夜の帳 中
南棟三階
西棟三階
に続き北棟三階部分までを順調に作戦を進めていた。
作戦そのものは順調。
だが、それに対して八城の実情は焦っていた。
八城は耳に着けたインカムに重要事項を流していた。
「西棟!並びに北棟!絶対に渡り廊下での戦闘はするな!地点防衛に関しては階段下に押さえ込むだけでいい!繰り返す!絶対に渡り廊下での戦闘だけはするな!中央広場に居る奴に気付かれたら、その時点でこの作戦は終わりだ!」
八城が驚愕している正体は中央広場クイーンすぐ隣に居る存在だった。
まるで夜顔の蕾の様な形状をしているそいつは、中央広場全体に根を伸ばすように地面に根を、張り廻らせ時折脈打つように、グニャリと身じろぎをする。
「フェイズ4」この作戦で最も会いたくない相手。
フェイズ1が仮に一体一体が、対人間であるなら。「フェイズ4」は対部隊への戦略兵器だ。
「あれはそんなにまずいものなのか?」
琴音は東棟へ続く廊下を中腰になりながら尋ねてきた。
「あれは人間が、銃や戦車を使うみたいなもんだ。奴らにとってあれは人間の銃やミサイル、それから病院まで兼任してる優れものだよ」
八城は自虐気にそう答える。
「なら早めにあれは倒せばいいんじゃないか?」
「もし、あれにちょっかいを掛けるなら、俺がその前にそいつを斬り殺す」
八城の顔は大真面目だ。
だからこそその後ろに付いている人間にも緊張が走る。
「まあ、あの個体自体に戦闘能力はない。どっちにしろ放っといた方がいいんだよ」
そう言って北棟渡り廊下から東棟へ移る。
琴音が先頭に立ち東棟三階部分に居る敵を切り伏せていく。
「しかし八城さんはいつもそんなに刀を持って戦っているか?」
そう八城の背中には柄付き刀を五本背負い、両腰に一本ずつ刀が下げられていた。
「いいや俺はいつも、この二本だけだ。背中のこれは戦えそうな子供に渡す」
「子供に戦わせるつもりか?」
琴音は静かな声で、八城を睨みつける。
「地下まで行っても拠点防衛の手が足りないんだ。仕方ないだろ?それともお前一人であの場所に居る子供全員を守りきれるのなら、俺は一人で東棟一階の拠点防衛をやってもいい」
「どうせ、母さ……谷川代表の許可は取ってあるんだろ?なら私のこれは、ただの我が儘だ。気にしないでくれ。それに東棟一階の防衛は私が受け持つ。お前は未来と共に地下三階の子供達の所へ行ってくれ」
そう言って琴音と共に付いてきていたもう一人を置いて、地下一階へ降りていく。
階段にも「フェイズ1」が徘徊していたが、「フェイズ1」が反応する前に斬り掛かり首を撫で切る。
インカムからは聞こえてくる情報では、苦しいながらも各防衛地点は未だに破られていない。
東棟地下一階。
地下二階。
そして目的の三階。ここからは時間との勝負となる。八城は右側の刀を抜き即座に薄く奴らの皮を切り裂いていく。
大きな防火シャッターが下ろされ、小さな扉には講義用の机などで設えたバリケードが作られていた。
「貝塚です!貝塚未来です!皆さん助けに来ました!」
「未来済まないが急いでくれ、地点防衛も限界が近い」
インカムからは1分置きに定時連絡が入っていきているが、かなり息が上がってきている。
「皆さん!谷川さんが私たちのために部隊を編成してくれたんです!早く脱出しましょう!」
谷川という単語が聞こえたのだろう。奥から人の話声が聞こえ、それはたちまち大きな集団の声として聞こえてくる。バリケードが奥から取り除かるすると紬と同い年ぐらいの一人の男子が姿を表した。そしてそれに続くように次々に姿を現す少年少女。
「たっ……助けに、来てくれた!」
「本当だ!」
「私たち助かるの!」
「ぅッ……」
喜びを噛み締める者、喜び抱き合う者、ただ涙を流す者。
だがそんな事をしている場合ではない。
「悪いが話は後だ。急いでここから脱出する。病人や歩けない奴はいるか?」
代表そうな男女二人に、八城は確認を取る。
「男子は大丈夫です」
「女子も問題ありません」
二人は浮かない顔をしている。当然だ。防火扉の向こう側角張った一角にシートを被せてある場所がある。その場所から番外区で嗅ぎなれた匂いと、全く同じ匂いがする。
