり――

八城を含めた西武一番隊の面々が2番街区を出た後に事件は起こった。

777番街区→55番街区→3番街区と菫の『クイーン』としての能力を秘密裏に使いながら『フェイズ1』と『フェイズ2』を寄せ付けず、順調に進路を進み続けた一同だったが、先頭を進んでいた十名程度の集団が急に立ち止まると隊全体の動きも滞る。

「なんだ?おい、なんでこんな中途半端な所で立ち止まってる?」

地図も無く、ここが何処かも分からないのでは、八城にとって『立ち止まる』という行為それ自体が危険には変わりなかった。

「おい、お前ら聞いてっ……」

八城は埒があかないと先頭集団へ駆け寄って行こうと一歩を踏み出そうとした時、後ろに居た菫に袖口を掴まれた。

「お兄ちゃん待って欲しいなの……来る、なの」

放置された民家を抜ける、不気味なまでの静けさに秋風が野花を揺らす街の中で奇妙な人影が一つ、遠方より此方をジッと見つめていた。

何故立ち止まったのかは分からない、だがあの瞳は『フェイズ2』である『赤目』に違いない。

そして、この状況八城の記憶が正しければ……

「これは……最悪だ」

後方、前方、左右のそれぞれにずっと向こうの民家の影やビルの隙間から、決して近づく事無く見つめる赤い瞳は、決してこちらに近づいて来ようとはしないが、六〇名という少なくない集団の四方に『赤目』が居るという事は、即ちこの場をドーナツ状に囲まれているという事だ。

だがこの状況になるまで、気付かなかった原因はきっと『菫』にある。

『無色の妹』の本体であり、クイーンでもある『菫』は。『フェイズ2』までの敵を寄せ付けないが、寄せ付けないからこそ、気付かぬ間に敵陣奥深くまで侵入し、こうして気付いた頃には周りを敵に囲まれている。

死の静けさが辺りに充満し、計六〇名の隊員が八城を中心に陣形を形成して行く中で、前触れも無くソレは空から舞い降りた。

「上だ!全員避けろ!」

八城は叫びながら菫を抱えその場を飛び退くと、八城が今まで居た場所に飛び掛かったのは外骨格に表面を覆われた蜘蛛に近い形状をした生き物だった。

2メートルを超えるのは、個体名『女郎』と呼ばれる人形から、幾人もの人間を融合させた蜘蛛に似た形状を持った『フェイズ3』だ。

『女郎』は八城の直上……もっと言うなら菫に向かって降りて来たと言っていい。

八城がギリギリの所で躱した周辺に居た数名の隊員がその巨体を躱しきれずに下敷きとなり、アスファルトに大小様々な染みの残骸と成り果てる中、八城はどうにか体勢を起き上がらせると、小銃の銃口を『女郎』と向けた多くの隊員が恐怖のままに引き金に指を掛けていた。

「やめろ!撃つな!」

咄嗟に叫んだ八城の言葉も虚しく『女郎』に無数の赤い閃光が殺到するが、堅い外殻を有する女郎には然したる効果はない。

むしろ問題なのは、円状に取り囲んだ隊員が一斉に銃器を発射した事にあるだろう。

人の作った兵器は人を殺す為に作られているのは道理で『女郎』を中心に円状に囲んだ隊員は、運の良い者で即死、悪い者だと足を撃ち抜かれている者が数名居る。

これでは、目の前の敵と戦うどころではないだろう。

「おい!大男!此処は俺が引き受ける!お前はこの使えない隊員をとっとと後ろに下がらせろ!」

「そりゃあ出来ねえよ!東雲八城!俺達はテメエを守って死ななけりゃいけないんでなぁ!それに、敵はこいつ一体だけじゃねえみたいだぜ!」

前方にはもう一体の『女郎』が、まだ生きている隊員を食い散らかしている。

菫のおかげで、『フェイズ2』『フェイズ1』の感染者が近づいて来る事は無いが、機動力を奪われた挙げ句、二体もの『フェイズ3』に囲まれている以上、ここで『女郎』と対峙する以外に道はない。

「了解だ、大男。お前はそっちの隊長と協力して前の一体を、俺はこっちの一体をやる」

「いいねえ!やるねぇ!東雲八城!じゃあ俺は遠慮なくやらせてもらうぜぇ!」

駆け出す大男の背中を見つめつつ、八城は目の前の女郎へ意識を切り替える。

「菫、お前は下がって……って、お前はお前で何してんだ!?」

八城が探した視線の先には、やられた隊員から量産刃を抜き取っている菫が居た。

「私も、戦うなの」

「お前なぁ!戦うって言っても!お前がやられたら此処に居る全員が全滅するんだぞ?お前は戦わなくてもいいから!安全な後ろで下がっててくれ!」

「大丈夫なの、この程度の敵は負けないなの!」

止めようとした八城の指が菫の洋服の襟に後数センチ届かず、菫はいの一番に『女郎』へと駆け出して行く。

「おい!ああもう!クソ!なんで、どいつもこいつも人の言う事を聞かないんだよ!」

悪態を付いた八城だったが数瞬後に、その心配は杞憂だったと気が付いた。

無色の妹の本体である彼女は、ある種の類い稀とも言えるのだろう。

彼女は何処までも特別だ。

それは彼女が無色の妹であるという事実もそうだが、大食の姉と共に居た事が大きな要因を占めている。

八城にとって見覚えのある太刀筋と足運び……

知っているのは当たり前だ。

何故なら彼女は八城の仇敵『大食の姉』のクイーンなのだから。

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