66番街区3
「懐かしい名前じゃねえかごら!だがよぅ忘れちまったのか?それは昔捨てた名前だぜ八城!」
「そだな、そうだった」
遠征隊に所属していなければNo.は取り上げられていく。それはNo.一、野火止一華叱り、No.五、雨竜良然り、そしてそれはNo.二、北丸子も同様にだ。
「柏木が嘆いてたぞ、シングルNo.が足抜けされると困るってさ」
「なら柏木の野郎に体制を変えろって伝えろ。クソ程の研究も出来ないんじゃ私が居る意味がねぇ」
「承ったよ、ところで俺が今日来た理由は分かってるだろ?そろそろ、俺も限界が近い。一度検査をしてくれ」
その言葉に丸子は、短い堪忍袋の緒を自ら断ち切る。
「けんさぁだ!え?ごら!八城ごらぁ!あれからまた使ったのか!」
「怒るなよ、使わないと死んじまう所だったんだからさ」
「たくよぅ!てめえ!アレから一体、何回入れ替わったんだごらぁ!」
「多分だが、39の一回だけだ。後は、入れ替わりは起こってない……筈だ」
「はずぅ!!ってぇなぁ!おい八城!!てめえ分かってねえのか!もう随分てめえの時間は少なくなってるんだぞ!前回89で一度、一年前の中央奪還で一度、今回の多山大39で一度だってクソったれ!モタモタしていらんねえよ!今すぐ下に来いやてめえ!」
丸子は不機嫌を振りまきながら八城を無理矢理に立たせ腕を取り、居間から引っ張っていく。
「ちょっと待ってくれ北さん!一体何の話をしているのか私にはさっぱり分からない!」
「はぁあん!知るか!そんな事を私に聞いてどうすんだごら!そんな事は当の本人から聞きやがれってんだ!八城てめえ!ノロノロしてんな!キリキリ歩け!」
「引っ張るなって……」
強引に立たせられた八城は仕方なくヨタヨタと丸子の後ろを歩き始める。
「元気で帰ってきてね〜それからこっち側に付く事は野火止一華が返って来るまでに考えておいてね〜」
「八城のあんさん、検査ちゅうのは大概けったいなもんやで、気をしっかりもたんといあきまへんわ!」
「八城さん病気なんですかぁ!!死んじゃやだぁ!!死なないでぇぇ!!」
「私は八城に付き添うよ……」
三郷善は壁に身体を預け軽く手を振り、偽城天音は胸の前でガッツポーズを見せ、篝火雛は泣いていた。
そして取り残されそうになった初芽は、一歩近づけない異様な空気に耐えかねて丸子に付いていく八城の後ろに続いて部屋を出たのだった。
規則正しい廊下の木目に視線を落としながら、地下に続く階段を三つの足音が降りていく。
先頭を歩く北丸子が立ち止まり目的の部屋に入って行くと簡素なベッドが一つ置かれていた。
「おう、八城そこに横になれ。それから十七番はベッドに付属してる拘束具で八城の両手、両足それから腰を縛り付けろ」
「頼んだ初芽、縛るときは、出来る限りキツ目に頼む」
「???とりあえず了解したよ」
二人からの指示が何を言っているのか分からないがとにかく初芽は、ベルト状になっている拘束具をと八城をメモリ一杯に縛り上げていく。
「よし、終わったな?八城準備は出来たか?」
指先まで大の字に縛り上げられた八城は首だけを北丸子へと向けた。
「なんだ?珍しく心配してくれるのか?」
「馬鹿野郎、てめえが心配させる様な事するからだろうが!」
白衣の裾を握りしめる丸子の眉間には痛い程の皺が寄っている。
「いいか!この際だ!てめえは分かってねえ様だからもう一度教えといてやる!私達研究者は、てめえらを殺さない為に研究してんだ!誰一人零したくなんてねえ!てめえがてめえを失う事があればそりゃ私達66番街区の敗北なんだよ!」
「騒がなくたって、聞こえてる」
八城は、耳を塞ぎたい気持ちに駆られるが両手を縛られている今それすらも叶わない。
「聞こえてんなら少しは人の言う通りにしやがれごらぁ!」
「分かった分かった、分かったから。そろそろ初めてくれ」
「馬鹿野郎が……」
丸子の手のひらから伝わる体温と同時にチクリと浅い痛みが腕に宛てがわれる。
八城はいつも通りその眠気に抗う事無く瞳を閉じる。
きっとこれが悪い夢である事を願いながら。
数分後
「寝たな」
「寝ましたね」
「じゃあ情報を取りながら説明してやる移動するから付いて来い」
丸子にしては珍しく落ち着き払った態度で初芽に付いて来るように促した。
移動したのは隣の部屋。鏡越しに向こうの様子を見る事が出来る。
「何故八城を寝かせたんですか?」
「寝かせねえと八城の奴、症状が進行しちまうからな」
初芽の言葉に振り返る事はせず、丸子は画面を睨みつける様に表示されているデータに何かを打ち込んでいく。
「進行ですか?……北さん一体八城は此処に何を検査しに来たんですか?」
「おう十七番、てめえ鬼神薬って知ってるか?」
北丸子の説明はそこから始まった。
それは鬼神薬の根幹。
鏡の向こうで彼が今も舐めている辛酸の日々と過酷の序章。
そして東京中央が望む東雲八城No.八番の責務に関する根本の物語だ。




