荒城21
全ての隊員が指定位置に付き、作戦開始の合図を待つ。
それは開幕を知らせる
「行けるか?歌姫」
八城がインカムに問いかけるが返事はない。
ただ二度のタップ音が届き、多山大から二キロ地点の家電量販店からゆっくりと歌声が流れ始める。
伸びやかでいて透明感のある声音が多摩の丘陵に響き渡り、誰もがその美しさに溜め息がでる程だ。
だが八城はその歌声を楽しむ暇もなく、次の人間に指示を出すべくチャンネルを切り替る。
「初芽、歌声は聞こえているな」
「あぁ、ばっちりとね。とても聞き覚えのある、良い声さ」
流石は女子をよく見ている初芽だ。声を聞くだけでこの歌姫の正体を看破したらしい。
「……初芽、そろそろ出番だ。頼めるか?」
「了解したよ。しかし、この歳になってマラソンをする事になるとはね、長く生きてみるものさ」
八城が初芽率いる十七番隊に任せた任務は陽動だ。
多山大内感染者を銃撃後、即時後退し敵を出来るだけ引きつける役割である。
それは最も危険とされる役割であり、何よりどの部隊より体力勝負となる。
だが、最も練度が高く尚かつ囮となるうる人数を満たしているのは十七番隊を置いて他に居ない。
「すまないな、お前達に危険な事を押し付けてしまった」
「いいよ、後でたっぷり事の詳細話してもらうからね。それに私の隊にはこの程度の任務で根をあげる非弱な隊員はいないのさ」
初芽からのプツリと通信が切れ、戦いの開幕を知らせる銃撃の音が鳴り響く。
次は作戦の第二段階だ。
またしても八城は目的のチャンネルへ切り替える。
「紬、銃声が聞こえたな?」
「……聞こえている。こちらの準備は万端」
紬は高い見晴らしのいい建物の屋上からスコープを覗き込み、まだ遠い敵に照準を合わせていた。
「そこから見える場所から後数分で河川までのルートを初芽が通る。お前たちは空を飛ぶフェイズ3を出来るだけ打ち落とした後に、橋手前まで移動しろ。お前達の本当の仕事は、その後だ。全部弾を使うなよ」
「……了解。そろそろ始める。八城くんも気を付けて」
覗いたスコープから見える一体を撃ち抜くのを合図に、紬は通信を切る。
次いで八城がインカムのチャンネルを切り替える。
「麗、そっちの準備は出来ているか?」
「ええ、できてるわよ。でもアンタこんな物資を何処から持って来たの?」
「……知り合いから譲り受けたんだ。細かい事は気にするな」
風間麗の手に持つ起動ボタンの先に繋がっている爆発物は、『月下かおる』から八城へ送られた一品である。
当然出所を明るみにする事など出来ない品々だが、今はそんな事も言っていられないだろう。
「この作戦が終わったら、今の歌姫もどきの事も、この物資の事もじっくり聞かせて貰うわよ」
「……そこが作戦の要になる。一発勝負だが確実に橋を沈めてくれ」
「了解したわよ、まぁでも、こっちは単純作業もいいところよ。所定位置への設置作業自体は終わっているもの他にやる事が無いぐらいだわ。そんな事より作戦の要って言うならアンタの方よ。本当にちゃんとやれるんでしょうね?」
「こっちは任せておけ、俺と一華にはクイーンを倒した実績がある。時間さえあれば確実にクイーンはこっちで処理してみせる」
「ふ〜ん、あっそ。でもアンタのクイーン討伐本隊が一番人数が少ないのよね?そんな人数で本当に大丈夫なの?」
クイーン討伐本隊は
野火止一華
東雲八城
真壁桜
三郷善
篝火雛
天竺葵の総勢六名。
だが、この六名は八城にとって可能性を感じさせる六名である事に違いない。
それに人数だけ居ても、戦いについて来られない隊員は足手まといになるだけだ。
「隊員は量より質だ」
「……言ってくれるじゃない!私の隊員が量だけじゃない所を見せてあげるわよ!」
風間麗、96番隊と一〇〇番隊の混成チームを率いる彼女の役割は、歌姫が川向こうまで押し寄せたさいの足止めの要となる橋の爆破である。
爆破した後は橋向での出来る限りのかく乱と歌姫周辺の護衛の役割を担っている。
前段階である橋の爆破が失敗する様な事があれば、足止め見込み時間が大幅に短縮され、クイーン討伐隊である八城並びに一華の負担は大きな物となる。
だからこそ、あのツインズに一歩も引かなかった麗にこそ、この配置を任せたいのだ。
だが風間麗の中で八城が何より信頼してるのは、彼女の人間としての生き残る為の強さである。
臆病でも生き残るために立ち向かわない彼女の姿勢はこの作戦において、大人数を預けるに値する信頼だ。
「危なくなったら真っ先に撤退しろ。隊員に犠牲者を出すな」
「言われなくてもそうするわよ!アンタが撤退した、その後にね!」