つまりそういうことだ。
「人数の確認をしたい。男子女子共に何人ずつ居る?」
「男子は26人。女子は40人です。」
「分かった。それからこの中で刀を握った事のある子はいるか?」
そう言って手を挙げたのは一人の気の弱そうな男の子だけだ。
「じゃあ君と……君。それから君と君で良いや」
そう言って八城は、手を挙げた少年を含めた、体格的に恵まれて居るものを選び、背に抱えていた刀を一本ずつ渡していく。
「お前ら?もう、友達が死ぬのは嫌だよな?」
渡された少年少女は最初状況が理解できないと言った表情だったが、八城のその言葉で、自分が何のためにこれを渡されたのかを理解した。
「俺が先頭でお前達の道を作る。お前達は地下一階から来る敵を、お前ら以外の計六十一人が通る間だけでいい、守り抜け。いいな?」
五人の八城に見出された少年少女は一斉にこくりと頷いた。
「よし!じゃあ一回だけ、手本を見せてやる。じゃあまず最初に覚えおけ。奴らは刀を突き刺した程度じゃ止まらない」
八城はゆったりと通路から来た一体に近づいていく。
「狙うなら首だ。お前たちは、一撃で仕留められないからといって焦る必要は無い」
八城左に差した刀に手を伸ばす。
「ゆっくりと狙え、お前達は五人で一人だ。お前達が五人で居る限りお前たちに、倒せない敵は居ない」
八城は刀をいつもの通り握り込む。
「一人が危険なら他の四人でフォローしろ。お前達は今日からチームだ。」
八城は歩みを止め腰だめに構える。
「そしてこれだけは迷うな。奴らを切るときは感情を捨てろ。これは……」
八城は鈍色の筋を空中に描きそのまま鞘に納める。
「人間じゃない」
八城が向き直ると共に切った奴らが倒れる。
「分かったか?」
少年少女はこくりと頷く。
「よし。行くぞ」
八城は地下三階に降りてくる奴らを雪光で薄く切り裂いていく。
地下一階フェイズ2それすら雪光の刃を使って首を刎ねる。
地上東棟一階南階段前。
おかしいとは思っていた……というのも、定時連絡の通信が東棟一階から途切れていたからだ。
だからおおよその想定はしていた。
通信機器の不具合?ありえない。全ての電子機器は、出撃前に動作を確かめている。
戦闘中で手が離せない?可能性はある。
だがそれ以外にあるもう一つの可能性。いま八城の通る通路に奴らが居ない。
では何処に居るのか?答えは簡単。別の場所に居るのだ。
「そこにいるのは八城か?」
「お前……噛まれたのか。」
琴音は瞳をぐらつかせながら、刀の鞘を杖代わりにして、ようやく立っていた。
目の前で琴音が、奴らの一体にまた噛まれる。
琴音は自らが傷つくのも計算に入れず、その噛み付いて来た一体を押し倒す。
まるで子供たちの方には行かせないという様に。
八城はすぐさま動き、組み付いた一体を雪光の刃で串刺しにする。
「立てるか?」
八城は琴音に駆け寄り問いかけるが、琴音の瞳はもう八城を捉えてはいなかった。
「すまないな、八城。私はもう……駄目みたいだ」
琴音は身体中に噛まれた後があり。
それでも、刀を手に、奴らを切り伏せていた。
もう一人の相方は居た……いや、「あった」の方が正しい。
通路右奥給水場の脇見覚えのある服を着た身体が、横たわっている。
「私は、仕事を……果たせたか?」
琴音は不安気に八城に尋ねる。八城は琴音の手を強く握った。
ここに居る。そう伝えるために。
「十分だ。子供は全員無事だ。これも全部、お前のお陰だ」
「そうか、良かった……八城。すまないが、先に行ってくれ」
琴音はもう一度フラフラと立ち上がる。最後の仕事だと言わんばかりに子供たちの方を見る。
「大丈夫か?」
それには二つの意味が含まれている。琴音としてやり残した事はないか?そして……
「問題ない。やり方は……分かる。行ってくれ」
「やり方」その言葉はもう一つの事を表している。
「分かった。お前は信念を貫いた。誰にもお前を笑わせない。約束する」
「ありがとう……八城」
琴音は、音だけを頼りに子供の声のする方を向き、平気そうな顔で子供達に手を振る。
「ここは任せた」
「了解だ。子供達に……よろしく頼む!英雄!」
その場に琴音を置いて、八城達は東棟二階へ向かう。