語調強く言い放ち、麗はやけくそ気味に通信を切る。
これで八城が確認すべき事項は全て確認したことになる。
これ以上の援軍は望めない。
つまりこの戦場には、八城が望む全てが揃っているという事に他ならない。
耳を澄ませば銃撃の音が激しさを増していくのが分かる。
きっとこれは、紬が初芽を援護する為に発砲している音だろう。
発砲音の隙間に歌姫の美しい歌声が響き、その大音量の歌声に奴らはおびき寄せられていく。
二射連続の発砲音の後、多摩丘陵に不気味な静けさが訪れ……
膨大な爆裂音が誰も居ない住宅街に鳴り響く。
これがもう一つ聞こえれば、八城たちの仕事がやってくる合図となる。
「一華、聞こえたな、そろそろ出番だ」
多山大学脇の民家の陰。
八城は不法侵入している家のソファーから思い腰を持ち上げる。
次いで、リビングのテーブルの上に寝転がっていた一華もその身を軽やかに起こした。
「待ちくたびれたわ〜ようやく登校できるのね〜私も一度大学に通ってみたかったのよ〜そういえば昔聞いた事があるのだけど?ヤリさー?に私行ってみたいのよ〜」
二人が立ち上がれば、その場に居た全員が立ち上がる。
だが天竺葵だけは、怪訝な瞳を八城へと向けていた。
「八番。出発の前に一つだけ確認します。この作戦終了時。仮に失敗した場合歌姫をこちらの処分の対象として歌姫を即刻処刑します。よろしいですね?」
それは天竺葵にとって、最も重要な確認事項である。
現状天竺葵にとって最も厄介な事は即ち人間からの抵抗である。組織力もあり、自力も持っている八城から抵抗されたならこれ以上厄介な相手はいない。
答えるまでは動かない様子の天竺葵に、八城は振り返り口元に薄く笑みを作る。
「構わない。だが万が一この作戦が失敗したらの話だがな」
まるで天竺葵がおかしな事を言っていると、隣に居る野火止一華も盛大に笑ってみせる。
「何が……可笑しいのでしょうか?」
天竺葵は、笑われている事への不快感を露わに、聞き返す。
だがそれでも前に立つ一華は笑い顔を収める事はない。
「やめろ一華。横須賀を敵に回して良い事なんて一つもない」
「あら〜だって〜この子猫ちゃんがあんまりニャンニャン鳴くものだから〜ついつい可愛く思えてしまってね〜撫でるついでに可愛らしい喉元を撫で切ってあげようかと思って〜」
「だからやめろ一華。それから天竺もだ。これから肩を並べて一緒に戦うんだ。こんな所でギスギスしていても仕方ないだろ」
宥めようとする八城だが、一華と葵の睨み合いはおさまりを見せない。
「仲間に暴言を吐く方を仲間とは思えませんね」
「あら〜奇遇ね〜私もあなたを仲間と思えないのよ〜なんと言っても負けを前提に戦場に出て来るお馬鹿さんとじゃねえ〜あら!そうだわ〜私ぃ〜良い事思い付いたわ〜そんなに負けたいなら〜私がその前にあなたを負けさせてあげるわよ〜可愛い子猫ちゃん〜」
何だか、天竺葵に少し大人になった桜をみている様な錯覚に八城は軽い頭痛を覚えるが、天竺の言っている事は当然の事だろう。
だが今一華の機嫌を損ねる訳にはいかない。
「天竺、言った筈だ。俺はクイーンを殺す。これは決定事項だ。だからお前が人を殺して手を汚す必要はない。それから一華、何度も言ってるがお前は喋るな」
「なぁに〜八城〜この女の事が好きなのかしら〜?」
「なんですかぁ!他の女にぃいいい!私も好きですよぅ!八城さん!八城さん!好き!好き!だぁあい好きぃ!」
一華の好きという言葉に雛がビクッと反応し八城の背中へビッタリとくっ付いて来る。
引き剥がそうとするが、雛は腕を胴に回しもう片方を襟首にガッチリとホールドしているため引っ張ると八城の首が絞まるという仲間にあるまじき殺人ホールドを披露している。
「クッソ!頭のおかしいお前らよりは好きだよ!あいっててっ!雛!こら、力加減を考えろ!離せ!っていうか変な所を触るなって!」
「八城さぁん!好きですぅ!私とぉ!私だけぇと!ずっと一緒にいましょうよぅ!」
「耳元で騒ぐなよ!って!本当に何処触ってんだ!あっ、ちょっと!マジでやめろって!おい、善!コイツをどうにかしろ!お前がこいつらの保護者だろ!」
八城の非難の目を受けた善は、仕方なくソファーから立ちがある。
「僕は誰の保護者でもないのだけれどね、ほら雛、八城が困っているから離れなさい」
善が片腕で首のホールドを解き雛を無理矢理八城から引き剥がすが、雛はそれでも離れたくないとバタバタと暴れていた。
雛が登って来たせいでズレた隊服を桜の手伝いの元、元に戻し無理矢理引き剥がされたせいで暴れる雛で一華が遊び始めた頃、もう一度、最後の爆発音が鳴り響いたのだった。




